清原さんの記事をちらっと見て思い出したこと

小さな記事の見出しに、清原さん深酒という文字を見て、あれ、この人って以前覚せい剤で逮捕されたひとじゃなかったっけと思い出しました。
覚せい剤と深酒と言えば、何十年も前の話ですが彼の所属する組は覚せい剤はご法度の組でした。
その昔は覚せい剤を売っていた時期もあったそうですがそれなりの組織に仕上がった時に覚せい剤販売から一切手を引いて組の者も覚せい剤御法度になった経緯があります。
組に入りたいと言ってきた者の中には「こいつ薬やってるな」と分かるものがいました。
そういう時には「うちの組は薬やってるもんは入れるわけにはいかんのよ」
「薬止める気があるなら入れてもいい」と言って「やめます」という人間なら面倒をみました。
覚せい剤を止めさせるのに手っ取り早いのがお酒で気を紛らわせるというものがあります。
部屋住みさせて事務所で毎日飲ませるより外の飲み屋に行って楽しみながらの方が気のまぎれ方も違うから飲みにつれて行ってましたが、これが大変で、ただ一人だけとかではなくて当番以外の者を連れて行くのですから金銭面で大変でした。
それでもそうやってアルコールで気を紛らわせて覚せい剤を止めた人間は何人もいます。
うちの組は親を大切にしろということで親の誕生日には何か持って帰らせていました。
薬代を出せと言って暴れて部屋をめちゃくちゃにしていた息子が薬を止めれたのはおやっさんのお陰です。と言って盆暮れには挨拶に来てくれたし、農業をしている親がお米や野菜を持参してくれたりしてました。
うちの組はちょっと変わっていたのです。
ある時、暴力団専門の刑事が組にやってきて「入ってもいいか」と言った時に何を思ったのか彼は入れなかったのです。
刑事は「入れんのなら入れるようにしてくるから覚悟しとけ」と言って帰っていきました。
この刑事がねばい奴で爪楊枝で重箱の隅を突っつくようにうちの組のことを調べ始めて事件にもならないようなことで逮捕状を持ってきたのです。
「あっちゃあ~やられた」と思っても後の祭りです。
その刑事が取り調べを進めていく中で事件に出来そうにないとみるや近所に警官あがりの人間が住んでいるがわかるとそこに行って「あの組をこの街から追い出す運動をしてくれんやろか」と言ったそうです。
その警官あがりの人は、すぐにうちに来て「この街から追い出す運動をしてくれと頼まれたが別に困ることは一切ないからと言って断った」と報告してくれたのです。
うちの組は家の周りだけじゃなくて近所中掃除をしていたし挨拶もきちんとするように教育していたのでご近所さんから嫌われることはなかったのです。
結局、しょんべん刑にするしかなかった刑事が「わしは事務所に入れんと言われてむきになったが実際のところあんたの旦那はいい人間やったんや」と言ってくれました。
話を元に戻しましょう。
覚せい剤を止めさせるのにお酒を飲ませて薬絶ちをさせてきた私たちですから、清原さんが深酒という文字を見ただけでひょっとしたら、清原さんという人も覚せい剤に二度と手を出さないようにするためにお酒の力を借りて
いるのかも知れないとふと思ったのです。
ふと思っただけですから清原さんの真意はわかりません。
ただ覚せい剤は気持ちの上ではやめなければと強く思っても体が覚せい剤を覚えているそうです。
ですから一朝一夕で止められるものではないし本人が止めようと思っても薬仲間からの誘惑もあるし覚せい剤について知らない人が考えるほどに薬絶ちは簡単なことではないのです。
彼が私の目の前で薬仲間が持ってきたパケを目の前で破り水道水で流した数日前のことです。
私は寝ている彼の顔を見ながら、「このままやったら姐さんと言われる日は来ない」ならいっそのこと彼を殺すしかない。
剃刀を彼の首にあてて見ていたら急に彼が目を開けてびっくり、、彼もビックリしたけど私もビックリ、、
「心配せんといて、あんた一人を死なせやせん、私も一緒に死ぬから」
話し合った末、彼は「わかった」とだけ言いました。
その後、若い者も少しずつ増えていきました。
日本中を震撼させた内紛でトップとナンバー2が殺された余波で彼に絶縁状が出された時には70人以上の若い者がいました。
まあ彼が薬をやめたから私のなりたかった姐さんにはなれたと思います。



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