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それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~

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#散歩日記

それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第73回 朝の洋館めぐり おじさん描写を添えて

(69)とうとう最終日、五日目の朝。最後の宿である錦江之星旅館(ジンジアンジーシンホテル)を退房(チェックアウト)、出発時刻は8時12分。ロケーションは良いし、部屋は清潔だし、言うことはなし。これで一泊2,565円とは嬉しい。かような旅ができるのも、商務旅館(ビジネスホテル)のおかげです。さあ、今日も計画どおりに武漢散歩を進行できるだろうか。もう酒店(ホテル)には帰らない。寄存行李(ジーツンシンリ=荷物の一時預けをせず、背包(バックパック)も肩掛け鞄もすべて身につけて歩きだす

それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第74回 下町の中古物件! パティオ長江局

(74)こんなふうにして、ぼくは一時間あまり、漢口の租界建築を見てまわった。宋慶齢旧居、八七会議旧址、巴公房子(バーゴンファンズ)、俄国(ロシア)領事館旧址、美国(アメリカ)領事館旧址、東方匯理銀行旧址などの威厳ある建物があった。八七会議とは、1927年、第一次国共合作失敗の折に緊急開催された、中国共産党・中央委員会会議である。党設立者の一人で、初代総書記だった陳独秀が解任され、新指導部が発足した。毛沢東が「槍桿子里面出政権(鉄砲から政権が生まれる)」と発言し、武装反抗を訴え

それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第75回 こちら武漢大学凌波門前プール

(78)沿江大道(イエンジアンダーダオ)でタクシーを停め、「武漢大学(ウーハンダーシュエ)・・・・・・凌波門付近的那个(リンポーメンフージンドナーゴ)・・・・・・遊泳池(ヨウヨンチー)」と告げた。すると運転手は、それきた任せろとばかりご機嫌なようすでクルマを発車させる。アレだろ、写真を撮るんだろ。そして回答も待たず破顔一笑、シャッターを押すジェスチャー。お見通しなのだ。じつは、昨日訪れた東湖の湖畔に武漢大学の校園(キャンパス)が広がっているのだが、その東北の門外に、凌波門遊泳

それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第76回 秋の武漢大学散策記

(81)校園(キャンパス)は山あり谷ありの大公園だった。 (82)沿道の樹々は、高さ10米(メートル)から20米とみごとな茂りっぷりで、南国風のワイルドな密林を構成している。制限速度30公里(キロ)の二車線道路には、マイクロバスやタクシー、バイク、それに各種運搬車両が走り回っている。そんな中を、やけに賢そうな男の子、女の子たちが主にリュック姿で闊歩している。気のせいか、上海の名門大学とくらべて物静かで落ち着きはらった子が多い印象。女子の日傘使用率は7、8割ほどと高く、中には

それゆけ李白マン~中国街歩き詩選~ 第78回 山の上のコンテナハウス

(92)さあ、最後の目的地だ。大通りでタクシーを拾い、長春観をめざす。其処(そこ)は元代創建の道観で、道教界では湖北における聖地の一つとされる。長春とは、当地にゆかりある人物の号である。明の様式を模して、清代に再建された。唐の李白も「黄鵠山を望む」で此(こ)の地を「中峰紅月に倚(よ)る」と詠んでいる。12時32分到着。 (93)かなり古めかしい紅壁(あかかべ)が敷地を取り巻いていて、現代的な周辺環境のなか異様な光景である。これだと「城内」はよほどワイルドな史跡迷宮となってい