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ファッションと季節感と、あの日の記憶

秋の章

中2の二学期の初日、H君はあらわれた。
季節外れの転校生。
男子がみんな半袖のカッターシャツを着ているなか、彼だけ長袖をまくってた。シュッとしてる。
都会から来たらしい。バスケできるらしい。めっちゃ頭が、良いらしい。

仲良くなりたかった。テスト結果の見せ合いっこがしたくて、バカだった私は学年128位から8位まで順位を上げた。ちょっと話せるようになった。

あの日は、9月だった。

春の章

大学生になった。同じクラスのみんなで新歓コンパをした。
K君だけ、ダブってたから普通にお酒が飲めていた。大人っぽい顔。モデルみたいに背が高くて、目は細くて顔が小さい。煙草を吸ってて、無口だった。
大きめの切り替えではぎ合わされた、真っ白のややオーバーサイズのシャツにジーンズ。

気になって仕方なかった。彼が落としたノートを着服したりもした(怖)。

あの日は、4月だった。

冬の章

私服のあの人と会うのは初めてだった。
ラーメンを食べた。そのあと少し買い物した。控えめに、私が持っていた荷物を引き受けてくれた。指先が触れた。
あの人の細い黒髪、象牙色の肌と、モスグリーンのすっきりしたケーブルセーターが似合ってた。スエードの黒い靴。こんなことまで覚えているなんて、きっと私恥ずかしくて目線を落としたんだろう。冷たい顔、神経質そうなたたずまい。あの人はずっと優しかったのに、私は勇気が出せなくてなにも言えなかった。

ただあの指先は柔らかくて、溶けそうに温かかった。

あの日は、1月だった。

To be continued. 夏は、終わらない!

彼は時間通りに焼鳥屋に来た。
仕事帰りのネイビーの半袖シャツに、スラックス。時間通りに来たのに、遅れてごめん、待った? と聞いた。
薄い唇の両端はわずかにあがっていて、メガネをかけた淡白な顔の口元だけ、少しネコチャンみたいだと思った。

あの日は、8月だった。

そのあと何度もデートに行った。私が車でよくかけていた曲を、自分でも聴けるようにして、よく聞いていた。そんなにcinnamonsのsummer timeが気に入ったのかと聞いたら、この曲がすごく私っぽいから好きで聞いてると答えた。

それからもずっとそうだった。食べ物の美味しい部分ばかり私に差し出してきたし、私に抱きつかれて服に化粧やらラメやらが付いてもてんで気にせず抱きしめ返した。牡蠣もぜんぶむいてくれて、酔った私からの電話も必ず出てくれて、いつも自分がブスに映る角度で、私が可愛く映るようにツーショット自撮りを撮り続けた。夏も秋も冬も春も。あまりにも変わらなくて私は初めて、誰かがいつも傍に居る幸せを知った。

それで、季節が何巡かしたころ結婚した。
一緒に住み始めて一年たったとき、
「思ってた以上に、いろんなことができなくてびっくりしてると思うけど、私と結婚してよかったのか」と尋ねたら、
「おれは君が元気だったらそれで良いよ」と言った。

まだ、夏はつづいている。


おわりに

いかがだったでしょうか?
いまの全部嘘ですよ。え? それは苦しい?
…参りましたねぇ。

季節感のある服装を着ることで、愛した人間の記憶に物語のように、風景のように、絵本の挿絵のように、残りたいなと、ふと思いました。

みなさんは人生ってなんだと思いますか?
私は、記憶の累積だと思います。
長い人生を生きる、美味しいものを食べる、衣食住に困らないくらいのぶん少しずつ蓄えながらも日々の生活も楽しむ。その日々のなかに、たまに美しい瞬間がある。その束の間の美しさが人生であり、誰の人生も、たとえスターの人生でさえ、その本質と人生の"感覚"は無形で虚無で、すぎたものはけして戻ってこないものだと思います。

だからこそ、大事な人を守ったり、幸せにしたり、美味しいものを食べたりして、時に人生の一瞬の輝きに気付きながら、ゆっくり歩んでいきたいですね。
(さっきからどんだけ美味しいもの食べたいのか)
それに、彼の世界を希望に満ち溢れたものにしたいです。私がそうしてもらったように。

あまりにもありきたりで平凡な話をしました。
ですけれど、これは私にとっては
「私だけかもしれないレア体験」なんです。
だってある種の奇跡ですからね。

本日はこのへんで。ではでは。

(邪念 1718文字)


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