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【効いた曲ノート】ショパン「24の前奏曲集 作品28」第15番”雨だれ”

GWが終わったと思ったらシームレスに梅雨に入ったみたいな空気になるの完全に殺しに来てませんか。

というわけでこんにちわ。私事の立て込みもありちょっとサッカーの感想の方が怒涛の連戦みすず学苑で胃もたれになってきたので気分転換のコーナーが続きます。連休ぼけ、5月病に加えて低気圧というダウナーのフルコースみたいな状況でとてもつらい。そういうときは静かにピアノを聴きたい...

ちょうどアニメ「ピアノの森」でホットなショパンにあたってみました。放送はまだ小学生編なのでだいぶ先ですが、ショパンコンクール編でカイの回想を象徴的に彩る曲でもあります。

今回は関係ないですが、放送直後に若手筆頭格やジュニアのトップレベルの方々の演奏する劇中曲をアップロードしてくれるのホンマ最高ですわ...あのダイジェストぶりだと雨だれはアップロードされないかな多分...

雨音が語る死の不安

”雨だれ”という呼称がある通り、この曲が支配しているのは降り続く雨のような和音の連打です。この前奏曲集を描いた頃のショパンはインフルエンザを患うなど体調が安定しない状態でした。人生最期の恋人ジョルジュ・サンドとのマジョルカ島滞在で完成した曲とされており、この"雨だれ"に関する逸話もは女流作家であったサンドによって記されています。

そんな二人が地中海に浮かぶ島マヨルカ島へ逃避行。有名人カップルのスキャンダラスな噂で騒ぎ立てるパリから逃れること、そして病弱なショパンの静養も兼ねての長期旅行でした。しかし島に到着後、ショパンが持病の肺結核をこじらせてしまいます。サンドによる献身的な看病を受け続けるも、ショパンの病状は死の淵をさまようほど悪化してしまいました。
そんなある日、サンドはショパンを修道院に残して買い物に出かけます。しかし突然の嵐が島を襲い、サンドの帰りが夜遅くに。彼女が修道院に帰ると、一人残されたショパンは不安に苛まれながら作曲したばかりの曲を弾いていました。その曲こそ「雨だれ」なのです。「雨だれ」には愛するサンドと共に聞いた雨音、そして死の淵をさまよった時の雨音が刻み込まれていたのです。(NHK ららら♪クラシックより)

とはいえ、この前奏曲集はマジョルカ島へ出るかなり前からパリで作曲が進んでいたことが分かっており、サンドによる逸話は作家らしい創作なのではないかと言われています。ですが少なくとも病魔にむしばまれる己を投影しながら「不安をなだめるように」弾く曲を意図して作られたことは確かでしょう。

偉大なる先達と偉大たらんとする後進へ

1曲だけ取り上げておいてなんですが、「24の前奏曲」は24の調性(現代でいうキー)を網羅するというアプローチで作曲されているもので、各曲の中身のみならず順番も含めて周到に設計されており、24曲でひとくくりの作品になっています。

このような形式はバッハが教育用に自身の作品を改訂・編纂した集大成的作品である「平均律クラヴィーア曲集」に由来しています。バッハの死後弟子たちの手によって出版されて以降、音楽家のバイブルとして絶対的な地位を持つ「音楽の旧約聖書」とすら呼ばれた大作です。この作品がそのような傑作となったゆえんは当時のあらゆる作曲技術と演奏技術の粋が結集されている点にあります。

ショパンはマジョルカ島への療養にもこのバッハの偉大な作品群の楽譜を持参して読みふけっていたそうで、この作品に対する並々ならぬ敬意と愛情(あるいはこの音楽の巨人に対する挑戦でもあったでしょう)を持って「24の前奏曲」を書き上げました....とここまで書いてみて、この24の前奏曲という形式を巡った労作コラムをTOWER RECORDのページで見つけてしまったので、一々書かなくても良かったなと後悔しています...w 

このショパンの前奏曲集は小さくそれでいて緻密で熟練された装飾を施された宝石の詰まったひとつの作品群として、ドビュッシー、ラフマニノフ、スクリャービンらを触発することになります。また、バッハの切り開いた「自分の持てる技術の全てを連作短編的に凝集する」という地平は「練習曲」というジャンルとしてショパンの別の作品やリスト、シューマンによる傑作を生みだしています。

先達の残した偉大な作品への敬意、さらにはそれを超越しようという野心は音楽に限らず傑作を生み出す動機となってきました。もちろん独立したひとつの、ピアノ(バッハの時代はチェンバロやオルガンも指したわけですが)という楽器の可能性を探究した魅力的な作品であり、そう思わせることが作者たちの狙いでもあったとも思いますが、「24」にまつわる物語はさらなる味わいをもたらしてくれます。

※参考にしたページや文献