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【効いた曲ノート】アントニン・ドヴォルザーク"チェロ協奏曲 ロ短調 作品104"


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すっかり秋めいてきましたね。落ち葉の音、夕焼けの色、ひんやりとした土の匂い、そういったものに趣を感じる季節になってきました。

食欲の秋、芸術の秋、そしてドヴォルザークの秋だ。というわけで今回はドヴォルザークの作品から。

アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)はチェコの作曲家で、現地の民族音楽(ボヘミア音楽・スラブ音楽・晩年はアメリカの黒人霊歌)を取り入れた傑作で後世に名を残しています。「新世界より」や「スラブ舞曲」が有名でしょうか。




ドヴォルザークの魅力はなんといっても溢れんばかりに豊かな旋律とその「懐かしさ」。抑揚というか、間の取り方、強拍の取り方が「しゃくり」や「こぶし」のように感じます。日本人にも馴染み深い音階(民謡などの音階)が多いようで、日本人には理解しやすいのだけど欧米人は演奏にむっちゃ苦労するという話があるとかないとか。

このチェロ協奏曲もチェロのスーパーテクニックを魅せるスペクタクルを出しつつ、郷愁を誘うメロディがふんだんに歌いこまれています。

「協奏曲」というのは、オーケストラを伴奏としてある楽器一人を主役にそのテクニックを見せつけるために描かれる曲で、独奏楽器とオーケストラがタメを張る、多対一のスリリングな駆け引きが醍醐味にとなる曲です。たいていはその時代一番の演奏家に向けて書かれますが、演奏家自身が書くパターンもあり、ヴァイオリンが主役なら「ヴァイオリン協奏曲」、ピアノが主役なら「ピアノ協奏曲」。この2つがメジャーな協奏曲ですが、今回はチェロが主役の曲なので「チェロ協奏曲」です。


協奏曲の形はたいていは、

・ド派手に大見栄を切る第一楽章
・ロマンティックに歌い上げる緩徐楽章
・急展開に次ぐ急展開でクライマックスへとなだれ込む最終楽章

このようになっており、今回の「ドヴォコン」も基本的にはこのテンプレになっています。





さて、曲の中身の話に入りますと、やはり協奏曲ですので、とにかくチェロを実際に弾いているところを見るのが一番楽しい。まあ35分超もある大曲ですので、演奏者もぐんぐんぐんぐんと汗びっしょになっていきます...演奏者に投影するだけでアドレナリンが吹き出し、疲れさえ感じてきます。

なげえよ!という人も主役が入るまでの流れと34:50から36:15までの流れだけでいいから聞いてほしい…!

協奏曲全般に言えると思うのですが、一番の見せ場は何より主役が入るまでの前振り。いきなり最初からドカンと一発かますものも楽しいのですが、「主役が遅れてやってくる作品は名作」という格言に沿ってこの曲は伴奏オーケストラだけでもういいじゃんというくらい良い曲が出来上がってしまっています。さらにそこに追いチェロ独奏だよ、という贅沢感たるや。

また、この曲の白眉となるのはクライマックスもクライマックスで、ずっと主役を張り続けたチェロのメロディをヴァイオリン独奏が引き継いでしまう場面。チェロはなんと主役なのに伴奏に回って唐突に二人だけの世界になってしまいます。

協奏曲の最終楽章は24時間テレビのマラソンのゴールのようなもので、一人で走って走って、走りきって、みんなが出迎えてサライめいた大団円、というお約束なのだけど、勝手にコースアウトしてヴァイオリンと駆け落ちしちゃう。だけどこれがまあめちゃくちゃに澄みきって美しい。。


引用元 https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=46244354


ちなみにこの部分は初恋以来ずっと恋慕ってきた人が亡くなるという知らせを聞いて改めて加筆された部分で、そのせいかゴールはお預けのまま未練たらたらに続いているように聞こえちゃうのだけど、その"クドさ"、クライマックスで在りし日をつらつらと回想するメランコリックさが逆に沁みるのです。演歌だ。

この曲はハードボイルドな低音とセクシーな高音というチェロの楽器としての個性とドヴォルザークという演歌おじさんの悲哀とがガッツリと噛み合っているので、やはりオッサンが弾いた方が映えると思います。今回張り付けた人はちょっと若いのですが、音質、画質、そしてカメラワークの"濃さ"の塩梅はわかってもらえるのではないでしょうか。秋、哀愁、未練、千の言葉よりも雄弁な男の背中。黄昏時にどうぞ。


それでは、よい秋を。


追記

音質の良い映像が残っていないのが残念なのですが、よりセクスィーでダンディズムな録音としてピエール・フルニエのアルバムをおすすめします。