真鯖に恋をした
よく行くスーパーに納豆を買いに行った.
普段,魚を買うことはない.
それでも買うことを即決するくらいにその真鯖は輝いていた.
素人が遠目から見てもわかるくらいに鮮度がよく,美しい皮目.
二枚おろしだった.
一目惚れだった.
納豆2パックとその真鯖を手にレジへ向かった.
スーパーは家から歩いて5分もかからないところにある.
それでも真鯖の輝きを保てるように,たっぷりの氷を入れたビニール袋を抱えて家まで帰った.
家に着くと,いわゆる三枚おろしの状態にするために包丁を握る.
いままで切れ味がいいと思っていた包丁だったが,自分がイメージするようにスッと切ることができない.
身を傷つけるような包丁さばき.
自分に情けなさを感じつつも,背骨と腹骨を取ることができた.
身に塩をふる.
それをグリルで焼く.
バチバチバチ
そんな言葉では伝わらないほど脂が奏でる音は美しい.
心地良い時間はすぐに過ぎる.
焼けた.
美味しそう.
自然と笑みがこぼれる.
食べてみると,なんとも言えないような幸福感に包まれる.
箸が止まらない.
気づいたらなくなっていた.
塩を振って焼いただけの真鯖.
それでも涙が出るほどうまい.
美味しかったという幸福感,そしてもう出会えるかはわからないという喪失感.
恋以外のなにものでもない.
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