短歌感想③
もう目覚めませんようにと液晶の青いあかりで塗るリップクリーム/笠木 拓 『はるかカーテンコールまで』
もう目覚めませんように、というかなしい願い。
このリップクリームは生きているうちにみずからでする死に化粧のように思えて美しい。
声よ、飛んでいるか という連作の中の一首。
冒頭歌のふたつあとには
ハイウェイの灯りはとろとろと流れゆき(きらいだ)いまは眠っていたい
という歌がある。
こちらは夜の高速道路で車の助手席に座っていて、眠っている、眠ろうとしているシーンだろうか。運転席の人物に対して、今は言葉にすることを放棄して眠っていたいという、少し重苦しい感情が伝わってくる。
リップクリームの歌のほうは、おそらくひとりの空間なのだろう。
青いあかりは暗い部屋の中で光っているパソコンのあかりだろうか。
どちらの歌も眠りのことを歌っているけれど、眠りの性質はまったく違っている。
ハイウェイの歌の眠りからは、少し甘えを含んだ希望を感じることができる。
もう目覚めたくない、という思いはけっこう親和性のあるものだと思う。
その思いを切実なものにしているのは、リップクリームを暗い部屋で塗っているという行為の儀式めいた感じや、液晶の青いあかりに照らされた主体の青白い顔がまざまざと浮かぶ書き方によるものだろう。
液晶のあかりがこれほど美しく、こわいと感じたことは今までなかった。
この連作には、水や鳥がたくさん出てきて、移動や命を感じさせる歌が多い。
美しいイメージを伝えてゆきながら、少し冷たい空気感もある。
この液晶のあかりの前でリップクリームを塗っている主体からも、人間であるというよりひとつの生き物がそうしているんだというような、ひややかな印象を受ける。
液晶という、こちらの加減ひとつで生きたり死んだりする光のほうが生きながらえて、この部屋の中にとどまりつづけ、その部屋でリップクリームの艶めきのくちびるを持った主体が永遠に眠りつづけている絵さえ想像させられた。
すべてのものが移動してゆきながら、一瞬も油断が許されない世界で
なんらかの光を浴びながら生きている。
今自分が浴びている光がなんの光なのかもわからなくなるほど、くらくらとさせてくれる歌だった。
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