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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(10)

合戦そのものはそれまで積んだ事の帰結よ
合戦に到るまで何をするかが俺は戦だと思っとる
猿(秀吉)以外 本質は誰も理解せんかったがな

『DRIFTERS』織田信長

「それでは続きをお話ししましょうか。これは今から六十年から三十年前、第二次地上奪還戦とゴッデスフォール事件までの、辛く悲しくそして怒りに満ちたわたくしの半生にございます……」

 それはある年の十一月中旬のことである。
「次のニュースです。最高裁判所判事の改選がおこなわれました。このメンバーはいずれも保守派であり、全体で見ても過半数を保守派が固めた事から裁判の結果に影響を及ぼすものとみられます」
 突然、原稿がキャスターに渡される。
「速報です! 中央政府軍は先程、第二次地上奪還作戦の計画と、それに向けた軍備増強を発表しました。時期は不明ですが、年内か遅くとも来年初旬にはニケの生産数を大幅に引き上げる予定にあると……」

 この事態に、ティアマトは久方ぶりのマーガレットとの会談に臨んでいた。
「これはデカい戦争になるけぇのう、そちらもそろそろ準備しとかんとあとがたいぎぃぞ?」
 高貴なロイヤルには聞き苦しい訛りを捲し立てられ、さしものマーガレットも顔を顰めた。しかし、このニケの言うことは戦争については的を射ている。
「とはいえ、当財団はほとんど軍備を制限されておりますし、政府軍もいい顔をしないのではないですか?」
「義勇兵として出るとゆうとけばなんとでもなるけぇ心配しんさんなや。それよりも軍事訓練や部隊の編成なんかもしとかんといけんのよ?」
 あの戦いから、財団に身を寄せるニケは数を増して今や三千ものニケが、マーガレットからの禄を食んでいる。
 一方チャルチウィトリクエも六千ほどに微増している。彼女達はマーガレットや中央政府軍の厳しい監査の下にありながらも企業への軍事訓練や指揮官への部隊員派遣・任務の代行などを請け負って強かに存在感を示していた。

 マーガレットは早速二人の側近ニケに意見を乞うた。すなわち、旧軍人ニケのケイトとスカーである。
「ティアマトには伝手もあるだろうし、第二次地上奪還戦もあながちウソじゃないかもしれないですね」
「それならばこちらも役割分担を決めておかないとならんな。学校じゃないんだ、すぐ決めて何か出来るほど向こうは甘くない」
「学芸会でもちゃんと決めるからね!? それはともかく、私たちだけじゃ教練を施したりするだけでてんやわんやになりそう。ルカ達にも手伝ってもらおうかな」
 マーガレットは続けて質問する。
「実際地上に行く場合は、軍と歩調を合わせるべきでしょうか?」
 呼吸に微かに喘鳴が混じる。
「あとで良いでしょう。政府軍の邪魔をしに来たと誤解を与える可能性もありますし」
「同意する」
「では最後に、誰を以て全軍を統率させましょう」
「順当にいけばティアマトだろうが、暴走する可能性を危惧しているのだろう? 智勇のバランスが良いケイトで良かろう」
「それはまぁ嬉しいんだけど……」
 ケイトは照れながらも自身の気持ちを述べた。
「私はアタナトイを推薦します。彼女の能力は戦場では最も頼りになります」
「だがあの者はここでの活動期間が短い。皆が納得するかは不透明だぞ?」
「それは私が上手く説得するから任せて」
「あなた達の考えは分かりました。それではもしもに備えていくとしましょう、ゴホッ」
 マーガレットは咳き込みながら話を締める。このところ彼女は体調が思わしくなかった。

 翌る日の緊急会合では、スタルカーやネイト、ディシプリンやマチルダなど、特待ニケ達が勢揃いしていた。アタナトイも末席に着席している。
「今日の議題は、先日速報があった地上奪還戦についてだ。我らも義勇兵として地上に上がる可能性があるため、役割分担をしておかねばならない」
 スカーが進行役で進むが、マーガレットは体調不良により席を外していた。
「今回は指揮する部隊の編成とか、司令部における役職までは決めておきたいね」
「司令官とかはどうするんだい?」
 ヘッジホッグが質問すると、ケイトは飽くまで予定だと断った上で答えた。
「指揮官は会長の息子さんが資格を持っているので、それを代行する形で私たちが独自に動くことになりそう。義勇軍の司令官についてはまだティアマト達との折衝をしないといけないからハッキリいえなくてごめんね」
「なるほどね、分かった」
「ちなみに部隊の役割についてはもう構想しているんだ。ヘッジホッグ、あなたに工兵と砲兵部隊をまとめて欲しいのだけど」
「やる事多いね! まぁやらせてくれるならやるよ」
「順番を飛ばすなケイト。というわけでこれより構想を発表していく。異論があるならすぐに言え」
 そうしてスカーはホログラムディスプレイに計画案を映したのだった。

「私のこの兵站担当ってどういう事?」
 マチルダは少し疑問に感じているようだ。
「兵站の確保は戦争で最も大切だと、皆には口が酸っぱくなるほど叩き込んだつもりだ。お前の実務能力と超並列思考を用いれば、各部隊の残弾数や補給物資の到着予定まで事細かく把握し切れると判断した。不服か?」
「それが分かっているから不安なの! 私の失敗で皆の負担が増すのが分かりきってるんだから」
「そこまで理解できてるなら問題ない。多少のことは他の者もつけるので分担してやってほしい」
「……承知しました。力を尽くします」
 マチルダもだいぶ周りのことを考えられるようになったものだと、スカーは割と感心していた。
「参謀ですか、順当です」
 ディシプリンはメガネをくいっとあげてみせる。
「私も参謀ですって! プリンちゃんよろしく!」
 スタルカーも司令部に就くようだがケイトはもうひとつ付け加えた。
「スタルカー、あなたにはこの司令部を守る親衛隊の隊長も同時にやってもらうつもりよ。むしろこれがメインで参謀職はまぁ、みんなのアシスタントね」
「なんだぁ……」
 スタルカーはガックリと項垂れると皆はクスクスと笑った。道化師姿が尚更滑稽にみせるのだ。
「私達は医療班ですね、承知しました」
 そう言ったのは、シスターの姿をしながらそうとは思えぬ巨躯を誇るネメシスである。
「確かお前はラプチャーの侵食現象を解決できるのだったな?」
 スカーはこの件がイマイチ理解し難いのか神妙な顔つきである。
「はい、その代わり私の妹になって頂きますが」
 そう、ネメシスのシスターパンチを頭部に食らったら妹にさせられるのだ。その作用は侵食をも上書きするのである!
「それが意味不明なのだが、まぁおかしくなるなら自由意志があるお前の能力の方がマシだろう。よろしく頼む」
「かしこまりました」
「私の衣装係ってなんですか?!」
 ベルタンは声を震わせて質問してきた。
「ベルタンは戦いは難しそうなので、アークに残留して軍旗や被服に関して色々やってもらおうと思うの。これなら大丈夫でしょ?」
「あ、ありがとうございます! 頑張っていろんなもの作ります!」

「名前のないものは、基本的に各々部隊を編成して前線で戦ってもらうつもりだ。部隊の編成方法に関して何かアイデアがあるなら今言え。そうでなければこちらが適当に編成する」
「同期の友人で固めて欲しいし!」
「同期の子と一緒にして欲しいヨ!」
 ウコクとシャロンが同時に言って、ギャンギャン言い争い始めた。このふたりは犬猿の仲である。
「うるさい黙れ。お前らの意見は通してやる」
 スカーがひと睨みするとピタリと収まった。
「他にないなら、武器種のバランス重視で編成するからね」

 スタルカーは隣のネイトに質問した。ネイトが黙ったままなのが不思議に思えたからだ。
「ネイトさんは特に希望はないんです?」
「別にない。護衛にしかならないんなら」
 あの一件以来、ネイトはすっかり落ち着いた様子に変わった。多くの者は冷静さが伴うようになったと好意的なのだが、スタルカーとケイトはどうしてもそうは思えなかった。思考転換までは起こしてはいないものの精神的な重しを背負っているのではないか?
 試しにネメシスのメンタルケアを受診させてみたこともあったが、ネメシスの鉄拳はどれも躱され事なきをえている。
 彼女の変化がまた違うところにあるという事は、まだ彼女以外知りえない……

「最後にアタナトイ、お前はどうする?」
 滞りなく進行した会合で、最後に話を振られたのは、漆黒のローブを身に纏い、仮面を着けた謎のニケである。
「適当で構わない。最悪自前で調達する」
「そうか」
「その代わり、皆に知っておいてもらうべきだろう」
 スタルカー、ケイト、ネメシスに戦慄が走る。
 アタナトイは仮面とフードを外した。
 豪奢な金の髪を断ち、短くしたのは彼女のけじめの付け方の表明だ。アイスブルーの瞳と金髪で、多くの者ははじめて正体に気づいた。尤も、ヘッジホッグとスカーは大して驚いていないので予想はしていたようだ。
「改めて自己紹介させていただく。私の今の名はアタナトイ、どうかよろしく頼む」
 かつてスタルカー達と雌雄を決し、敗死したはずの金髪の野獣。それが遂に、再び公の場に現れた。

「アタナトイのティアマトとの接見は早い方がいいでしょう」
 マーガレットは緊急会合後すぐに務めに戻り、チャルチウィトリクエとの折衝に向かった。
 顔色はまるで青銅のように悪い。だが、気高さゆえの佇まいでそれを悟られまいとする姿は、見る者に畏敬の念すら抱かせていた。
「会長が快復してすぐに場を設けてくれるとは。感謝に堪えない」
 アタナトイも恭しく挨拶を交わす。
(相手は堅物だが会長のカラダを考え、早く決着をつけたいところだ)
 そのように彼女は思った。

「ウチがティアマトよぉ! アンタがアタナトイいうん? 人と会話するのに仮面とかなんやら失礼とは思わんのんね?」
 ティアマトは早速アタナトイに難癖をつけてきた。
「人には都合というものが」とマーガレットは割って入る。しかし、アタナトイはすぐにフードや仮面を外して正体を明かした。
「ティアマトの言うとおりだ。それに、話を早く進めたいからな」

「アンタは……  しぶといやっちゃねぇ!」
「名前通りだ」
 中央政府軍時代から、互いに功績を張り合うライバルである。両者とも力量については疑いを持っていない。
「財団が義勇軍を編成した場合の司令官代理の件ですが、我々はこのアタナトイを推す事に致しました」
「なんでそうなるんね!?」
「不服か?」
「やねこいやっちゃ! 大いに気に入らんのぉ! 数はこちらの方が多いんよ?」
「あまり深く考えるなティアマトよ。私は能力を使用する手前、あまり前線には出ない。余程の事なら作戦から逸脱しない限り個々の裁量に任せるつもりだ。無論、卿には其方側の指揮をほぼ全部任せる」
「……」
「伏して頼む」
 ティアマトを前線指揮官としては最高位に据えることで一応の合意形成をした両者は、いよいよ戦闘体制を整えていくのである。

 会合後、財団のニケ達は順次戦闘体制を整え始めた。個々人の適性を判断して戦場に行く行かないを区別したり、武器の整備や軍事教練に精を出したり。
 一方こんな暢気な光景もあった。
「後生ですから彫らせてくださいよぉ!」
「……好きにしろ」
「いぃやったー!」
 連日の土下座攻勢に耐えかね、アタナトイはウコクの刺青彫りの餌食になっていた。ウコクは体の隅々までタトゥーを入れまくっており、最早自身を彫ることが出来ないほどである。
 なので最近は知人に対して、軽めの小さいものをファッション感覚で彫ったりするのだ。スタルカーも目元に星をいくつか彫られている。
「白くてスベスベの肌……  やだこれすごすぎる……!!」
 白皙の肉体にはいくらか傷痕が存在していたが、基本的には美しい部類に思われた。
「モチーフ何にしましょうかね〜?」
「なんでも良い」
「それが一番悩むんですよね……  翼の生えたライオンはどうでしょう?」
「それを髑髏で描写できるか?」
「わざわざそこまでしなくても」
「わたしは死んだ身、生きていたなどと判れば余計な迷惑がかかる。その戒めだ」
「……了解! 一気にかつ一発でやりますんで痛覚カットお願いしますよ」
 肩口に大きく彫り上げられた有翼の骸骨獅子は、今はまだローブの下に隠される事になった。

 「お前、あの刺青アバズレに彫らせたね!? デジタルサイネージが一番だって言うのに許せないヨ!」
 アタナトイはシャロンにも突っかかられていた。
「卿は何を施してくれるのだ?」
「肌の色、変えたくない?」
「……悪くないアイデアだ。可能か?」
「オフコースヨ! ちなみにオンオフ出来るからエネルギー量に応じて使い分けるとイイヨ」
「そもそも卿はイレギュラー化していないと聞いたがどうやるのだ?」
「コアエネルギーヨ! ニケのボディを駆け巡るエネルギー、も少し具体的に言うとコアそのものに些細な細工して訓練するだけで文字や絵が出せるようになるヨ」
「意外なところからなのだな」
「体にLED仕込むとそれこそ大変ヨ!?」
 こうして、アタナトイの体色は白から小麦色の褐色に変貌を遂げた。

 マーガレット邸に設けられた裁縫部屋にてベルタンが軍旗製作に取り掛かってから二日後のことである。イラストの時点で既に完成度はかなりのモノだ。
「標語はこうしてっと」
 彼女は特に考えることもなく、この手の軍旗にお定まりの「勝利を! しからずんば死を!」としていた。
 そんな製作過程を見ていたアタナトイは、しからずんばのくだりにチャコペンで二重線を引いた。
「ど、どうしてぇ?!」
 ベルタンは基本的に否定されるのが嫌いだ。彼女の瞳は既に涙で溢れていた。
「す、すまない」
 アタナトイも早計だったと、ベルタンに謝りつつ宥めるが、ベルタンが落ち着くまで三十分はかかった。

「先程の件なのだがな」
「ぐすっ」
「ええとだな、死ぬほどでもないと言いたいのだ。それならばより完全なる勝利を、とかの方が相応しい」
「ふえぇ?」
「いっしょに考えてみようか」
 その数週間後、立派な軍旗が完成した。そこにはこう刺繍されている。
「勝利を! 我らは星の海とともに征く」

 地上において、五百人規模の軍事演習が行われていた時の事。
「塹壕掘りをなめちゃいけないよ! 遮蔽物がない土地でも戦わなきゃいけないんだからね!」
 ある場所ではケイト直々の塹壕掘り講座が開かれていた。人間では容易ならざる硬い地面でも、ニケの腕力で無理くりほじくり返して穴に隠れる。珍妙ではあるが効果は覿面である。
 アスファルトで舗装された道路も、場合によってはひっぺがして臨時の弾除けにしたりもする。あるものはなんでも使わなければならない。
「先輩らしい丁寧な指導だ」
 アタナトイは、掘られた塹壕をひとつひとつ確認していく。もちろん、各人のスキルや練度で穴の様相は様々ではある。しかしながらまず即死はしないであろう。
「アタナトイさん、お疲れ様です」
「スタルカー、首尾はどうかな?」
 スタルカーの方は、フル武装での行軍を担当していた。どうしても時間と距離、それにラプチャーとの戦闘が関わるので、手が足りないとケイトやスカーの代理で行っていた。訓練に出たニケ達はほとんど無事に帰還できた。まずはそれが大事なのである。
「私の方は全員健在で戻れました」
「何キロほど行ったんだ?」
「四十キロほどですかね」
 瞬間、空気が張り詰めた。スタルカーは何か地雷でも踏んだ気がしたものの全く理由が思いつかない。
 運良くケイトが駆け寄って来てくれた。
「スタルカー部隊帰還ご苦労! 初級はこれで卒業だね」
「えっ!?」
「初級か、ならば良い」
 アタナトイはふたりと軽く話した後、今度はスカーの訓練風景を見に行った。
 ケイトはスタルカーに耳打ちする。
「危なかったね。中級でそれだと私たち全員教育的指導を食らってたよ」
「どういうことですか?」
「あの子は自他にすごく厳しいの。ニケになったのならその全てを発揮しないと意味がないと考える子なのよ」
 人間が徒歩によりフル装備で行軍できる距離は、時期や装備品の重さなどにもよるが、大体一日に二十から四十キロくらいなものだ。
 これが多数の馬を連れたモンゴル帝国軍となると、騎兵による侵攻スピードは七十キロ以上となり、帝国の急拡大を支えた。
 やがて自動車や戦車の時代を迎え、アメリカのパットン将軍は自軍の充実した機動力をフル活用して、二週間で一千キロ程度の高速進軍を行ってみせた。
 ニケはどうか?
 メイン武装の銃は人間には到底扱えない重量。それを軽々と操り、さらに長時間の歩行も走行も可能で、人のような体で自動車とも並走出来る脚を持っている。
 つまり、斯様な力を持っているにも関わらず人間並の数字しか達成出来ていないことをアタナトイは問題視するのだという。
 このことは、後日の机上演習ではっきり表れる事になる。

 第二次地上奪還戦の予測及び部隊の運用や指揮についてシミュレーションするのが机上演習である。前線指揮官のうちヘッジホッグとネイト、司令部と将官クラス全員が参加して、それぞれデータを持ち寄り行われた。
 早速アタナトイの、前提を全破壊する発言が飛ぶ。
「なぜ中央政府軍が健在の前提で予測を立てているのだ? あれはもはや死に体だぞ?」
 流石のティアマトでもいきなりそんなことは言わない。数が数なのでアッサリ敗退するとは考えにくいのだ。
「確かにウチらが抜けた政府軍が出汁を取り終えた魚くらいの価値しか無いんは分かるんじゃけど、そうじゃねぇ……
仮に出撃する軍の兵数を十万とした場合、いくらなんでもそんな簡単に全滅判定まで削られるとは思えんのんじゃが?」
 軍隊において組織的な軍事行動が困難となるほどの損害を受ければ全滅となる。これは部隊が戦闘開始前の構成数のおよそ三割から五割を失った状態を指す。
「前回の敵総数予測と政府軍主力の兵数の比較からしても、そこまで呆気ない展開は考えにくい……」
 スカーも懐疑的だ。
 アタナトイはこう言って自己の主張に関して裏付けを強めた。
「まず、敵兵力の数について従来から一桁あげるべきだ。最悪百万単位で殺到されたとして、対抗するための弾薬は十分に備えられているだろうか? ヘレティックが複数体現れた場合の対抗策であるアンチェインド弾の備蓄について考えても心許ない。私が記憶しているうちの数は……」
 マチルダが発言する。
「弾薬等の備蓄に関して、こちらは現在は建前上規定数以上は備蓄を行っていないのですが、エリシオンに数を増やしても大丈夫か問い合わせたところ、納品が遅れると言われました。既に通常の数倍の受注が来ているらしいシグナルですかね?」
「武器弾薬に限っては充分な量を確保するつもりでいるみたいだねぇ」
 武器に精通したヘッジホッグが横から発言して、この点に関してはアタナトイは不安視しすぎていると見做された。
 だがそれは悪いことでは無い。常に最悪の事態を想定しつつ、彼我の戦力を分析することではじめて相手に打ち勝つことが可能となるのだ。
 孫子曰く、「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」。
 三日三晩、ニケの身体能力をしっかりと使い切って濃密な机上演習を行うことが出来た。
 なおスタルカーは、アタナトイのこの発言に恐れ慄いた。
「なぜニケなのに日に百キロ走らないのか!? ここで迂回して後背を叩けば一気に殲滅出来るではないか!?」
 この経験も、のちに活かされる事になる。
 
 翌年七月某日、第二次地上奪還戦が始まった。

 しかし、八月には惨憺たる有様である事が徐々に伝わって来た。
 元オーケアニデスのニケで、今は独立系ニュースメディアの記者をしているソウコによって凶報が齎された。
「た、大変よ……」
「あなた民間のニケ? とにかく一旦戻ろう!」
 情報収集のため、地上に上がったネイトとチャルチウィトリクエ側の部隊員は、エレベーター近くまでなんとか避難して来た彼女を保護してすぐにトンボ返りした。
 精神的な動揺が治った彼女は、マーガレット達に政府軍の大半がラプチャーに敗退して今やアークにすら危険が及びつつある事を伝えた。
「最初はトントン拍子で一帯を制圧出来ていたのよ……戦略上の要地まであと何キロだとか大喜びだったんだから……」

「何万もおりゃあ簡単じゃろうのう」
 ティアマトは拱手しながら話を聞いていたが、未だに信じ難いという顔をしていた。しかし、紛れ込ませていた部隊員も多くが未帰還なので完全に楽観的というわけにもいかない。
「それが分散して支配地域を広げ出した途端に、ラプチャーの大勢力に根こそぎやられたって!?」
「見事に各個撃破だと? いくら指揮官が馬鹿でも何人かやられていたら集結出来るだろうに……」
 ケイトやスカーもこの状況に正直頭がついていけていない感じである。
「見ていないゆえ推測になるが、集結する前に一気に叩き潰されたか、集結させた後に包囲殲滅したか……」
 今まで話を聞いているだけだったアタナトイがようやく口を開いた。
「ハァ!? アタナトイ、集結させた言うんは言い間違いじゃないんよねぇ?」
「そこは大した問題ではない。肝心な点はラプチャーを統率する者が存在すると言う事だ。獣同然の動きしかしないラプチャーだからこそ、今までは数を散らしながら戦えばあそこまで酷い事にはならなかった」
「ヘレティックがそれを担っていたと?」
「元ニケならあり得る。我々のように指揮の経験があるニケがなにかの要因でヘレティックになることはあり得ないことではなかろう」
「考えられる原因で最悪のケースだ。ただでさえ手に負えないヘレティックが、我々より大軍を率いているだと!?」
 マーガレット含めその場にいたケイトやスカーですら、お通夜の時の沈痛な雰囲気に飲み込まれていた。
「だが、まだなんとかなる。私の力を使えばだがな」
 アタナトイだけは、未だ必勝への道筋を脳裏に描き続けていた。仮面の奥のアイスブルーの瞳が、蒼く燃え上がる炎のように爛爛と輝いていた。

 九月十二日午前九時三十三分、デイリーアークという報道機関が配信した記事にもあるように、第二次地上奪還戦の様相が一般市民にまで伝わり始めていた。
 ご覧の有様ゆえ、ニケを嘲笑する気運すら生まれ始める中、オーケアニデスとチャルチウィトリクエは義勇軍を編成し、中央政府に対して地上に上がる旨の許可を求めた。
 政府はこれを受理し、直ちに義勇軍は地上へのエレベーターから出撃を開始した。

オマケ1 銀河英雄伝説的次回予告
(パーパパー)
 中央政府軍敗退の報を受け、急ぎ地上に上がった泉会義勇軍。そのあまりの光景に心を挫かれる暇もなくラプチャーが襲いくる!
 しかし、総司令官アタナトイによって不滅の軍勢が蘇り、また武将たちの異能力も猛威を振るう!
 次回「第二次地上奪還戦1ーー逆襲ーー」
 アークの歴史がまた一ページ……

オマケ2 

踢雪烏騅かな?

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