見出し画像

勝利の女神:NIKKE 稗史:或る異端者たちの愛(1)


風花日将老
佳期尚渺渺
不結同心人
空結同心草 

しづ心なく散る花に
なげきぞ長きわが袂
情をつくす君をなみ
つむや愁のつくづくし

薛濤『春望詞 其三』 (訳 佐藤春夫)

      

 不意に、あまりにも微かなノイズが耳に届いた。
 更生館の実力者であるシンは、眠りから醒まされた苛立ちを抑えつつ時間を確認する。
 彼女は甘言と弁舌、そして特殊な波長を出す事によって相手を洗脳する特殊な能力を持つニケだ。
「午⬜︎前3※※時……」
 公官庁や三大企業の工場でもなければ草木も眠る時間に一体何だというのか?
 (脳内にログは残っているだろうか……)
 幸か不幸かノイズはそれなりの長さであり、NIMPHによって記憶されていた。音声にしてはひどくメチャクチャだったが、デコードすれば……Bingo〜!

 あまりにも気恥ずかしい文面に思わずシンは苦笑したが、コンバーターを着用しているためその口角の上がり具合は本人にしかわからない。
 一体誰に宛てた恋文かとシンが推測し始めた刹那、更生館の最奥から魂が底冷えするかの様な音波が放たれた。無論、注意深く耳を欹てていなければ知覚すら出来ないであろう。言葉にならない咆哮を聴いたシンは得心するとともに、こう呟いた。
「……※此処で🔲もナ◻︎イチンゲールが唄※🔲う……ね〜」
 結局、二度目の睡眠に移行したシンは夢を見た。王子様が囚われの自分を救い出しにくる、そんな甘ったるい夢に自身の個性を混ぜ込んで最終的に王子を尻に敷き全国民を支配するハッピーエンドであった。


 更生館より遥か彼方、アーク市街地からわずかに外れた外周部の公園ベンチから放たれた音の波は、それなりのタイムラグを挟んで、重力を伴った返事を声の主人に齎した。
「嗚呼……ナイチンゲール様……」
 あまりの感激に脚が震え、へたり込み、静かに嗚咽した聖女の様なニケは、暫くの間その言葉の重みを噛み締めていた。ゆるくふんわりとしながらも仕事に支障をきたさない薄茶のショートボブ。雪膚花貌ではあるが、きれいというよりは可愛いといった容姿。そして特徴的な象牙色の瞳は涙を湛えている。男性が通りかかれば思わず声をかけてしまうほどの愛くるしさであるが、夜の帷は流石にそれを許さなかった。
 やがて落ち着きを取り戻した彼女は、名残惜しそうに、更生館のある方角を振り返りながら宿舎へと帰っていった。もうすぐ夜が明け、今日も彼女は不釣り合いなアサルトライフルを手に戦場へと駆り出される。生きて帰ってこられる保証はどこにもないのである……

 一方、更生館の最も深い場所には、これでもかと拘束された1人のニケが入所させられていた。拘束具だらけで容姿も定かではないニケにはダメ押しにほぼ全ての記憶消去まで施されていた。ここまでされる理由は2つ。指揮官殺しと、類い稀な超能力。気性を正し、能力開発によって人類に勝利を齎す事だけが彼女の命脈を保たせる唯一の方法だ。
 嬰児とほぼ同じになった筈のニケに向けられたその声は、一掬の涙を湛えさせた。そして……
「あ ま り り ス 」


 ……今日はふたりでプール用の水着を買いに行こうと提案すると、彼女はとても恥ずかしがった。彼女は生前病気がちで、水着なんかほとんど着たことがなかったから何を選んだらいいのかすら分からないというのだ。
「じゃあ、あたしのから選んでよ?このボディにピッタリなのをさ?」

 色んな種類の水着を試着してみせる。肌の露出が少ないワンピースタイプ。
「ナイチンゲール様は王子様みたいなのでイメージに合わないかと……」
「これなんか、もう服だよね!?」

 一転して刺激的なブラジリアンビキニタイプ。
「わわっ!?凄いです!こんなに肌が出ちゃうんですか?」
「コレ後ろもスゴいよ?Tバックとかどうかな?」
「わぁ〜!!?」

 ワンピースとビキニの合いの子タンキニタイプ。
「このデザイン、私は好きです。ナイチンゲール様にもピッタリかもしれません」
「女の子っぽいのはちょっと似合わないけど、ノースリーブのはイイかもね!」

 デザインが素敵なモノキニタイプ。
「こんな水着もあるんですね。ちょっと格好いいかも……」
「コスプレみたいで楽しくなってきたぞ?」

 ブラジャーのデザインが豊富で楽しいバンドゥタイプ。
「胸が程よく隠れるものもあるんですね」
「ずり落ちそうで若干怖いんだよね」

 学校指定だ!スクール水着。
「小学校以来で、私にはこれが一番馴染み深いです。でもナイチンゲール様にはちょっといただけないかなぁ……」
「アマリリスは見た目優先っと、メモメモ……」

 性器すら見えそうなほど限界まで露出するスリングショット。
「はわわわわ!!?これはいけませんエッチ過ぎます!!」
(放課後電磁波クラブや変態仮面のせいで特に違和感がなかった……危ない危ない)

 ブルキニは着ないけれど、幼馴染みのアイツの母親がプールで着せられていた覚えがある……

 水着を着替えていくだけなのに、カッコいいとかエッチだとか思い思いの感想を述べつつ、顔を覆いながらも指の間から覗いて見ている彼女はとてもとても可愛い。でもあたしは今、彼女の水着姿こそ見たいのである。
「ナイチンゲール様に見られるのは嬉しいのですが、周りの方々にも見られるのは少し恥ずかしいです」
「仕方ないなぁ。ではあたしが一肌でも二肌でも脱いで進ぜよう。そうすればアマリリスへの視線は無くなるよ?」
「それも嫌です!」
「んもう、我が儘な娘だなぁ」
 あたしは、どちらかというと男っぽさに心が寄りがちなので、これまで女性ものの水着というのをあまり好んで着ようとは思わなかった。もちろん、学校やレジャーで着ることはあったが。彼女のことを考えるだけで、自分のことは二の次にしてもよくなってしまう。可笑しな話だ。なんだったけか?大昔の歌詞にあった筈の……そうそう!
「愛ってなんだ?躊躇わない事さ」

(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?