勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(9)
中央政府軍の一幕
アストリット達は帰還後すぐに、現場で討伐軍を統括する指揮官に進言を行うことにした。
「作戦変更です、指揮官。オーケアニデスには実数以上の戦力が蓄えられている可能性があります」
「と言うと?」
「情報が足りないのもありますが、私とネメシスに匹敵するニケが向こうにも同数以上存在する可能性が否定しきれません」
「私には君以上に強いのがゴロゴロいるのが信じがたいのだが?」
「一騎打ちや戦闘指揮では確かにそうはいません。しかしながら異能を発揮したニケはそれだけで戦局をひっくり返し得るのは確かな事実です」
「で、ティアマトの方は?」
「あちらは面子がほぼほぼ割れています。彼女の側近も高い実力を持っていますが、大変強力な特殊能力を持っている訳ではないのでまだやり易いですね。より完全な勝利を望むならば兵力を増強しておく必要があります」
老境に差し掛かろうという指揮官は、中央政府軍から派遣された身に過ぎないので彼女と親しい訳ではない。
ただ、このニケの見識の高さはつとに有名であり意見を無碍に断る必要もないように思われた。
「なるほど、無理攻めをするなと言うことか。兵の追加は認められないとは思うが進言はしてみよう。差し当たりオーケアニデスとの交渉でさぐりを入れてみるか」
「ここからわたくし達は連日、中央政府軍との交渉に明け暮れました。マーガレット会長はそれに加えてチャルチウィトリクエや政府そのものにも積極的に働きかけを行います。ところで指揮官、貴方は鶏鳴狗盗という言葉をご存知ですか? 取るに足らないつまらない能力そのものを指しますが、それが時として大きな力になる事もある。その事をお教えしましょう」
私は毎日、中央政府軍のところへ行くための旗持ち兼護衛役をしていました。
ただ、同行するメンバーはマーガレット会長とあとひとり--プリンちゃんとマチルダさんが交互に変わりました--です。
「先日は名代を立ててお伺いした事、お詫び申し上げます」
会長は最初は乙女の様に大人しく、見ている私は不安になりました。ですが……
「こちらとしては些か問題のある行為のように思われますが!」
「わざわざ場末で企業ゴッコをしているニケに本気になるとはなんと大人気ない!」
鋭い舌鋒に、政府軍の指揮官達もタジタジです。
「あなたがたがもっと手綱を引き締めなかったのが悪いのでは?」
「ではティアマト達を簡単に手放したあなたがたも同罪ですね」
こういう反論にも十倍返しするのでスカッとします!
連日こんなやりとりをやっているうちに、中央政府軍のニケ達も次第にやる気を失っていきました。
「戦闘しないなら解散して欲しいわ。稼げないんだからさ」
一方、泉会側はこの間も支援金が振り込まれ続けているので一安心。企業勤めなら貯まった有休も消化して無駄がありません。それどころかこういう武勇伝すら起こりました。
就職してから全く指定休暇を取らなかったニケが突然上司に「財団を守る事は全てにおいて優先されます」とスタイリッシュに申請し、長期休暇を取るものもいました。
仕事ができず「嫌なら辞めればー?」といつもいびってくるお局ニケに対して、これ幸いと「あざっす私辞めます!」と言い放ちボコボコにしてから退職したニケもいました。
また、私たちはメディアからの毀誉褒貶に晒される立場にあったのですが、盤外の長期戦に取材陣も縮小しつつあります。
ところが、こんな椿事も起こったり。
「あのピエロさん可愛いね!」
連日、交渉に赴く軍使の白旗持ちをしている私もなんだかんだでネット上のマスコットキャラクターと化していたのです!
そう、これも私たちの仕業だったのです。
この台詞を書いたのは実は泉会の量産型ニケ・プロダクト08の一体。
彼女達は事態急変に備えて屋敷の庭の一隅にて待機していたのですが、二日もしないうちにテントを張ってバーベキューをしたり、野外音楽ライブをしながら時間を潰し始めました。数が数なので、あのスカー先生すら最低限度の見張り役を設けて順次交代させる旨の布告を出さざるを得ません。
先ほどのネット戦略も彼女達の暇つぶしの一環なのですが、日を追う毎に財団の評判が好意的なものになっていくよう輿論を仕向けていったのです。元締めは案の定プリンちゃんでした。
一方、チャルチウィトリクエ側の方はウコクさんが伝令に行って戦端を開かせないようにしていました。
「なんじゃこのゴキブリわ!」
「失礼ですね総帥。これは会長から、これはうちの軍師からです」
ふたりからの書類を見ながら、ティアマトさんは顔を顰めながらも「しょうがないのぅ」と言っては返事を渡すことを繰り返していたそうです。
こちらも戦意が落ちつつあったそうですが、ティアマト自身がやる気が無いニケを吊し上げていく--流石に殺しはしませんが--ため、依然として高い士気を保ち続けていました。
ところがこの均衡が崩れる事態がふたつ同時に起こったのです。ひとつは中央政府軍指揮官トップの更迭、もうひとつはネイトさんによるチャルチウィトリクエ批判でした。
「中央政府軍指揮官トップの更迭については伝聞でしか知り得ないので概略となります」
連日停戦交渉にあたっていた、やや歳をとった指揮官に業を煮やした中央政府軍副司令官の一人は彼の軍権を没収しました。彼としては外交によって無力化ないし弱体化させて穏便に事を収めるつもりでした。しかし軍は早期解決を目指し、より若くて好戦的な指揮官にスイッチさせたのです。
彼はアストリットさんの進言を惰弱と非難しつつ、彼女に全軍を持って泉会を攻略するよう命令を下しました。
「他方、ネイトさんの件については事情が些か異なります。彼女がなぜそうするに至ったか、それはこういうことがあったからなのです。当時の彼女らしいと言えばそうなのですが、タイミングが不味かったと言わざるを得ませんね」
ウコクさんがチャルチウィトリクエとの伝令に行く際、実はネイトさんも同行していたのです。勿論普通に行っても良かったのですが、ヘッジホッグさんはある発明を使用してみないかとプリンちゃんに打診しました。
「これは光学迷彩マント・ニコルくんだ。これを着けるだけであらゆる電磁波を偏向させる効果を発揮し見えなくなるよ!」
「そりゃすごいですね!」
「ただしこれを着けて死んだら見えないまま死体が放置されるので、せめてもの情けに死亡シーンが全世界に一斉に流されてみんなの記憶に残るようにしといたから」
「そんな悲しいオマケは要りません……」
要はこれを使ってチャルチウィトリクエ側に妨害工作を行おうというのです。プリンちゃんはこれを了承、何かあっても良いように自身やネイトさんに使用させていたのです。
ですが、ネイトさんは連日見るチャルチウィトリクエ側のあまりに軍隊めいた様相に次第に苛立つようになっていました。私たちは中央政府軍との交渉でそれどころではなく、これを見落としていたのです。
そしてとある日、彼女はウコクさんに伝令役を交代しないか訊ねたのです。
「先輩どしたんすか?」
「いやさ、毎日モザイクガーとか言われてて可哀想になってきたから、たまには伝令役代わってやろうかと思ってさ」
「まぁ毎日誰かしらに言われてるんで今更なんですけどねー。ま、お言葉に甘えちゃおっかな」
マチルダさんとプリンちゃんはこれを聴いて把握はしていたのですが「まぁ大丈夫でしょう」と許可しました。
結果はこうでした……
「おどれにうちらの何がわかるんならぁ! しごうするぞ!」
「やれるものならやってみなさいよメスゴリラ!」
口論のきっかけは些細なものでした。
「今日はあの女子校生と違うんかい珍しいこっちゃのう」
ティアマトさん達も目が慣れてきたのか大分解像度が上がっていたようです。
「ええまぁ、あの子もたまには休ませたげようと」
「ニケは休みなく戦わせるのが本道じゃあ。そんなん気にするんは戦争で細かく状態を把握出来るようになってからにしんさいや」
(お前らがその面倒を起こしてる自覚がないのか?!)
怒りで握り拳を作りつつもなんとか耐えるネイトさんでしたが……
「あんたもそのいなげな時代錯誤な服なんぞ着て、たいぎぃやっちゃのう」
「あぁ!? この野郎黙ってれば調子に乗りやがって! 大体軍服しか着てないようなやつに私のファッションセンスをごちゃごちゃ言われる筋合いは無いんだよ!」
「自称ファッションリーダーが言いよる。島のもんにバカにされとるんがわからんのは哀れじゃのう!」
これで両者は完全にブチ切れ、互いに罵り合うようになったそうです。
「おどれらもあんな体たらくで喜んでおられるんがウチには理解出来んのよねぇ!」
「お前みたいに戦争がしたくてたまらないイカレポンチと一緒にすんなバカ!」
「で、勾留されてると……」
プリンちゃんは帰ってきてから頭を抱えていました。
「しかもタイミングの悪いことに中央政府軍から交渉打ち切り・無条件降伏の勧告の軍使が来たわ」
マチルダさんも困り顔です。
「早晩、向こうが攻めて来るのに、ティアマト達に横合いから乱入されたらもはや打つ手がなくなります。ここで妨害工作を発動・足止めしてネイトさんにはほぼ自力で脱出してもらうしかありません」
プリンちゃんの献策の後、マーガレット会長も覚悟を決め、皆に宣言しました。
「人類とニケの共存共生を目指さなければならない私たちが相争うのは不本意ですが、ここを切り抜け未来を勝ち取らねばなりません」
必勝に至る計算が確立出来ない事から最後まで反対していたアストリットさんは忸怩たる思いを抱えながらも、兵に訓示します。
「……全軍進撃! まずはマーガレットを捕え、然るのちティアマトも討つ!」
ティアマトさんもこれに合わせて動く気配を見せます。
「オーケアニデスも中央政府軍も喰らい尽くして全てを手中に納める。それが人類がラプチャーを滅ぼすための第一関門じゃけぇ、きばりんさいよ!」
「アークは後年この出来事を小競り合いと表現して実相を闇に葬りました。しかしながら、これはわたくし達にとって運命の一日となりました」
プリンちゃんがふたつの陣営を見て回ったところ、兵力比はだいたい中央政府軍5:チャルチウィトリクエ4:泉会1。
マーガレット邸外苑は既に中央政府軍に重包囲されました。マスコミも排除されています。流石にあちらは後詰を用意する必要があるので五千も相手をする事はないはずなのですが、お屋敷の四方に食客達を配置すると見た目以上に相手がいるように思われてとても不安になります。
会長一家は地下のセーフルームに退避し、ベルタンとスカー先生が守りを固めています。
あとは四方をケイト先生、ヘッジホッグさん、プリンちゃんとウコクさん、マチルダさんとシャロンさんで守り、わたしと数十人のニケは屋敷内で遊撃戦担当です!
ネイトさんがいないのが心細いですが、彼女には既に向こう側に埋伏している同志が救出しに行っており、その後は妨害のための狙撃をする事になっています。
アークの天井スクリーンであるエターナルスカイが夕方から夜のライトアップに切り替わった瞬間から、中央政府軍の作戦は始まりました。
「ここで相手が実弾を使うか否か……これ次第で展開が変わります」
プリンちゃんの見立て通り相手は実弾なのでしょうか? そうなったらニケがたくさん死ぬことになります。
軍の兵士が一斉に攻め込んできました。第一陣の攻撃は?
「グワっ! でもこれゴム弾だ! 実弾は絶対使うなー!」
悲鳴の中でも正確な情報が齎されます。
「全軍、実弾の使用は絶対しないこと。現在のゴム弾で応戦開始!」
各所で銃撃戦が始まりました!
食客達はキャンプなどをしていた間でも、各所に塹壕やハイド出来るような遮蔽物を巧妙に設置していました。かたや、軍はせいぜい量産型ニケのF.A.のシールドくらい。防衛戦の地の利はこちらに分があります。
さて戦況はと言いますと……
ヘッジホッグさんのところは兵力が一番薄いのですが、彼女が文字通り矢面に立っていました。
「なにアイツのボディアーマー……ゴム弾とはいえ全然効いてる気がしないんだけど」
「なにかって? 未来のやつ」
「ヘッジホッグさんを盾にして進めー!」
「今でも身につけているものは少ないオーバーロードと呼ばれる装備群ですが、彼女は既に到達していました。コードXXXシリーズで身を固めた彼女にはこの時代のゴム弾では豆鉄砲にもなっていないでしょうね」
ウコクさん・プリンちゃん組は流石の組み合わせです!
「なんだあのゴキブリみたいなのは!?」
皆が視線を向けた場所には、プリンちゃんの赤い目が……
中央政府軍のニケは次々に同士討ちをし始めて混乱状態に陥っていました。
「あと二回ほどやればだいたい終わるでしょう。私たちは別の場所に移動しますので、捕虜をとりつつ引き続き防御をお願いしますね」
「は、はい!」
こちらのニケ達に指示を与えつつ、地図を見ながらプリンちゃん達は次の戦いに向かおうとしていました。
しかし……
「この程度の兵力をまだ潰せないのか?!」
交代した若い指揮官は威張り散らしますが、金色の獅子姫は冷めた感じで答えたそうです。
「敵の方が遥かに士気が高いですから」
「どういう意味だ」
「言った通りですよ。あちらが死に物狂い、こちらは適当なら向こうが勝ちますよ」
「兵力は圧倒しているじゃないか」
「だが私達の主敵は、こちらの損害を見ながら舌舐めずりしているのです。迂闊に全力は出せません」
「ひと飲みにすると言ったのはお前だろう、埒を開けてこい」
そこに、アストリットさんの斥候ニケから急報が届けられたそうです。事態が動きます。
「畏まりました」
側に控えていたシスターのニケが尋ねます。
「良いんです?」
「いい加減あの阿呆に真面目に付き合ってやるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。まずは先輩のところから一気に雪崩れ込ませる」
顔には出さないが憎々しい感情が、囁き声に滲み出ていたそうな。
「出ましょうか?」
「先輩をお前の妹コレクションに入れられるのは御免被る。シスターズと共に治療に専念していろ」
「残念」
「撃ち方止め!」
ケイト先生は味方の射撃を一時止めました。目の前には当たりどころが悪く、大きく損傷しながら気絶した敵方のニケがいます。
「良いのか?」
救出に来たニケが思わず尋ねますが、先生は「どうぞ」と言うのみです。
後退するふたりが姿を消して、また敵の侵攻が始まると再び苛烈な弾幕を張るのでした。
その中をトマホークを振って直撃弾だけ打ち払いながら悠然と歩み出るのは、黒い軍服のニケ・アストリットさんでした。
「そう言うのを宋襄の仁と言うんですよ、先輩」
「それでも良いんだよアストリット。私たちが倒すべきなのはラプチャーだけ、シンプルでいいでしょ?」
「あなたはどこまでも仁将なんですね」
「さて、本気で怒ったらどうなるか知らないよ?」
「怒られる前に全て終わらせにいきますよ!」
「Enhanced……」
ケイト先生が本気を見せた瞬間、アストリットさんも仕掛けます!
「突撃しろ!」
中央政府軍の大部隊が一斉に突っ込んできました。
「くぅ!」
ケイト先生は歯噛みします。エンハンスド状態の弾丸はたとえゴム弾でも致命傷になりかねないので、射撃を制限された形です。
「全軍、二手に分かれて抵抗勢力を順次制圧、邸内に侵入せよ!」
敵軍は正面玄関には行かず、プリンちゃんやマチルダさんのいる左右の防御陣地を突破するつもりでした。私達も邸内の窓からその動きを見てすぐに移動を開始しました。
「させない!」
「先輩はここで私と戦っていただきますよ?」
トマホークと共に、愛銃イモータルブリゲイドを構えるアストリットさん。
彼女に移動を封じられたケイト先生は、防御陣で応戦している味方に指示を出しつつ覚悟を決めました。
「しょうがない。あなたを捕らえてゲームセットしますか!」
「ここがどちらも正念場! 絶対引き下がらん!」
プリンちゃんとウコクさんが守っている陣地では、不思議な光景が広がっていました。
「これは……戦列歩兵横隊!? 何故今更こんな時代錯誤な戦術を?」
戦列歩兵とは、昔の戦争で使われた歩兵の運用形式のひとつで、いっぱい人を並べてとにかく撃ちまくるのです。
昔の銃はあまり命中させられないし射程も短いからこうするのが一番効率がいい攻撃方法でした。
しかし密集しているので大砲の攻撃には弱いし、銃も進化してきたことから次第に廃れていきました。
「ほいじゃいつも通り釣りますか」
ウコクさんが横切って挑発しますが、相手は先ほどと違い無反応のまま適当に撃ってくるのです!
「盲撃ち!? そうかそういう事か!」
相手は視覚を断っている。なので簡便に移動しつつ火力を上げるために密集体型を取らざるを得ないのです。そしてそれはゴム弾だからこそ強制できる作戦でもありました。
「攻撃にかけている人数が多いので、他所に援軍に行こうにも行けない! やられました!」
何人かは視覚を閉じないでいるのを逆手にとってプリンちゃんは操ろうとするのですが、暴れさせる前に捕まえられて不発です。弾幕は激しいものの命中率が悪いのでなんとか耐えていますが、プリンちゃん達は完全にその場に釘付けにされてしまいました。
シャロンさん・マチルダさん側は更に酷い状態に陥っていました。
このふたりは前衛でシャロンさんが大暴れし、マチルダさんと量産型ニケの皆さんが防御陣地を作って交代しながら休息を取りつつ戦っていました。
しかし、敵はシャロンさんを遠巻きにしつつ、数を恃みにひたすら前進をし続ける縦深攻撃を実施してきたのです。
「早く戻りなさい!」
マチルダさんの交代命令に、分散していた財団側のニケ達も戻ろうとするのですが、遠くの部隊ほど捕捉され集中攻撃で無力化されていくのです。
「ありゃ! 囲まれたね!?」
「撃て!」
ゴム弾を四方から発射されても……シャロンさんは跳びます!
「うああぁ、バカなぁ」
「このまま頭の上をぴょんぴょんぴょんっと。因幡の白兎ってことね」
「もうっ! 心配したじゃない」
しかしこれにはマチルダさん達も対応しきれず、射程外の敵部隊が窓から邸内に侵入してきました!
私たち遊撃部隊もこれを撃退し続けなければならなくなりーー放っておくとマチルダさん達が完全に包囲されて捕まってしまうのでーー最終的に私一人で広いお屋敷を行ったり来たりしながら戦うことになってしまいました。
そうした危機的状況で、相手の精鋭部隊がついにセーフルーム近くの最終防衛部隊を下して、地下に突入してきました。
「ちっ、尻に火がついた様だな」
スカー先生が土嚢に隠れつつ機関砲でゴム弾を連射すると狭い通路内に爆音が轟きます!
敵もダメージを負いながら突っ込んできますが、スカー先生は土嚢の裏に隠していたショットガンを至近距離でぶっ放して入り口まで吹っ飛ばしました。
「大人しく寝てろ。まぁ踏み殺されるならそれでもいいがな」
「アストリット様! 敵の地下セーフルーム直通路が塞がれました!」
「どういう事だ!」
「第一次突入部隊のニケが入り口に積み上げられているんです! これでは突入時に彼女達を踏み抜いてしまいます!」
「悪辣なぁ!! ……捕獲作戦は切り上げる。こちらも相手のニケを捕虜にしつつ順次撤退せよ」
「了解」
「先輩、今回はここまでです」
ケイト先生の技量はアストリットさんを凌駕してはいたのですが、彼女も指揮をしながらこれをなんとか凌ぎ切りました。身体中に、銃剣による刺突を躱しきれずに負った傷跡が痛々しく存在しています。
「また、があるかな?」
「その時はあなた達の最期ですよ」
アストリットさんは後退して、この戦いは一旦終わりました。
この攻防で私たちは戦力の半分以上を捕虜や重軽傷者で失い、組織的な防衛をする事がほぼ出来なくなりました。相手も同程度の被害が出たようですが、兵力が段違いなので、構わず攻め込む腹積りとケイト先生・スカー先生は予測していました。
「お前の後輩、戦争が上手いな」
スカー先生は葉巻に火をつけて喫煙しています。
「あの子は士官学校始まって以来の神童だったからね」
馥郁たる香りがする副流煙を嗅ぎながら、ケイト先生は遠い目で返事していました。
「存外、危険なニケが多かったがあと一押しで終わりだ」
あとは平押しでも勝利は固い。戦勝で士気もそれなりに上がった。そんなアストリットさんの努力を、相手の指揮官は全く理解しようとしなかったのです。
「どうして撤退させた!?」
「そこから説明せねばならぬほど……」
その後。
アストリットはふらふらと覚束ない足取りで医務室に転がり込んで来た。
「お疲れの様ですね?」
「ネメシス……頭痛が酷い。なんとかせよ」
「古い電化製品みたいに殴ってもよろしい?」
「殴ったら死んでも殺しにいく」
「冗談です。愚痴ぐらい聴きますよ?」
「あのバカのボンボンにはもうウンザリだ。無鉄砲で短慮、目まぐるしく動く状況をまるで把握できていない。あれがあの副司令官の子とは思えん」
「親の才能が子に受け継がれるものでは必ずしもありませんから」
「私はこんなバカのお守りをするために軍人になった訳ではないぞ! ……ティアマトが軍を辞めた理由がなんとなく分かる気がする。奴らはニケをいい様に使うだけで権力をくれてやろうという気は毛頭ないのだ。まぁ違うかもしれんが」
「立身出世があなたの目的なのですか?」
「生まれた意味を、己が闘争の勝利の悦びに求めればこうもなる」
「全て捨ててしまったら如何ですか?」
「どういう意味だ」
「求めすぎるから悩みが深まるという事ですよ」
「全ては捨てられないが、取捨選択は出来るつもり……だ」
その直後、アストリットの中で何かが終わった。
「頭痛が治った。不思議な感じだ」
「それはそれは」
「そういえば、お前の力はどうやって自覚した?」
「侵食に苦しむニケが、妹に見えたので」
「で、殴るのか? 理解し難い思考だ」
「でも治りましたよ?」
「それが直観というものか。参考になるかは知らんが覚えておこう。少し出てくる」
医務室からアストリットは出て行った。瞳には狂気が宿り、足取りはどっしりと威厳を湛えていた。
「このイカした世界へようこそ」
ネメシスは静かに微笑んだ。
「もはやこれまで。かくなる上はリセットボタンもとい降伏を受諾するしかありません」
「ちょっと!?」
マーガレット会長が降伏文書に目を通しながら思案するのを、ケイト先生が何とかとどめようとします。
「敵司令部を強襲するのは駄目なんです?」
私はスカー先生に聞いてみました。
「敵重心の撃破を狙うなら、この場合政府中枢を狙うのが正しい。だがそんな事をしたら全員死ぬだけだ」
「そうですか……」
人類がアークに避難する事を選んだ人達もこんな暗い感じだったのかしら?
そこに見張りのニケが飛び込んできました!
「大変です! 中央政府軍のニケと指揮官が助けを求めに来ました!」
この場にいた全員の目が点になったのは仕方のない事です。
この指揮官は一番最初に交渉に現れた方でした。彼は怪我をしていましたが、なんとか話せるので事情を聞きました。
「アストリットが乱心した! 同僚の指揮官達を殺してまわっている。急ぎ本軍に伝えてくれ、頼む」
「タイムリーだな。今降伏するか否か考え中だったところだ。これを鎮めたら即時停戦で調印するならな?」
「スカー、あなた勝手な事言わないで! アストリットはなんでそんな事を!?」
「理由は詳しくは知らん…… だが交代した指揮官とは全く合わなかったのは感じていた。それでイレギュラー化したんだろう」
皆、会長を見ます。
「わかりました。ケイト、シャロン、そしてルカ。行ってアストリットを止めて来なさい」
事態は急を要します。
現在最も強いと思われる三人のニケに、全ての命運は託されました。
軽食を摂って、急ぎ敵司令部のある建屋に突撃です! と言う時に私は虚空にぶつかりました!?
「なんですか!?」
「メンゴメンゴ……」
この言葉使いはネイトさん!?
ネイトさんはニコルくんマントを脱ぐと、項垂れた状態で現れました!
「ネイト……あなたニケを撃ち殺したのね……」
ケイト先生は、彼女の目を見るなりそう言いました。
「流石先生、鋭いや……」
ネイトさんの口から、あの戦いの裏で何があったのかを掻い摘んで教えてくれました。
チャルチウィトリクエに拘束された彼女は懲罰房に叩き込まれていましたが、あの日の夜、潜伏していた食客ニケに、房のロックを解除してもらいました。
「ネイトか? 今すぐ出て! 向こうは戦闘開始した! こちらも妨害しないといけないから」
「あんたは?」
「私はしがない盗人だけど、会長への恩義に報いる。ここで嘘をばら撒いたり、弾薬庫を爆破したりする」
「わかった」
ネイトさんは受け取ったマントを身につけて房から出ると、にわかに慌ただしくなるチャルチウィトリクエ内を脱出すべく行動を開始しました。
マントは姿を隠すのですが、当然見えなくなるだけなので足跡や音、ぶつかったりしたら異変に気づかれやすくなります。
(しめた、出入口の見張りひとりだけジャーン)
そっと忍び寄って銃を奪おうとしました。
「うわっ何だ!?」
「ヨシ、気絶してな!」
引き金を引くと相手に当たりました、実弾が。
相手の頭に大きな穴が開いて脳がこぼれ落ちました。
「え。なんで? なんでゴム弾じゃないんだ? ハァ!?」
気付けば少し先まで走っていたネイトさんは、しゃがみ込むとガタガタと震えていました。
ニケには同士討ち出来ないようリミッターがかかっています。だけどネイトさんはイレギュラー化していて既にそんなものは効いていません。
だからって言っても、殺人、この場合は殺ニケですがそれが平然と出来る訳ではないのです。
異変に気付いたチャルチウィトリクエの兵士達は慌ただしく出入口に出て来ました。
(このままじゃ見つかるのも時間の問題だ! やるしかない。そもそも実弾を使ってんのが悪いんだ。私は、私は悪くないっ!!)
ここから、チャルチウィトリクエとネイトさんにとっての悪夢の一夜が始まったのです……
まず、倒れている兵士に駆け寄ったひとりのコアに直撃弾が入り、諸共爆発しました。
ネイトさんの奪った武器はアサルトライフルなので、単発撃ちで数十発は楽に撃ててしまいます。
次にシールドを構えた量産型ニケが数人用心深く出て来ましたが、頭部、顔面、コアをそれぞれ撃ち抜かれ絶命します。
もうこの時点でネイトさん曰く「何も考えていなかった」そうです。出て来て見えたら引き金を引いて終わり。
そのうち出入口奥からスナイパーライフルを持ったニケが見えたので、即射殺。少し射線を外した地点に移動して銃撃をやり過ごし、確認に出たところを狙撃。
顔を見られたから狙撃されたと推理した者が、フロッグ急便のダンボール箱を被って出て来ても関係ありません。ダンボールは真っ赤な液体触媒に染まるだけです。
ネイトさんは射撃した。またネイトさんは射撃した。ネイト射撃した。ネイト射撃。ネ射撃。射。射……七人のニケが死にました。
ひとりのニケと目が合いました。もう殺さないでと訴えかける目をしていましたが、引き金を引き、殺した。
そのうち、弾薬庫のひとつが爆破されて、煙に紛れて出て来た者を狙撃する。
「死神だ! もうおしまいだぞ!」
兵士の間で大声が上がり、エライ隊長さん達が動揺を抑えるべく動くのですが、不安は伝染し、逃げ出す者が現れ始めました。勿論、それらもネイトさんの餌食になります。
最早、チャルチウィトリクエは中央政府軍と戦う場合ではなくなっていました、出入口から出ていくだけで勝手に死んでいくのですから。
途中からネイトさんが犯人である事を把握し、彼女達は全く動かなくなりました。というより、動けなかったのです。
彼女の力は取引材料の中にも記載されていたからです。姿を晒して見られたら反撃する間もなく殺される事をリアルタイムでわからされた。
見えざるメデューサに見られたら死ぬという、ある意味どうしようもない状態が成立して、朝まで散発的な発砲と死が行われたのです……
そして私たちが少数で中央政府軍司令部に突撃する少し前に弾切れを起こしたネイトさんは、静かに帰路についたそうです。
なお、チャルチウィトリクエの兵士が無事に外に出られるのを確認したのはそれから二時間も後であり、その時には全て手遅れになっていたのです。
「ルカ、これ持ってきなよ? 絶対役に立つから」
ネイトさんは身につけていたニコルくんマントをかけてくれました。見えなくなる私!
「さぁ行くヨ!」
シャロンさんの鬨の声に合わせて、三人は敵の真っ只中へと駆けていきました。
司令部周辺は物々しい雰囲気に包まれていました。
アストリット叛乱の報はある程度兵員に伝わっており、彼女につくつかないで揉めていました。私たちはそれに加えて、捕虜の救出もしなければなりません。
政府軍に潜伏していたこちら側のニケに話を聞くと、指揮官をほぼ全員殺害して、彼らに命令指揮された部隊員のニケも戻ってこないそうです。
また、他所で控えていたニケ達には今しがた本人から自分につくか否かの返答を決めろとの通達が届いたそうです。
捕虜については結構な人数が護送を待っているそうなので、私はそれを阻止し、ケイト先生が兵士達の説得、シャロンさんがとりあえず先に進むということになりました。アストリットさんとは極力一騎打ちしない方向で、という作戦でいきます!
捕虜の方は見張りは十数名。数はそんなにいないので一気に倒しました。ちょうど護送車も来たので、これを強奪して皆さんには先に脱出していただきました。いやーニコルくん隙をつき放題なので便利すぎますねぇ!
建屋一階ホールでは、ケイト先生が兵士達の説得真っ最中!
「あなた達わかってるの?! 賊軍扱いで即処分されるわよ!」
「アストリット様は勝算のない戦いはされません!」
「勝算? そんなものあると思ってる? 私たちに散々痛めつけられたのよ?」
「やはりやめた方が……」
ここはケイト先生に任せて二階に向かいます。
そこではシャロンさんが、大きなシスターのニケに戦いを挑む所でした!私はそのまま三階に上がったので伝聞になりますが。
「見えますか貴女には!? あの北斗七星に寄り添う死の兆しが!」
「エターナルスクリーンだから見えないヨ」
二階でシャロンさんが対峙したのは、巨大シスターニケ・ネメシスさんでした。
「強敵(とも)がやりたい事をやれるようにするのが私の務めですので」
「あっそ……うわぁお!?」
返事も待たずに錫杖を思い切り振り回して襲いかかったそうです。
そして錫杖の石突部分を構えると、火炎放射!
後日聞いた話ではネメシスさんはとある宗教の悪魔祓いなども行っていたそうですが、屋内なのを考えて戦って欲しいものです。
「お前! いい加減にするヨ!」
隙を突いて相手の武器を蹴り飛ばすシャロンさん。
「やはり武器を使うは無粋……」
シャロンさんがこれは決まったかと考えた刹那、拳が頬を掠ったそうです。
「むぅ、しくじりましたか。折角妹に出来たというのに」
「意味が分からないけど、初見殺しの業ね?」
「見て分かるとしても、対処出来る能力が無ければ同じ事です」
どの時代においても、カラテが強い者が上をいく。
古事記にもそう書いてあるかは定かではありませんが、戦闘哲学としてはこの上なく真理を説いていると思われます。
天破の構えとも、天地魔闘の構えとも違う、Sの字を描く謎の構えをとるネメシスさんにシャロンさんは尋ねました。
「お前、拳法使いか?」
「そう、我が拳は死星(シスター)の拳! 姉たる私が妹達を導くための修羅の力!」
シャロンさんは、ネメシスさんのコアから膨大なエネルギーが湧き出しているのが理解できたそうです。
(コイツ……エネルギーが体を覆い尽くしてやがるヨ。だから身体能力が異常に高いのか。それが外に発散している……)
「そうか……なら私もニャンニャン師匠直伝のニャン家拳、披露する時ヨ!」
奇しくも、同じ気もといコアエネルギーを重視している拳法同士、死闘は必至です!
「神の愛を知り、天に滅しなさい!」
圧倒的な破壊力を有する両手のラッシュ!
見た目と異なる高速の剛拳を捌くのにシャロンさんはいっぱいいっぱい!
技量はやや拙いものの、それを物ともしないパワーとスピード、モロに喰らえば即終了の異能のメリットがネメシスさんにはあるそうな。
しかし、シャロンさんのニャン家拳は、外なるエネルギーをコアに溜め込み、一気に叩き込む陰陽の拳。
実際、相手のエネルギーを吸い取りつつ反撃の崩拳。
「おっと」
ネメシスさんは相手の震脚の動作を見抜き、バックステップで距離を取ります。
しかし、それはハッタリでした。距離を稼がせたシャロンさんは溜まりきったコアエネルギーを全身に満たします。さらに……
「ニャンニャン、招来!」
奥の手を出したのです! それは自身のコアからもさらに圧倒的なエネルギーを生産出来るチャント!
彼女の背中には龍のイラストがデカデカと浮かび上がりました!
「紫電一閃!」
これこそがシャロンの得意技!
雷を纏いつつ超高速の突撃からのストレートは、ケイト先生をしてエンハンスド込みの全力ガードとパリィを以てようやくいなすことの出来た一撃です!
轟音ののち、コンクリート片の粉煙の中からふたりの姿を見つけたシスター達は驚愕したそうです。
ネメシスさんは両腕でシャロンさんの一撃を耐え切りました。シャロンさんの右腕は反動もあって完全にグシャグシャになっています。
残りの左手や脚でなおも追撃しようとする彼女を、ネメシスさんは丸太めいた右脚で骨盤から大腿部にかけて無慈悲に蹴りを入れて粉砕しました。
「うああぁ!」
痛みは一瞬で途切れたものの、もはや立ち上がれません。
しかし、ネメシスさんは近くにいたシスター達に自分とシャロンさんの治療を命じました。
ネメシスさんも、両腕を大きく破壊されて戦闘に耐え得る状態になかったのでした。
「またひとり素晴らしい強敵(とも)と出会えた喜びを、神に捧げます」
そしてその強敵は、最上階にて静かに敵を待っていました。
それは物事の核心を突き、あらゆる苦難をも攻略し得る、世界に冠絶した戦術・戦略眼を持つ。
それは率先して強敵と対峙し、これを撃ち倒す強靭な戦闘力と好戦性を有する。
それは己がカリスマによって配下に鋼の忠誠心を植え付け、絶対なる勝利を鼓舞する。
これら一切をかなぐり捨てるかの様な狂気に堕ち、以て物言わぬ女神の躯体から不死の軍勢を生み出した、冷酷なる黄金の美獣である。
ニケ ガンナー(AR) / コマンダー
金色の獅子姫・アストリット。
「混江龍・ティアマトと並び称される当時最強格のニケが更なる異能を備え、わたくしの前に立ちはだかったのです」
私はひとり、エレベーターが停止しているので階段で登っていたのですが、途中で指揮官達の遺体を発見しました。ニケの戦闘の跡もあるにはあるのですが、姿はありません。なんで?
最上階に到着しました。大きなホールが各階にあるのですがここには居ません。
とりあえずエレベーターを動かしましょう。こっそりビルメンテナンスの勉強をしておいた甲斐がありました。
このまま進むとアストリットさんに出会いそうなのですが、しばらく待つのもなんなので、どこの部屋にいるかくらいは事前に調べておきましょう。
「そこに誰かいるな? 心配するなこちらへ来い」
一騎打ちはしないようにしないとですが、存在がバレている以上、無視すると逆に襲われそうです。マントを外してある部屋に入りました。司令本部の様です。
上座にはアストリットさんが座っていました。その横の席には若い指揮官が斃れていましたが、その後方にズラリと並んでいたニケの方に私はギョッっとしました。彼女達の首はすでに無くなっていたのです!
「卿は軍使の旗持ちであった、道化師のニケだな。あの時はネメシスがすまない事をした」
卿なんて二人称使うニケ始めて見ました!
「私はスタルカーと言います。アストリットさん、どうかこんなことはもうやめましょう」
「断る。もはや賽は投げられたのだ。人類は我らニケにひれ伏すことによってのみ安寧を得られる」
「そんな事をしてもラプチャーは倒せません! みんなで一緒にやるべきですよ!」
「だが、それは理想論だ。今までどれだけのニケが生まれては無為に死んでいったと思っている」
私はエレガントに答えます。
「十万人くらい?」
「流石にそれは多すぎではないかな? ともかく、それは無能でありながら安全な後方で指揮ごっこに興じる愚か者どもがのさばっているからだ。私や先輩、ティアマトなどは元々軍人なのは知っているか?」
「ええまぁ」
「我々はあのゴッデス部隊の活躍を知る世代だから、士官でありながらもニケになる事を選んだのだ。何かあっても自分でなんとか出来るからな」
「……」
「しかし、第一次地上奪還戦の失敗は元々いた指揮官の人材払底を齎し、ニケの地位すら脅かすものになってしまった。そのくせ、我々の様な軍人ニケは経験値を貯めこめるというのに冷遇するのだから堪らない」
「でも、最初の指揮官はあなたの話を聞いてくれたんでしょ?」
「聞くから偉いのではない! 聞くのが当然だと言っている!」
「結局、あなたは自分の言う事を聞くものしか許せないんだ」
「そうなるだろうな。そして、卿は私の言うことを聞く気はない様だな?」
「言うことを聞いて上手いこといくなら考えます。でも、私はみんなと一緒に考え、喜んだり悩んだりする方が好きなので!」
「いいだろう。ならば我が力を見せつけるのみ!」
交渉が決裂した瞬間、後ろに控えていたモノタチが一斉に武器を構えたのです。
(マズい! ここは相手の恰好のキルゾーンだ!)
瞬時に高速バックフリップで回避!
急ぎ大広間まで走り抜けます。
そして一秒後、私のいた位置はアストリットさん達の射撃が集中しました。当然相手は実弾使用なので、近くの壁がみるみるうちに削られて穴だらけです。
「この建物鉄筋コンクリート構造なのに、あんなにあっさり壁が削れるなんて〜!」
石膏ボードじゃないんですよ!
「逃がさんぞ」
支配下に置いたニケの遺体やスペアボディをも足場にして蹴り進む姿は、いにしえの武将が舟を次々と飛び渡るかの様でした。そんな変態機動からでも縦横無尽に火線が移動する、恐ろしい空間に私は閉じ込められたのです!
「広い空間でもこれか! しんどいなぁ!」
「何だそのスピードは!? 貴様本当にニケなのか?」
その時、エレベーターでショートカットした先生が階段から上がってきたのです! 助かった!
「ルカ、助けに来たよ!」
「ケイト先生!」
「先輩か!? ……この力であなたを超える!」
「ニケはその人の想いの具現……死なない軍隊って、既に物になったものを使ってやるものじゃないよねぇ!」
ケイト先生が静かに燃えているのを、私は感じています。
「あの分身が邪魔なのね? じゃあれは私が引き受ける」
「出来るか!」
「出来るよ、今ゾーンに入ったから」
先生の雰囲気が一変したのが空気を通じて一気に伝染しました!
そして……
「イヤアアアアアア!!」
裂帛の気合と共に、近づいて来たスペアボディの手脚だけを正確に銃剣で切り裂きました!
一体だけではなく二体三体と、近寄るものはまるでミキサーにかけられたかのように解体されていくのです。離れて銃撃しようとする個体にも、一瞥しただけで容赦ないエンハンスド済みのゴム弾がぶつけられ破壊していきました。
アスリートが究極に集中した際に起きる、身体の急激なスペックアップ。俗に【ゾーンに入る】と言われる現象がおそらくケイト先生に起きています。
領域・決死圏(ゾーン・キリングフィールド)、これがケイト先生の最後の技でした。先生もゾーンに入ったのは人間時代に世界大会で手練の刀剣使いの女性と相対した時以来だったそうです。
「タイムリーレイン! お願い!」
私はショットガンの愛銃を構え、攻撃に移ります。こちらはただのゴム弾、相手は実弾。しくじったら私もゾンビ軍団の仲間入り……
(不安になったら、いつもやっている呼吸法をするといいヨ)
(鍛錬は嘘をつかない)
フーっと一息吸って、吐く。
チャンスは一度、絶対に仕留める。
相手はこちらを迎撃すべく、足を止めています。私は、全力で踏み込みました!
疾風に……いや、流れる水に成る!
何者にも止められない様に!!
砲烟弾雨、鉄風雷火と形容できそうなほどの弾丸を吐き出す、近接防衛システムと化した命なきニケの迎撃をギリギリすり抜けます。
切り結ぶ寸前、先生の弾丸がアストリットさんのトマホークを弾き飛ばしました。
「うおおお!?」
「いやあああ!」
タイムリーレインはアストリットさんの胸を突き、私は引き金を引きました。
「ごはぁ!?」
ショットガンの連射がコアに集中して、アストリットさんは倒れました。どうやら前回の戦いの傷が癒えていなかった様子。ニケの遺体達も力が解けて倒れていきます。
「私の負けだ、トドメを刺せ」
「……」
私がどうすべきか悩んでいるところ、持ち物に例のマントがあるのを思い出しました。
「これだ!」
私はアストリットさんに問いました。
「あのボディを一時的に蘇生させられますか?」
私が指差したのは、アストリットさんに背格好がよく似たニケの、まだ手脚が残っている一体でした。
マントをつけた黒い軍服のニケには、既に頭部はなく、トドメのコア直撃弾で頽れる映像がこの地上にあまねく存在する生命体に流し込まれます……
中央政府軍は、アストリットさんがイレギュラー化して指揮官を殺害したため廃棄処分したと発表しました。先日の記憶はその時の映像が誤って流されたものだという話になりました。
しかし、真相はそう単純ではありません。何故ならあの後、ネメシスさんが悪魔憑きであると遺体を焼却処分したため、真相究明が甚だ困難になったそうです。
ところで、オーケアニデスはこの戦いに事実上勝利しました。降伏寸前だったのが、例の事件で兵士が逃げ出したので軍は停戦を受け入れざるを得なくなったのです。
チャルチウィトリクエを吸収し監視する事、戦闘用の物品の備蓄を一ヶ月以内にとどめ、さらに定期的な査察受け入れを容認するなど多数の要求を受け入れる事で、なんとか存続を許されたのです。
チャルチウィトリクエは、会長の許可なくなんらかの判断を下すことや行動することができなくなりました。しかし、兵力の多くは温存され、ティアマトさんも財団での地位も権力も維持される事に一応は満足した様です。
雇い主を失ったネメシスさんとシスターズと呼ばれるニケの集団は、中央政府軍の慰留要請を蹴って財団に加入しました。
類稀なるパワーを存分に振るい、ケイト先生やティアマトさんと訓練という名の死闘を繰り広げたりしています!
摩天楼まで建つ様になったアークを、私達は公園の噴水に足をつけて水遊びしながら見ていました。
「ピエロのおねえちゃんこんにちわ」
「こんにちは」
ベビーブームか、子供達もたくさん見かける様になった気がします。アークはもっともっと大きくなって、きっとラプチャーを倒せる様になるでしょう。
「偶には日光浴をしろというから出てきたが、これはこれで良いものだな」
黒いローブ状の衣装で身を隠した姿は、とある宗教の女性信者かもと思わせます。念入りに仮面までつけたその素顔は全く窺えません。
ただ、時折移動するとわかる重々しい歩行音が、彼女が戦闘用ボディをつけたニケであると示していました。
「アタナトイさん、良い景色でしょ」
「流石はスタルカー、良い場所へ案内してくれた。卿には助けられてばかりだ」
「いえいえ」
スタルカー。
意味はストーカーと同じなので這い寄る者や相手に気づかれずに忍び寄り、無力化する者。ボイラーに薪や石炭を焚べたりタンデム自転車の後方を担当する助手なんて意味もあります。
しかし私はもっぱらこの意味でこの名前を名乗っています。
【案内人】
私は今、公益財団法人オーケアニデスの人事部門で働いています。
マーガレット会長は、私の今までの行動と活躍から、これがピッタリだと太鼓判を押してくれたのです。
人が増えればニケもそれに合わせて増えていきます。
しかし、彼女達が十全に活躍出来るかと言ったらそうではありません。
ならば、昔の私たちのように迷い立ち止まる時に道を指し示してあげたい。
私はそう思っています。
「以上でわたくしの過去の話、ダイヤモンドのように輝いていた頃の思い出話を終えたいと思います。次からはいよいよ第二次地上奪還戦での激闘をお話しようかと思いますが、その前に休憩を入れましょう。それでは指揮官、また一時間後にここで……待っていますよ」
貪欲編 了
瞋恚編に続く
オマケ
ネ「だそうですよ。あと腹パンしてよろしいですか?」
ア「お前ふざけるのも大概にしろよ……(イレギュラー化早まる)」
ネ「叩けば治るのです!」
ア(涙目)
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