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病院の待合室に轟いた悲鳴

生まれてから死ぬまでの間に、一度も骨折しない人というのは、どれぐらいいるのだろうか


小学生の頃、「人生で一度は骨折を経験してみたいなぁ」という、訳のわからない願望を抱いていた。周りにギブスを巻いている年上ががいるのをみて、「怪我は男の勲章だよね」と、骨折に対して憧れを持っていた。

今考えると、目を覆いたくなるほどのバカバカらしさだ。


「でもはたして、骨折なんてどこのタイミングでするんだろう?」

「どんな状況になったら、骨なんて折れるんだ?」

「フツーに生きてたら、骨折れることなんてなくね?」


という考えから、自分は骨折とは無縁な人生を送るのだろうと、勝手な未来予想図を作り上げていた。ギブスなんて、お世話にならないだろうと。



だがしかし。

その瞬間は、突如と訪れた。人生とは自分が全く予期せぬタイミングで、いろんなことが起こるものだ。

あれは、中学3年の梅雨あたりの時期のこと。

体育の授業で、跳び箱をしていた。

球技に比べれば地味でつまらない運動だ。あくまで僕個人の意見だが、「なんで中学生になってまで、跳び箱を跳ばないといけないんだよ」と完全に舐めていた。

ああもちろん、跳び箱を舌でペロペロ舐めてないですよ。そんな変態野郎ではありません。


そんなつまらない冗談は置いておいて、ようするに僕はこの跳び箱の授業を、かったるそうにこなしていた。

めちゃくちゃ得意というほどでもなかったが、開脚跳びで8段まではいけたし、台上前転もクリアできた。たしか頭はね跳びなんていう、アクロバティックな技もやっていたような気がする。

初めて跳び箱を跳ぶ時には恐怖はあったが、このぐらいの年になると、もう恐怖心なんて感情はなかった。



そんな舐め腐った気持ちで、その日の授業もいつものようにこなそうとしていた。

僕らの授業ではたしか、段数がそれぞれ異なる4つの跳び箱が置いてあって、その前で列をなして順番に跳躍していくような、やり方だった。

まずは体慣らしということで、一番低い4段の跳び箱を跳ぶレーンの列に並ぶ。つま先を床に付け、足首をぐるぐる回しながら待っていると、自分の番がやってきた。


4段の開脚跳びなんて、これまで何回もやってきた。楽勝だ。余裕綽々しゃくしゃくの助走で、その時も跳んだ。

と思ったが、慢心しまくっていたせいか、踏み切り板をいつもより浅めの位置で踏んでしまった。そのせいで手の置く位置が、いつもより随分手前になってしまった。


「まっ、まずい」

「これでは、跳び箱を飛び越えられない」


そのまま空中で腕を引き抜き、跳び箱の上でちょこんと座れば、恥ずかしい思いはするが、怪我にはつながらなかったはずだ。

だが突如パニクった自分は、右腕を跳び箱の台と股の間に入れたまま、着台してしまった。右腕に全体重が乗った。



ボキっ



こんなに綺麗に骨が折れる音なんて、あるのだろうかと思った。ああ、僕はついに骨折をしたんだと、悟った。

その瞬間、激痛が襲った。「痛い痛い痛いー!」と跳び箱の横でうずくまってると、体育の先生が好奇の目をして近づいてきた。


「え、骨折れたー?」


「なんでそんな笑顔で話しかけてたんだ」と内心ムカつきながら、介抱して保健室まで連れて行ってくれた。母親が学校まで迎えに来てくれ、すぐさま車に乗って病院へ。




痛みで泣きそうになりながら、診察室で順番を待つ。どんな骨の折れ方をしているのかまだわからないので、不安でいっぱいだった。

「手術とかする羽目になったら嫌だな」と思いながら、ただひたすら自分の名前が呼ばれるのを待っていた。



「〇〇さーん」


ついに呼ばれた。どんな処置がされるのだろうか。母親は待合室で待機し、僕だけ処置室に入った。

入るとすぐに、院長が自分の骨折した腕にジェルみたいなの塗りたくり、バーコード読み取り機のような器具を患部にあてた。

そのバーコード読み取り機のような医療器具は、レントゲンみたいに、体を透視することができて、骨がどうなっているのか調べることができる。「医療って、こんなに進歩しているのか」と感激しながら、無惨に折れた自分の骨の様子を眺めていた。


「わかりますかね、こんな感じで折れてます」

「は、はい」


「ひどい折れ方はしてないから、手術とかはしなくて大丈夫ですね」

「そうなんですね、安心しました」


「では今から、この折れた骨の部分を元の位置に戻そうと思います」

「は、はい?」

「す、すみません、質問なんですが、麻酔とかは打たないのでしょうか?」


「これぐらいの骨折なら、麻酔がなくてもいけるよ」

「麻酔も副作用があるし」

「そうなんですね、、、承知しました」



や、やばい。麻酔なしで、骨を動かすのか。

正気の沙汰じゃないぞ。こういうのって、麻酔なしでいくものなのか。そんなの、無茶苦茶痛いに決まってるだろ。

不安と恐怖に包まれた表情をまるで無視したかのように、院長は折れた骨の部分に手をスッと置いた。冷静沈着な手つきだ。

その瞬間、院長は力を目一杯込め、折れた骨を元の位置に戻そうと、動かした。まるで手羽先の骨を動かすかのように、ぐりぐりやった。



「痛い痛い痛い痛い痛い痛いー!!!」



骨折した時の数倍の痛みが走って、声を我慢することができなかった。痛みに悶えながら「頼むから早く終わってくれ」と、神に祈った。

さすがは百戦錬磨の院長だ。悲鳴を上げる患者が目の前にいても、冷静に例のバーコード読み取り機で骨の位置を確認しながら、腕の骨を正確に元通りの形に戻していった。



「頑張りましたね、終わりましたよ」

「ありがとうございます(こんな痛い思いを一度すれば、もうどんな苦痛にも耐えれそうだ)」



ふう。なんとか耐え忍んだ。

処置室を出て、待合室にいる母親の横の席へ。ん。母親が何かを聞きたそうな顔をしている。


「何があったん?」

「麻酔なしで折れた骨を元の位置に戻したんだけど、めちゃくちゃ痛かった(涙目)」


「そうなんか」

悲鳴が待合室全体に響き渡ってたよ



え、うそ。

は、はずかしい!

だから、治療室から出た時に、みんなの視線がやけに僕に集まっていたのか。あの悲鳴が全部、待合室まで漏れていたのか。

・・・

・・

その後、「骨折したいなんてもう二度と言わない」と神に誓った。

あと、体育の先生はその数ヶ月後、跳び箱でアキレス腱を切る大怪我をして、松葉杖をついていた。

明日は我が身だ。

文字数が多いエッセイになりました。みなさんの貴重な数分間を、こんなしょうもない骨折話に費やしてしまい、申し訳ありません。ちなみにリハビリを真面目にやらなかったせいで、右腕の可動域が狭くなってしまいました。ちゃんとリハビリしていればよかった…

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