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家族法制の見直しに関する要望案の取りまとめに向けたたたき台⑵に関する意見

  法制審議会家族法制部会第32回会議にて法務省が提示した「家族法制の見直しに関する要綱案の取りまとめに向けたたたき台⑵」(以下、「たたき台⑵」)について、意見を述べる。
 たたき台⑵は、たたき台⑴の修正版であるが、たたき台⑴の骨格が維持されているため、個々の試案毎に意見を述べても前回の意見の繰り返しになる。
 そこで、今回は、たたき台⑴からの主な変更点とたたき台の骨格について意見を述べることにした。

1 たたき台⑴からの主な変更点と変更点に対する意見

⑴ 親子関係に関する基本的な規律=ペンディング(第1) 
【意見】
 親子関係に関する基本的な規律がペンディングであることが、この法制審議会家族法制部会に理念と気概が存在しないことを証明している。理念に沿った基本方針を定め、その後に細部設計すべきところを、各論で意見を戦わせた後に、その結果と辻褄が合う規律を定めるというのでは本末転倒である。
 家族法制の見直しを諮問した上川法務大臣は次のように諮問理由を述べている。諮問目的に合致した答申になるよう、基本的な規律を定めねばならない。

 近年,父母の離婚に伴い,養育費の不払いや親子の交流の断絶といった,子の養育への深刻な影響が指摘されています。また,女性の社会進出や父親の育児への関与の高まり等から,子の養育の在り方も多様化しております。このような社会情勢に鑑み,子の最善の利益を図る観点から,離婚及びこれに関連する制度につきまして,検討を行う段階にあると考えております。
 この問題につきましては,令和元年11月から,「家族法研究会」の検討に法務省の担当者を参加させ,私からも,担当者に対して,積極的に議論に加わるよう指示をしてまいりました。そして,その検討状況につきましては,その都度報告を受けてまいりました。父母が離婚した場合には,子の心身に大きな影響が生じ得ることになります。私自身,かねてからこの問題に関心を寄せておりまして,子の最善の利益を図るために,法制度はどのようにあるべきかを考えてまいりました。先ほど申し上げました現在の社会情勢に鑑みまして,この問題につきましては,正に早急に検討すべき課題であると考えております。
 そこで,今回,父母の離婚に伴う子の養育の在り方を中心といたしまして,離婚制度,未成年養子制度や財産分与制度といった,離婚に関連する幅広い課題について,私がこれまでも申し上げてまいりましたチルドレン・ファーストの観点で,法改正に向けた具体的な検討を行っていただくために,このたび,法制審議会に諮問することといたしました。

法務大臣閣議後記者会見の概要 令和3年1月15日

⑵ 親権者の定めをしなくても、協議上の離婚をすることができる(第2の2⑴)
【意見】
 反対する。
【理由】
 可及的速やかに離婚したいという父母双方(あるいはどちらか一方の)ニーズに応えつつ、親権が定まるまで法的には共同親権の状態を維持するという画期的な発想に見えるが、親権を定められないほどの高葛藤であれば、実際には共同で親権行使は期待できない。補足説明に「その場合には裁判所が父母の一方を暫定的に単独親権者に定める」とあり、紛争が長引いている間に、既成事実として暫定親権者の単独親権が認められる事態の頻発が容易に予測できる。つまり、第2の2⑴は単独親権への帰着をすることを見越した提案である。
 欧米諸国が子の養育計画を離婚申立ての前提条件としているのは、文字通り「チルドレン・ファースト」の思考である。それに対し、離婚後に子の親権者を定めることを可能にするこの提案は、チルドレン・ファーストとは真逆の思考であり、子の最善の利益に反している。

⑶ 父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときは、裁判所は、父母の一方を親権者と定めなければならない(第2の2⑹)
【意見】
 一方を親権者とする条件を現行の親権喪失(民法第834条)の要件と同じとするのであれば、賛成する。

第834条【親権喪失の審判】
父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、2年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。

【理由】
 離婚後も親としての責務(養育費、養育行為)を果たすべく法改正を検討していながら、婚姻中と離婚後で親権喪失の条件を変えることは不合理である。離婚時の親権喪失を婚姻中の親権喪失より容易にする条件を用いるのは、比例原則違反である。
 先ずもって、法制審議会では子の最善の利益を具体的に定義してもいない。チルドレン・ファーストの民法改正を目指すなら、カナダ離婚法(本意見書の最後に記載)と同様に具体的な定義を民法に明記すべきである。

⑶ 離婚後の父母双方を親権者と定めるに当たって、父母の一方を子の監護をすべき者とする定めを必須とする旨の規律は設けないものとする
【意見】
 賛成であるが、文言は「離婚後の父母双方を親権者と定めるに当たって、原則として父母双方を監護すべき者とする」に変更せねばならない。
【理由】
 民法第820条では、親権者の権利と義務を次のように定めている。

第820条【監護及び教育の権利義務】
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。

 現行民法でも親権者は監護の権利を有し、義務を負うとしており、父母双方が親権者であるのに、監護者を1人に定める必要性はない。寧ろ、双方に定めることを原則とすべきである。
 海外では、離婚後も父母が同じ集合住宅で暮らす(婚姻期間中と類似の空間を再現する)、父母が比較的近くで暮らし交替居所を実践する(監護時間を交互に設ける)ことにより、父母双方の監護を実践している。日本でも、SNS上で「現在の単独親権制度下でも監護できる父母は監護できている」との主張をしばしば見かける。現行民法でも共同監護できている人がいるのに、父母の離婚を以て、父母どちらかの監護権を喪失させねばならない理由を見出すことができない。寧ろ、監護者を父母一方にだけ定めると、監護親の負担が増える、非監護親が抱く子の監護に関与しようとする意欲を削ぐ等のデメリットが生じる。

2 たたき台⑵の問題点

⑴ 日本と欧米諸国の家族法の比較

 下表は、「父母の離婚後の子の養育に関する海外法制調査結果」(法務省)、「離婚後面会交流及び養育費に関する法制度」(国立国会図書館)、「ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)ハーグ条約関連資料」(外務省)を参考にして、G7とオーストラリアの家族法制の重要事項を纏めたものである。上記資料では得られなかった国の項目は、他の資料を当たって補完した。

表1 欧米諸国と日本との家族法の比較

 日本の家族法を欧米諸国と比較すると、日本だけが異質であることが分かる。具体的には、①離婚後一律単独親権制度である、➁裁判所を介さずに役所に届出するだけの「協議離婚」が認められている、③子の養育に関する取決めの離婚時作成に対する働き掛けが弱い、④親子交流(面会交流)の権利が認められていない、⑤養育時間(面会交流)の取決めを守らずとも罰則がない、⑥実子誘拐に対する罰則が機能していない。
 家族法において日本より先行する欧米諸国が、各項目においてほぼ共通の運用になっているのは、普遍的な相応の理由が存在するからであり、今回の改正する民法においても、同じ運用にすべきである。そこで、上に挙げた各要素について、日本の運用の問題点を簡潔に説明する。

①一律単独親権制度vs原則共同親権制度
 離婚後も父母双方が、親として子どもの養育に対する責任(養育費支払、養育行為)、即ち親責任を果たそうとすれば、父母の離婚と子の養育とを分けて考えざるを得ない。
 日本の一律単独親権制度では、離婚と同時に一方の親は親権を喪失し、法律上は親責任から解放されるので、その後の子どもへの関与は父母の道徳心に委ねられる。更に、離婚後に法律上の親責任を果たす(あるいは課す)のであれば、個々人が裁判所に調停等を申立て必要がある。一方、原則共同親権制度であれば、離婚後も親権が継続するため、個々の手続きは不要となり、例えば、給与からの養育費天引き等の行政による支援への展開が容易になる。
 要するに、親責任という契約を合意更新にするか、自動更新にするかの違いである。参考までに、親権に関する各国の条文を列挙する。

  • カナダ BC州家族法第39条 ⑴子の両親が同居している間、及び別離後、その親は互いに子の後見人である。

  • フランス 民法典第373-2条 ⑴両親の共同生活の解消は,親権の行使の帰属の規則に影響を及ぼさない。

  • ドイツ 民法第1671条 両親が一時的にではなく別居しており、共同で親の配慮を有しているときには、親はいずれも、自己に親の配慮または親の配慮の一部を単独で移譲するように、家庭裁判所に申し立てることができる。(裁判所が単独移譲を認めない限り、共同配慮が継続する)

  • イタリア 民法典第317条 父母双方の親責任は、別居、婚姻解消、民事効果の終了、婚姻の取消、無効によって終了しない。

  • 日本 第819条 ⑴父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。⑵裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。

  • イギリス 児童法第1条 裁判所は児童が希望する又は両親が親責任を有する状況において、子をリスクに晒すことなく子の生活に関与できる場合、その親が子の生活に関与し続けることが子の福祉を促進すると推定する。

  • アメリカ CA州家族法第3010条 ⒜婚姻していない未成年の子の母親および父親(第7611条により父親と推定される場合)は、子の監護権を等しく有する。⒝一方の親が死亡しているか、監護できないか、監護を拒否しているか、または子を放棄している場合には、他方の親が監護権を有する。

  • オーストラリア 家族法第61条C 子どもの父母の関係性のいかなる変化に拘らず、親責任は効力を有する。

➁協議離婚vs裁判離婚
 日本の協議離婚は、⒜裁判所を介さない、⒝婚後の財産や子に関する取決め・措置を確保する仕組みの不在、⒞前述した取決めの基盤を担保する仕組みの不在、の3点が欧米諸国と異なる。この離婚の方法では、⒜審査プロセスがなく、本人の意思を確認できない、⒝離婚成立に先立って財産や子の養育の取決めず、離婚後に紛争となる、⒞不利益を知らずに、あるいは(強圧により/自発的に)不利益を承知で離婚する、冷静さを失い離婚する、といった事態が生じる。
 フランスで2017年に施行された「裁判所が関与しない離婚」は、文字通り裁判所が関与しないものの、弁護士及び公証人の関与が求められ、養育時間や養育費に関する取決めが必須となっている。イタリアもフランスと同様に父母に1人ずつ弁護士がつき、養育時間や養育費や財産分与等の合意書を含む必要書類を作成し、役所に提出すれば離婚できる(但し、6か月以上の法廷別居が必要)。イギリスは原則裁判所決定であるが、「郵便離婚」と称される特別手続が存在する。離婚の申立の書面を受理した裁判所が、そのことを非申立人に通知し、離婚に同意する場合は事件の手続きを進める。但し、子どもがいる場合は、仮判決の当日に、当事者を裁判所に出頭させ、判事室において、子の福祉をはかるに必要な措置を話し合わせる、という手順が組み込まれている。
 ところで、しばしば「離婚後共同親権制度になると、共同親権を取引材料にするため、DV加害者から逃れることができない」という主張が散見されるが、離婚の方法が裁判所を介さない協議離婚であるため発生している事象であり、親権制度とは無関係である。また、一律単独親権の現在でも離婚後DVが発生していることから分かるように、DVに対処するにはDV防止法を改正するのが適切なアプローチである。

[参考文献]
大村敦志ほか「比較家族法研究 離婚・親子・親権を中心に」(商事法務)
利谷信義ほか「離婚の法社会学 欧米と日本」(東京大学出版会)
小沢春希「英独仏の離婚制度」(国立国会図書館 調査と情報)

③離婚時の養育に関する取決め
 日本では、離婚時の子の養育に関する取決めを義務化していない。養育費の支払いや面会交流の取決めをして文書化しておけば、離婚後の父母間の紛争発生を抑制する効果が期待できるとともに、裁判所を使用して法的拘束力を持たせる(債権名義にする)際に、検討の出発点になり、事務処理が円滑に進み、裁判所の負担も下げることができる。
 なお、欧米諸国は養育に関する取決めを義務化していない国もあるが、離婚は原則裁判所を介するため、日本のように離婚後に紛争は生じない。

④親子交流(養育時間,面会交流)の権利
 欧州各国は、児童の権利に関する条約第9条に沿って、親と子の交流は子どもの権利と定め、アメリカは別居親の権利と定めている。一方、日本は離婚する際に取決める事項としてリストアップされているものの、親の権利なのか、子の権利なのか、あるいは、権利なのかも不明確である。参考までに、各国の条文を記載する。

  • カナダ BC州家族法第40条 ⑴後見人のみが子に関して、親責任及び子との養育時間を有することができる。⑷養育に関する取決めをする際、特別な取決めがない場合は、子の最善の利益が前提とされ、それを制限してはならず、次の各号について考慮してはならない。

  • フランス 民法典第373-2条 ⑵父母の各々は、子との身上の関係を維持し、他の親と子との関係を尊重しなければならない。

  • ドイツ 民法第1684条 ⑴子どもはあらゆる親と交流する権利を有する。あらゆる親は子どもとの交流を義務付けられかつその権利を有する。

  • イタリア 民法典第155条 父母の協議別居の場合においても,子は,父母のそれぞれと等しい関係を継続時に維持する権利および父母による監護,教育,訓育を受ける権利を有し,また親の尊属および親族との関係を保持する権利を有する。

  • 日本 第766条 ⑴父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。

  • オーストラリア 家族法第60条B ⑵⒜子どもは、両親が婚姻関係にあるか、既に離別したか、婚姻関係になかったか、又は、同居したことがないのかの如何にかかわらず、両親を知り、両親から世話を受ける権利を有する。⒝子どもは、両親及び子どもの世話、福祉及び成長発達にとって重要な人物(祖父母やその他の親戚等)の両方と定期的に時間を共に過ごし、コミュニケーションを取る権利を有する。

⑤親子交流(養育時間、面会交流)の取決め違反
 
欧米諸国は、親子交流を親かつ/または子の権利と明文規定しているため、取決めた交流を一方の親が妨害する場合には厳しく罰している。親子交流の目的からすれば、当然の措置であるが、親子交流の意味合いを軽視する者もいるため、前回の意見書で紹介したドイツの見解を再度記載する。

面会交流権の侵害が当罰性を有する理由
①面会交流権とは、子の身体的・精神的状態やその発達を、顔を見て相互に会話を交わすことによって継続的に確かめ、子との親族としての関係を保ち、疎遠になることを防止して相互の愛情の必要性を考慮することを可能にするものである
②ドイツ民法に基づき、配慮権のない親はいつでも再び配慮権を取得して子の更なる養育に責任を持つべき可能性があるため、配慮権が帰属しない親と子とが疎遠になることを防止し、親子の交流の継続性を保障する必要がある。

「ハーグ条約関連資料 3 子の連れ去りに関する法制度等について 第4章 ドイツ

民法条文で妨害禁止を明文化している例として、フランスとドイツの条文を記載する。

  • フランス 民法典第373-2-1条 ⑵訪問及び宿泊の権利の行使は、重大な理由による場合を除いて、他方の親に拒否されえない。

  • ドイツ 民法第1684条 ⑵親は、子どもと他方の親との関係を害し、または教育を妨げる行為は全て行ってはならない。

⑥実子誘拐への罰則
 欧米諸国に限らず、世界の多くで実子誘拐は犯罪である。日本でも刑法224条(未成年者略取誘拐罪)で「3ヵ月以上7年以下の懲役」に当たる犯罪であるが、検察が起訴せず、刑事裁判になることはない。

⑵ たたき台における離婚手続きフロー

 離婚後共同親権制度の国とたたき台⑵から想定される離婚手続きフローを整理した。たたき台⑵の黄色の網掛け部が、現行の運用と違う部分である。

図1 欧米諸国と日本との離婚手続きフローの比較

⒜現行フローとの違い(黄色部分)
①工程分析の視点から

  • 共同親権を選べるようになった

  • 裁判所が関与する場合(経路1)は、父母のどちらかが共同親権を希望しても、子どもを害する場合には親権者を一方の親に定め単独親権になるという司法判断のプロセスが追加になった

  • 養育費の取決めをせずに離婚した場合で、ある要件を満たした場合に、法廷養育費請求を行えば、養育費の取決めが決まるまで養育費を受け取ることができる

 3点目の法廷養育費の手続きは、養育計画を離婚の要件とする動きとは逆向きに作用する皮相浅薄の案である。取決めができない根本原因を解決すべきで、根本原因の解決が困難なら、根本原因を回避して取決めできる方法を考えるべきである。

➁家庭裁判所の取扱い件数の視点から
 現在でも離婚条件に合意できない場合、離婚自体に合意できない場合は裁判離婚である。離婚後の親権の形態(単独親権か共同親権か)は離婚条件に含まれるので、新たな紛争のタネになるとは考えにくい。すると、経路1を通過するのは、現状と変わらず、離婚の10%と想定される。これなら家庭裁判所のリソース不足は拡大しない。経路1を通過する父母の中で共同親権となる父母の割合は、「子どもに有害な親」の定義に左右される。法的一貫性からすれば、「子どもに有害な親」は現行の「親権喪失」に該当する親となり、経路1を通過した父母はほぼ全て共同親権となる。現行の裁判所の運用「父母の高葛藤は子に有害」が継続するならば、「子に有害な親」は裁判所が関与した親となり、経路1を通過した父母は大半が単独親権になる。
 次に、経路2で共同親権を選択する父母の割合を考察する。現制度下で養育費や面会交流の取決めをしていない父母が常に70%近く存在する。共同親権は子に対して親責任を果たす制度なので、これらの層が共同親権を選べるようになったからといって自発的に共同親権を選択するとは考え難い。また、人は未知のものや変化を受け入れずに現状維持を望む心理が働く(現状維持バイアス)。現状維持バイアスの影響を50%と仮に置いてみると、共同親権を選択する父母は15%未満となる。因みに、台湾は1996年に共同親権を選べるようになったが、共同親権の割合は2005年時点で11%、2015年時点で20%であった。

⒝たたき台の問題点(欧米諸国との比較を通して)
①離婚後のデフォルトが共同親権でない
 欧米諸国は婚姻状態の如何に拘らず、父母は「親責任」を有する。しかし、このたたき台⑵は、父母両方が望んだ場合に共同親権を認める、あるいは父母の一方が離婚後共同親権を望んだ場合に共同親権を「求めることを認める」制度である。要するに、現行の「一律」単独親権制度ではないが、「原則」単独親権制度であり、例外が共同親権となっている。良く言えば、「オプトイン型選択」共同親権制度である。
 このフローは、親としての義務を果たそうとせず、親責任を放棄する親に有利な制度であり、「チルドレン・ファースト」の諮問方針とは真逆、「チルドレン・ワースト」を維持できるフローである。
 離婚という法的夫婦関係の解消後も、生物学上の親に養育費、養育行為(親子交流を含む)という法的義務を紐付けるのであれば、「生物学上の親であること」と「法的に親であること」を同じくする、即ち「離婚後も両親が親権を継続する」としなければ、法律上の整合性がとれない。
 このフローを見直さない限り、養育費も養育行為(親子交流を含む)も努力義務のままとなり、個々が裁判所に請求手続きをせざるを得ず、行政による手続き(標準化された業務を効率的にこなすことが可能)は一向に実現しない。

➁「子どもの意見表明」のプロセスが不足している
 これが最大の問題である。
 欧米諸国では、父母が離婚と離婚条件(養育費、養育時間、監護形態)に同意しても必ず裁判所を介することで、父母本人に加え、子どもの意見を聴くプロセスを担保している。オーストラリアやカナダでは、子どもの弁護士や監護評価者(ソーシャルワーカー)による面接や調査と報告書作成、裁判官の直接審問等の積極的な対策を講じている。先般ハームレポートが発行されたイギリスでは、子どもいる父母の離婚では、必ず専門家が子どもの意見を聴いて報告書を提出するという提案がなされている。
 たたき台⑵の協議離婚のケースで子どもの意見表明を確認する手段が存在しないが、下記の諮問の趣旨を反映して見直しを実施して頂きたい。

 東京都目黒区で今年3月、5歳の女児が虐待死した事件は、法務省として大変重く受け止めている。親は子どもらを監護する義務がある。しかし、子どもがSOSの声を上げられない中で、命が失われたり、痛めつけられたりしている。
 人格のある一人の人間として、しっかりと向き合っていくことが、子どもの健やかな成長につながっていく。表に出せない子どもたちのSOSを聞ける社会でなければならない。そのための親権制度の見直しを検討したい。

讀賣新聞(2018.7.15)朝刊4頁「民法見直し 上川法相に聞く」

③養育計画の作成が義務化されていない
 養育計画は、離婚後に父母が親責任を果たすための設計書であり、子に対する契約書である。設計書なしの開発や契約書なしの取引は可能だが、その後のリスクを考慮して、そうする者はいない。裁判所を利用した取決めですら遵守しない親がいる現実からすれば、義務化は必須である。
 以下に法制審議会の議事録抜粋を掲載するが、早期実現を目指すのは当然としても、守るべきところは守るべきである。

[参考]法制審議会家族法制部会第12回会議(令和4年2月22日開催)の進行

この部会における検討につきましては、[中略]早期実現を望む声が多いということを、皆さん認識されていることと思います。私のところにもそのような声が届いております。[中略]その困難性のゆえに、子の利益の実現という視点で、一歩でも二歩でも前進させることができるよう、この部会における早期の、かつ、実現可能性のある取りまとめが期待されていると、そういう部分が大きいのではないかとも感じているところでございます。[中略]第二読会以降も忌憚のない御意見、意見交換をお願いしたいのですけれども、同時に、さほど遠くない時期に実現可能な範囲で取りまとめをする[中略]もとより取りまとめの内容は、委員、幹事の皆様でお決めいただくものでございますけれども、事務当局としても、その議論のたたき台を示すに当たりましては、こちらの議論の状況を見ながら、また早期の実現可能性という観点からも、調整的な案をお示しするということが今後増えてくると思います。

法制審議会家族法制部会第12回会議(令和4年2月22日開催)
金子委員(現・東京高裁部総括判事)

 第12回会議で配布された資料12では、協議離婚に関する規律として、協議離婚をする場合には、㋐法律家が確認した養育計画(監護者/親子交流/養育費他)を届出、㋑父母で作成した養育計画(養育費は債務名義となる書面あり)、㋒養育計画を作成できない事情を申述のいずれかを必須とする案が示され、㋑に関して次のようなコメントが記載されている。

現行法でも、公正証書が債務名義となるのが「金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求」のみであることを考慮したものである(民事執行法第22条第5号)。すなわち、仮に、面会交流当についても債務名義の対象にするとすれば、これらに関しても公正証書を債務名義とし得るといった抜本的制度改正をしない限り、家庭裁判所を関与させることが不可避となり、協議離婚制度を事実上廃止することに近くなるからである。

法制審議会家族法制部会第12回会議(令和4年2月22日開催)資料12

 この文脈から、法務省は既にこの段階から①協議離婚制度は維持する、➁協議離婚制度を維持する範囲で実現可能な共同親権制度を検討する、③面会交流は債務名義にできないので、養育計画の義務化は不可能と判断しているように読める。
 更に「早期実現」に対する強い拘りが、京都コングレス(2021.3)で施行時期を他国とコミットしたのではないか、養育計画作成義務化の取引材料にしているのではないかという想像を掻き立てる。

④「子どもに有害な親」の定義が不明確
 父母が高葛藤であることを「子どもに有害な親」の最重要決定因子とした場合、裁判所の決定は悉く「単独親権」となり、現状の運用と変わらない。

⑤親子交流の定義と親子交流の権利、並びに取決め違反時の罰則が不明確
 離婚後共同親権制度にも様々なタイプがあり、監護権を法的監護権と身上監護権を分け、身上監護権を持たない親には子どもとの十分な交流を可能にする訪問権を与えるアメリカ型、意思決定責任の要素・軽重と養育時間の配分を決めるカナダ・オーストラリア型とに分けられる。日本の「面会交流」や「監護」をカナダ・オーストラリア型で表現するなら、面会交流は短時間の養育時間、監護は長時間の養育時間である。
 たたき台⑵は、原則として親権と監護を分属しないとも解釈できる文章が記載されていたので、ここでは一旦分属しないものとして、カナダ・オーストラリア型に近い運用になると想定する。たたき台⑵では、別居親の「親子交流」で一括りにしているが、養育時間の配分は0対100(最大単独親権)~50対50(時間均等な共同親権)まで取り得るのに対し、この範囲のどのエリアを対象として纏めているのか分からない。
 たたき台⑵を通して読むと、原則単独親権制度の前提で、単独親権のケースだけで親子交流の個々のパーツが纏められていて、例外に当たる共同親権における規律を議論していないが、早急に議論を開始すべきであろう。
 なお、「親子交流」なる用語が単独親権における子どもと非親権者との交流だけを指すのであれば、同居親が子と別居親との交流を妨害した場合、その行為は単独親権であれば親子交流権侵害、父母が共同親権であれば監護権侵害になるのではないか。そうすると、実子誘拐を含め、現在放置している同居親による監護権侵害に対して益々サンクションが必要になる。

3 要綱案に向けた見直しの提言

⑴原則共同親権制度の導入

 たたき台⑵は、「原則単独親権制度」である。現行の「一律単独親権制度」より改善した点はあるが、現行のインド家族法(下記)と同程度のレベルである。欧米諸国と同様の「原則共同親権制度」、即ち「オプトアウト型選択」共同親権制度に見直すべきである。
 具体的には、①フロー図の経路1は、「少なくとも父母の一方が共同親権に合意しないカップル」が通るようにし、➁「子どもに有害か」=Noの後に、「父母双方が合意しているか」の分岐を追加し、Yes/No別に基準を設け、裁判所が子の最善の利益の観点から監護形態を最終決定するよう変更すべきである。
 ②については異論があろうが、実態としてフランスもドイツも裁判所は父母の合意内容を重視している。重要な点は、父母双方が単独親権にすることを合意しているケースも裁判所を介することで、本人と子どもから直接意思を確認できるプロセスを設けることである。

[参考文献]
神野礼斉「離婚と親権-ドイツ法を中心として」(広島法科大学院論集)
松本薫子「婚姻法の再定位:フランス民法法典の変遷から⑸」(立命館法学)

1 離婚後の親権行使の態様
離婚後は,原則は単独親権である(判例)。なお,共同監護を認めた判例もある(2013年カルナカタ高等裁判所判決)。
2 子がいる場合の協議離婚の可否
子がいる場合にも協議離婚が認められている(判例)。
3 離婚後の面会交流
⑴ 面会交流についての取決め
  面会交流については,離婚時に取決めをすることが義務付けられている(判例)。
⑵ 面会交流の支援制度 公的機関による面会交流実現のための支援制度はない。
4 居所指定
監護親が転居する場合には,他の親に対して通告をし,子の監護や面会交流に影響が出ないようにする必要がある(判例)。
5 養育費
⑴ 離婚時に取決めをすることが義務付けられているか
養育費支払については,離婚時に取決めをすることが義務付けられている(判例)。

「父母の離婚後の子の養育に関する海外法制調査結果 【アジア】第1 インド」(法務省)

⑵養育時間の権利の明記

 子の健全な成長にとって養育時間は決定的に重要である。現下、面会交流調停の申立ては可能であるが、調停後の審判に進んでも、裁判所からは「面会」という言葉に相応しい僅少な交流時間しか示されず、同居親が取決めを反故にしても、同居親に有効なサンクションを与えていない。
 債務者が取決め通りに従わなかった場合に、債務者に影響力を行使するモノが「権利」であるから、債務者に影響力を行使できない以上、面会交流することは権利として認められていないのは明らかだし、民法条文でも、「権利」と明文規定していない。
 親子の交流は、日本が批准した児童の権利に関する条約第9条で、子どもの権利と定めている。民法に「親子の交流は、子の権利であり、親の権利である」と明記すべきである。
 なお、世間一般の交流は意思の疎通を伴うものであり、子どもの写真送付や子どもへのハガキ送付は交流とは呼ばない。スマホでテレビ電話ができる時代にハガキで交流するような命令は、Eメールの代わりに飛脚を使うようなものであり、交流支援どころか交流妨害である。世間一般の常識に合致させるため、間接交流と称する行為を交流のカテゴリーから除くべきである。

⑶現行方式の協議離婚の廃止

 現行の協議離婚は、親権制度の如何に拘らず問題が多いのは先述した通りである。子の意見、父母本人の意見を確認する手立てのない協議離婚は、今回の改正を契機に見直すべきである。
 離婚後共同親権制度に反対する方々の中にも、協議離婚の運用廃止なら共同親権を受け入れるという声も聞く。それほど問題のある仕組みであり、廃止に反対する国民よりも賛成する国民の方が多いと想定する。

⑷養育計画(養育費,養育行為)の義務化

 養育計画の義務化に対し、裁判所リソース不足や現行の離婚法を当然としてきた国民に負担や混乱を与えるという声が上がっているが、今後対策を講じて解決すべきであろう。
 私自身が考案した対策や私が目にした対策を以下に記載する。

①ガイドランとテンプレート
 養育費の決定には算定表が使用されているので、それを用いれば良い。
親子交流にはガイドラインもテンプレートも存在していない。これが、家庭裁判所のリソース不足の要因の1つであることは間違いない。テンプレートを全裁判所で運用するとともに、推奨する交流パターンの紹介、年齢別最低交流時間のガイドライン作成をすべきである。
 養育計画提出を義務化しても、養育費や養育時間がガイドラインより少ない場合に限り、裁判所で審問することで、裁判所の負担は抑えられる。

➁インターネット等を活用した周知運動
 離婚方法の見直しよって、国民が混乱するのを防ぐため、インターネットを活用し、周知を図る。カナダは2021年3月に離婚法を改正したが、それに先立ち、法律関係者用、一般大人用、子ども用の説明ページを新設しているので、参考にすべきである。

③養育計画作成支援ツールの提供
 インターネット環境で、対話型の支援ツールを新設する。ガイドラインに沿った内容で設問を用意し、複数の回答案から自分たちの希望を選択していけば、最終的に計画案が出来るソフトを利用し、その結果を印刷して離婚届に添付する。

④養育計画義務化のステップ分け
 離婚に際し養育計画の提出を義務付け、その内容を査定することが義務化開始から出来れば良いが、リソース不足で対応困難であれば、ステップを踏んで進めることを検討すべきである。
 現状  養育費の取決めチェック欄、面会交流の取決めチェック欄に
     マークを入れる
 段階1 計画の作成を義務化(離婚申立時の提出は不要)
 段階2 計画の作成を義務化(離婚申立時の提出は必須だが内容は
     査定しない)
 段階3 計画の作成を義務化(離婚申立時の提出は必須で内容を査定)

⑤公正証書における面会交流の債権名義化
 現下、面会交流については法的拘束力を持たない公正証書を、法的拘束力を持つように法律を見直す。更に、ADR活用は当然として、FPICも何らかの形で活用できないか検討すべきである。
 なお、嘉田由紀子議員が、養育計画作成義務化に際して必要となるであろう費用を算出しているので参考までに紹介する。

共同養育計画作成・公正証書の義務化に伴う予算措置案
⑴ 離婚時のファミリープランづくり研修の義務化
約200億円
⑵ ADRによる共同養育計画作成・公正証書化
毎年20万人の子どもが親の離婚に直面
40万円/人*20万人=800億円(主に弁護士に)
1000億円の国費投入で毎年20万人の子どもが経済的・精神的・社会的に救われる!!

令和5年3月3日 参議院予算委員会 
国民民主党・新緑風会 嘉田由紀子議員の説明資料

⑥リソース増強工期を反映した施行期日の設定
 法律の成立から施行までの期間は法律毎に決めることができる。施行を急ぐばかりに、リソース不足で省いてはいけない部分を省くより、施行が遅れようと本来の姿のままにして、リソース不足が解消できる準備期間を反映した施行期日を附則で定めれば良い。中途半端な法律を施行し、法的拘束力のない附帯決議で今後も改正を進めると定めるより正しいアプローチかもしれない。
 例えば、1876年(明治9年)以来、140年ぶりに見直しされた成年年齢引下げは、閣議決定が2018年3月、衆議院可決が2018年5月、参議院可決が2018年6月で、施行は2022年4月で、成立から施行まで4年の準備期間を設けている。離婚後親権制度の見直しも、社会的影響度を考えれば、成年年齢引下げに匹敵するのではないだろうか。
 因みに、一般企業においては、経営計画作成に当たっては経営目標をしっかり定め、計画策定段階で予算不足等の課題が判明したら、当初目標を変更せずに、その課題解消方法も経営計画に反映するのは当たり前のことである。

⑷養育の取決め違反時のサンクション

 法制審議会では、養育費の強制徴収にばかり熱心であるが、国際問題に発展しているのは実子誘拐であり、国内では面会交流の不遵守である。
 武闘家による違法な実子留置や共同親権を持つ世界的アスリートの実子誘拐から、裁判所が発行した命令に違反する者に対し、それ相応のサンクションが必要なことは明らかである。
 法制審議会の議論対象が民事であるため、刑法は対象外であることは理解するが、民事におけるサンクションをもっと積極的に議論すべきであろう。離婚後共同親権制度の導入するのであれば、猶更、一方の親の親権を侵害した親は親権を喪失する等のサンクションが必要になると考える。

4 結論

 2年近くの時間を掛けて議論した果てに提案された「たたき台⑵」は、現行のインド家族法と同レベルの内容であったが、そのたたき台⑵に殆ど手を加えずに法案化しようとする者も少なからずいるようである。養育計画作成を離婚の要件にすれば、それに反対する勢力により廃案になり民法改正が遅れる、仮に廃案にならずとも家庭裁判所リソース不足で家庭裁判所が機能不全になるとの主張も聞く。この民法改正は閣法であり、議員法の国会提出見送りや廃案は全く参考にならない。更に、現下の国会運営では、与党が確固たる意志を持ち、且つ全党で纏まれば、閣法は成立する筈である。
 イデオロギーに根差した原則共同親権反対の声があがり、それに与するマスコミもあるであろうが、国連やオーストラリア等が離婚後共同親権を薦めているだけでなく、イギリスやオーストラリアに至ってはパブコメに意見を寄せてくれている。家庭裁判所のリソース不足も知恵を絞れば解決できるだろう。
 立法に直接関る方々には、反対派に怯むことなく、国際社会の支持を背景に、先進国に相応しい民法となるよう、最善を尽くして戴きたい。

参考 カナダ離婚法(抄訳)

養育費

養育費命令
15.1 ⑴ 管轄裁判所は、配偶者の一方または両方の申請に基づき、配偶者が扶養している子の一部または全部の養育費の支払いを命じることができる。
暫定命令
⑵ 第⑴項に基づく申請がなされた場合、裁判所は、配偶者の一方または両方の申請に基づき、第⑴項に基づく申請の決定が出るまでの間、配偶者に対し、婚姻中の子の一部または全部の養育費の支払いを求める暫定命令を下すことができる。
ガイドライン適用
第⑴項に基づく命令または第⑵項に基づく暫定命令を行う裁判所は、適用するガイドラインに従って行うものとする。
規約
⑷ 裁判所は、第⑴項に基づく命令または第⑵項に基づく暫定命令を、有期もしくは無期、または特定の事態が発生するまで行うことができ、その命令または暫定命令に関連して、適切かつ正当と考える条件または制限を課すことができる。
裁判所は合意等を考慮可能
⑸ 第⑶項にかかわらず、裁判所は、以下の事項を承認する場合、該当するガイドラインに従って決定される金額とは異なる金額を裁定することができる。
 ⒜ 夫婦の経済的義務または財産の分割もしくは譲渡に関する命令、
   判決または書面による合意における特別規定が、直接的または
   間接的に子の利益となる場合、または特別規定が別の方法で子
   の利益のために作成されている場合。
 ⒝ 該当するガイドラインを適用した場合、それらの特別条項を
   考慮すると不公平な養育費の額になること。
理由
⑹ 裁判所が、第⑸項に従って、該当するガイドラインに従って決定される金額と異なる金額を裁定する場合、裁判所は、そうした理由を記録しなければならない。
同意命令
⑺ 第⑶項にかかわらず、裁判所は、命令の対象となる子の養育費について合理的な取決めがなされていると認められる場合には、夫婦双方の同意により、該当するガイドラインに従って決定される金額とは異なる金額を裁定することができる。
合理的な取決め
⑻ 第⑺項の目的のため、子の養育費について合理的な取決めがなされているかどうかを判断する場合、裁判所は、該当するガイドラインを考慮しなければならない。ただし、裁判所は、合意された養育費の金額が、該当するガイドラインに従って決定されたであろう金額と同じでないという理由だけで、その取決めが不合理であるとみなしてはならない。

子の最善の利益

子の最善の利益
16 ⑴ 裁判所は、養育命令またはコンタクト命令を定めるにあたって、扶養を受ける子の最善の利益のみを考慮しなければならない。
主な考慮事項
⑵ 第⑶項で言及されている要因を考慮する際、裁判所は、子の身体的、精神的および心理的な安全、安心およびウェルビーイング幸福を第一に考慮しなければならない。
考慮すべき要素
⑶ 子の最善の利益を決定する際、裁判所は、以下を含む子どもの状況に関連する全ての要素を考慮するものとする。
 ⒜ 子の年齢と発達段階を考慮した、子の情緒安定の必要性など子の
   ニーズ。
 ⒝ 子と各配偶者、子の兄弟姉妹、祖父母、および子の人生において
   重要な役割を演じるその他の者との関係の性質と強さ。
 ⒞ 各配偶者が、子と一方の配偶者との関係の発展と維持を支援する
   各配偶者の意欲。
 ⒟ 子の養育歴。
 ⒠ 子の年齢と成熟度をしかるべく考慮した、子の見解と嗜好。
   但し、確認できない場合を除く。
 ⒡ 先住民の生い立ちと血筋を含む、子の文化的、言語的、宗教的、
   精神的な生い立ちと血筋。
 ⒢ 子の養育に関する計画。
 ⒣ 命令を適用するであろう各人の、子を養育し、子のニーズを
   満たす能力と意欲。
 ⒤ 命令を適用するであろう各人の、子に影響する問題に関して、
   意思疎通を、とりわけ互いに取り合い、協力する能力と意欲。
 ⒥ ファミリーバイオレンスとその影響、とりわけ、
    (i) ファミリーバイオレンスに関与した者の、子を養育し、
     そのニーズを満たす能力と意欲。
   (ii) 命令を適用するであろう者に、子に影響を与える問題に
     ついて協力を求める命令を下すことの適切性。
  ⒦ 子の安全、安心、ウェルビーイングに関連する民事上または
    刑事上の手続き、命令、条件、または措置。
ファミリーバイオレンスに関連する要因
⑷ 第⑶⒥項に基づくファミリーバイオレンスの影響を考慮する際、裁判所は以下を考慮するものとする。
 ⒜ ファミリーバイオレンスの性質、深刻度、頻度、および発生時期。
 ⒝ 家族の一員に対して、威圧的で支配的な行動のパターンがあるか
   どうか。
 ⒞ ファミリーバイオレンスが子に向けられているかどうか、あるいは
   子が直接的または間接的にファミリーバイオレンスに晒されているか
   どうか。
 ⒟ 子に対する身体的、感情的、心理的危害または危害のリスク。
 ⒠ 子または他の家族の安全性を損なうあらゆる行為。
 ⒡ ファミリーバイオレンスにより、子や他の家族が自分自身の安全や
   他人の安全を心配するようになったかどうか。
 ⒢ 更なるファミリーバイオレンスの発生を防止し、子を養育し、子の
   ニーズを満たす能力を向上させるために、ファミリーバイオレンスに
   関与している人物がとった措置。
 ⒣ その他の関連要素。
過去の行為
⑸ 何が子の最善の利益になるかを決定する際、裁判所は、その行為が養育時間の行使、意思決定の責任、またはコンタクト命令に基づく子とのコンタクトに関連するものでない限り、いかなる者であっても過去の行為を考慮してはならない。
 子の最善の利益に沿った養育時間
⑹ 裁判所は、養育時間を割り当てる際に、子の最善の利益に沿う限り、子は各配偶者とできるだけ多くの時間をとるべきであるという原則を適用するものとする。
 養育命令とコンタクト命令
⑺ 本項において、養育命令には、暫定養育命令と養育命令に関する変更命令が含まれ、コンタクト命令には、暫定コンタクト命令とコンタクト命令に関する変更命令が含まれる。

養育命令
養育命令
16.1 ⑴ 管轄裁判所は、下記に記載する者の申請に基づき、扶養を受ける子に関する養育時間の行使または意思決定責任の行使を規定する命令を下すことができる。
 ⒜ 配偶者の一方または両方。
 ⒝ 配偶者以外の者で、子の親である者、親に代わる者、または親に
   代わろうとする者。
暫定命令
⑵ 裁判所は、第⑴項に記載の者の申請に基づき、同項に基づいて行われた申請の決定を待つ間、子に関する暫定養育命令を下すことができる。
配偶者以外の者が申請する場合
⑶ 第⑴⒝項に記載された者は、裁判所の許可を得た場合にのみ、第⑴項または第⑵項に基づく申請を行うことができる。
 養育命令の内容
⑷ 裁判所は、命令により、次のことを行うことができる。
  ⒜ 第16.2条に従って養育時間を割り当てる。
  ⒝ 第16.3条に従って意思決定責任を割り当てる。
  ⒞ 子と、養育時間または意思決定責任が割り当てられている別の
    者との間で、その人に割り当てられた養育時間中に発生する、
    あらゆるコミュニケーション手段に関する要件を含める。
  ⒟ 裁判所が適切と考えるその他の事項について規定する。
規約
⑸ 裁判所は、有期もしくは無期、あるいは特定の事態が発生するまで命令を下すことができ、また、裁判所が適切と考える条件および制限を課すことができる。
家族紛争解決プロセス
⑹ 州法に従って、家族紛争解決プロセスに出席するよう当事者に指示する命令を下す場合がある。
リロケーション
⑺ 子のリロケーションを許可または禁止する命令を下すことができる。
監督
⑻ 養育時間の監督やある者から別の者への子の移送の監督を求める命令を下す場合がある。
子の連れ去りの禁止(Prohibition on removal of child)
⑼ 特定の者の書面による同意なしに、または連れ出しを許可する裁判所命令なしに、特定の地理的地域からの子の連れ出しを禁止する命令を下すことができる。

[訳者註]removalの訳出について
removalを辞書で引くと、除去 撤去 摘出 撤廃 廃止 解除 解任 解雇 免職 移動 移転 引越 運送とあります。しかし、外務省の「ハーグ条約と国内実施法の概要」では、
日本語版 増加する国際結婚・離婚と「子の連れ去り」
英語版 Increase in International Marriage/ Divorce and "Removal of Child"
としていることから、「連れ去り」と訳出しています。

養育時間 - スケジュール
16.2 ⑴ 養育時間はスケジュールに基づいて割り当てられる場合がある。
日常の決定
⑵ 裁判所が別段の命令をしない限り、第16.1条⑷⒜項に基づいて養育時間が割り当てられている者は、その間、子に影響を与える日常の決定を行う独占的権限を有する。
意思決定責任の割り当て
16.3 子に関する意思決定責任、またはその責任のあらゆる面が、配偶者のいずれか、配偶者の両方、第16.1条⑴⒝項に記載されている者、またはそれらの者の任意の組合わせに割り当てられる場合がある。
情報に対する権利
16.4 裁判所が別段の命令をしない限り、養育時間または意思決定責任が割り当てられている者は誰もが、養育時間または意思決定責任が割り当てられている他の者に、子の健康と教育に関するものも含む、子のウェルビーイングに関する情報を要求する権利、またはそのような情報を持っている可能性がある者に要求する権利、そして、該当する法律の対象となる者からそのような情報を提供される権利を有する。

コンタクト命令
コンタクト命令

16.5 ⑴ 管轄裁判所は、配偶者以外の者の申請に基づき、その者と扶養を受ける子とのコンタクトを規定する命令を下すことができる。
暫定命令
⑵ 裁判所は、第⑴項で言及された者の申請に応じて、同項に基づいてなされた申請の決定を待つ間、その者と子とのコンタクトを規定する暫定命令を下すことができる。
裁判所の許可
⑶ 第16.1条に基づく申請を行うために裁判所の許可を得ていない限り、裁判所の許可を得た者だけが、第⑴項または第⑵項に基づく申請を行うことができる。
命令するかどうかの判断要素
⑷ 本条に基づいてコンタクト命令を下すかどうかを決定する際、裁判所は、申請者と子との間のコンタクトが、例えば他の人の養育時間中に他の方法で発生する可能性があるかどうかを含め、全ての関連要素を考慮するものとする。
コンタクト命令の内容
⑸ 裁判所は、コンタクト命令において、次のことを行うことができる。
  ⒜ 訪問という形で、または何らかのコミュニケーション手段に
    よって、申請者と子とのコンタクトを規定する。
  ⒝ 裁判所が適切と考えるその他の事項について規定する。
規約
⑹ 裁判所は、有期もしくは無期、または特定の事態が発生するまでコンタクト命令を下すことができ、また、裁判所が適切と考える条件および制限を課すことができる。
監督
⑺ コンタクトまたはある者から別の者への子の移送を監督することを求める命令を下す場合がある。
子の連れ去りの禁止
⑻ 特定の人物の書面による同意がない限り、または連れ出しを許可する裁判所命令がない限り、子を特定の地域から連れ去ってはならないと規定する命令を下す場合がある。
養育命令のバリエーション
⑼ 子に関する養育命令が既に発行されている場合、裁判所は、本条に基づいて行うコンタクト命令を考慮して、養育命令を変更する命令を下す場合があり、その結果として、必要な変更を加えて第17条第⑶項および第⑾項を適用する。

養育計画
養育計画
16.6 ⑴ 裁判所は、場合に応じて、養育命令またはコンタクト命令に、当事者が提出した養育計画を含めるものとする。但し、裁判所が、適切と考える計画に修正を加え、それを命令に含めることが子の最善の利益に適うと判断した場合は、裁判所はそうすることができる。
養育計画の定義
⑵ 第⑴項において、養育計画とは、当事者が同意する養育時間、意思決定責任、またはコンタクトに関する要素を含む文書または文書の一部を意味する。

居住地の変更
適用外
16.7 第16.8条は、リロケーションに該当する居住地の変更には適用されない。
通知
16.8 ⑴ 扶養を受ける子に関して養育時間または意思決定責任を負っており、自分または子の居住地を変更する予定の者は、その子に関して養育時間、意思決定責任またはコンタクト命令によるコンタクを有する他の者に、その意思を通知しなければならない。
通知の形式と内容
⑵ 通知は書面で行うものとし、次の事項を定めるものとする。
  ⒜ 居住地の変更予定日。
  ⒝ 場合によっては、新しい居住地の住所および本人または子の
    連絡先情報。
例外
⑶ 第⑴項および第⑵項に拘らず、裁判所は、申請に応じて、ファミリーバイオレンスの危険性がある場合を含め、これらの項の要件が適用されないことを規定したり、要件を変更したりすることができる。
通知のない申請
⑷ 第⑶項で言及した申請は、他の当事者に通知することなく行うことができる。

リロケーション
通知
16.9 ⑴ 扶養を受ける子に関して養育時間または意思決定責任があり、リロケーションを行おうとする者は、提案したリロケーション予定日の少なくとも60日前までに、養育時間、意思決定責任、またはその子に関するコンタクト命令に基づくコンタクトを有するその他の者に、規則で規定している書式でその意図を通知しなければならない。
通知内容
⑵ 通知には次の内容を記載しなければならない。
  ⒜ リロケーションの予定日。
  ⒝ 場合に応じて、新しい居住地の住所および本人または子の
    連絡先情報。
  ⒞ 場合に応じて、養育時間、意思決定責任、またはコンタクトを
    どのように行使できるかに関する提案。
  ⒟ 規則で規定しているその他の情報。
例外
⑶ 第⑴項および第⑵項に拘らず、裁判所は、申請に応じて、ファミリーバイオレンスの危険性があることを含め、これらの項の要件、またはこれらの項の目的で作成された規則の要件を適用しないこと、またはこれらの要件を変更し得ることを規定することができる。
通知のない申請
⑷ 第⑶項で言及した申請は、他の当事者に通知することなく行うことができる。

リロケーション許可
16.91 ⑴ 第16.9条に基づいて通知を出し、子をリロケーションしようとする者は、次の場合には通知に記載した日付からリロケーションすることができる。
  ⒜ リロケーションが裁判所によって許可されている。
  ⒝ 以下の条件を満足している。
    (i) 第16.9条第⑴項に基づく通知を受け取った子に関して養育
     時間または意思決定責任を負う者が、通知を受け取った日
     から30日以内に、リロケーションに対する異議を次に示
     す異議手続きで唱えていない。
      🄐 規則で規定している書式に記載
      🄑 第16.1条第⑴項または第17条第⑴⒝項に基づいた申請
    (ii) リロケーションを禁止する命令が存在しない。
書式の内容
⑵ 書式には次の内容を記載する必要がある。
  ⒜ 提案されたリロケーションに異議を唱える者の声明。
  ⒝ 異議の理由。
  ⒞ 第16.9条第⑴項で述べている通知に、場合に応じて記載されて
    いる養育時間、意思決定責任、またはコンタクトの行使に関す
    る提案に対する個人の意見。
  ⒟ 規則で規定されているその他の情報。

子の最善の利益 — 考慮すべき追加の要素
16.92 ⑴ 扶養を受ける子のリロケーションを許可するかどうかを決定する際、裁判所は、何が子の最善の利益になるかを決定するために、第16条で言及されている要素に加えて、次の要素を考慮に入れなければならない。
  ⒜ リロケーションの理由。
  ⒝ リロケーションが子に与える影響。
  ⒞ 養育時間を有する、または養育命令の申請を保留中の各人が子と
    過ごした時間、およびそれらの各人の子の生活への関与のレベル。
  ⒟ 子をリロケーションしようとする者が、第16.9条、州の家族法に
    関する法律、命令、仲裁判断、または合意に基づく該当する通知
    要件を遵守したかどうか。
  ⒠ 子が居住する地域を指定する命令、仲裁判断、または合意の存在。
  ⒡ とりわけ、新しい住居の場所および旅費を考慮して、子どもをリ
    ロケーションしようとする者の、養育時間、意思決定責任、また
    はコンタクトの行使を変更する提案の合理性。
  ⒢ 養育時間や意思決定責任を有する、または養育命令の申請を保留
    中の各人が、家族法の法律、命令、仲裁判断、または合意に基づ
    く義務を遵守しているかどうか、および将来遵守される可能性。
考慮しない要素
⑵ 裁判所は、子のリロケーションを許可するかどうかを決定する際に、子のリロケーションが禁止されていた場合には、子のリロケーションを意図する者が子を伴わずになしでリロケーションするか、しないかを考慮してはならない。

立証責任 - 子のリロケーションを意図する者
16.93 ⑴ 訴訟の当事者が、扶養を受ける子が各当事者の養育において実質的に均等な時間を費やすことを規定する命令、仲裁判断、または合意に実質的に従う場合、子のリロケーションを意図する当事者は、リロケーションが子の最善の利益に適うことを証明する責任を負う。
立証責任 — リロールに異議を唱える者
⑵ 訴訟の当事者が、扶養を受ける子がリロケーションを意図する当事者の養育においてかれらの大部分の時間を費やすことを規定する命令、仲裁判断、または合意に実質的に従う場合、リロケーションに反対する当事者は、リロケーションが子の最善の利益にならないことを証明する責任を負う。
立証責任 — その他の事件
⑶ その他の場合には、訴訟当事者はリロケーションが子の最善の利益に適うかどうかを証明する責任を負う。

裁判所の権限 — 暫定命令
16.94 裁判所は、第16.93条第⑴項および第⑵項で言及している命令が暫定命令である場合、第16.93条第⑴項および第⑵項を適用しない決定を下すことができる。

養育時間の行使にかかる費用
16.95 裁判所が扶養を受ける子のリロケーションを許可した場合、リロケーションしていない者による養育時間の行使に関連する費用を、その人とリロケーションする者の間で配分する規定を設けることができる。

通知 — コンタクトを有する者
16.96 ⑴ コンタクト命令に基づいて扶養を受ける子とコンタクトしている者は、その子に関して養育時間または意思決定責任を持つ者に、居住地を変更する意向、変更が発生すると予想される日付、新しい居住地の住所および連絡先情報を書面で通知しなければならない。
通知 — 重大な影響
⑵ 変更が子とその者との関係に重大な影響を与える可能性がある場合には、規則で規定している形式で、居住地変更の少なくとも60日前までに通知せねばならず、通知には第⑴項で必要とする情報に加えて、変更および規則で規定されているその他の情報を考慮し、どのようにコンタクトを行使できるかについて提案を記載せねばならない。
例外
⑶ 第⑴項および第⑵項に関わらず、裁判所は、申請に応じて、そうすることが適切であると判断した場合には、ファミリーバイオレンスの危険性がある場合も含め、これらの項の要件、またはこれらの項の目的で作成された規則の要件を適用または変更しないよう命令することができる。
無通知の申請
⑷ 第⑶項で言及している申請は、他の当事者に通知することなく行うことができる。

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