ヴァサラ戦記非公式外伝  《拳神伝》         エピソードオブファンファン

本作品は非公式外伝です。原作との設定の矛盾・時系列上の問題等があった場合も御愛敬という事で御願い致します。

―帝王カムイが復活を遂げ、猛威を奮っている現在より遡る事、少々。覇王を夢見た少年―ジンが、見習いとして入隊した直後の話。

嘗ての戦争の勝利者として王国を統治し、此れを今日まで守護して来た、総督ヴァサラ率いる通称「ヴァサラ軍」。
時には弱き民の剣となり、時には盾となる彼等の軍勢の最高戦力―《十二神将》。民衆からは畏敬の念を込めて、いずれも神と呼ばれる歴戦の英雄達である。
その強さ故に尊大で、恐ろしい性格―かというとそんな事は決して無く、寧ろ個性豊かな変わり者ばかりが多いのが実情だ。
これはその中でも、随一の変わり者の物語。
戦場を「剣(傘)」が支配する時代にも関わらず、鍛え抜いた己の肉体のみで闘う戦士―
《拳神ファンファン》の物語である。

賑わう王国の中央街からは少し離れた、深い深い森。空には無数の星が瞬く深夜。日頃は己の強さと獰猛さに身を任せ、我が物顔で幅を利かせている獣達すらも恐れて近付こうとしない、凄まじい二つの闘気のぶつかり合いが其処には有った。片方は熊の様に大きな体格の男。もう片方は鍛えられているものの、どちらかと言えば締まった肉体の男。
二人は森の中央で向かい合い、静かな闘志を燃やしながら互いの隙を伺っていた。
どちらかが僅かにでも気を弛めれば、その瞬間に決着が着いてしまう。そんな息も付かせぬ緊張感が、両者の間のたった数メートルの空間に、亀裂を立ててしまいそうな程に張り詰めて、互いの精神を焦がす。
しばらく二人の男は睨み合い、時にはフェイントを掛けて牽制したり、敢えて偽物の隙を見せて誘ったりしていた。
―先に動いたのは、細身の男だった。
最初から踏んでいた軽いステップのリズムを相手が覚えたであろう事を見計らい、自身の片足が地面から離れ、再び踏み込む瞬間に体勢を前へと傾け、屈強な男へと突進する。
「―!?」
瞬く間に距離を詰めた男は高く跳躍し、大男の頭部へと飛び膝蹴りを繰り出す。
大男は意表を突かれ、一瞬驚きの表情を見せるも、首を捻ってこれを躱す。それでも男は止まらず、空中で身を翻して、今度は大男のこめかみへと、後方から回転蹴りを放った。
すんでの所で大男は上体を屈め、巨体には見合わぬ俊敏さでこれを避ける。一瞬の前まで大男の頭部が存在していた座標を、風を切り裂きながら、男の脚が薙いで行った。
男は空中でそのまま勢いを止めず、更に上体を捻って独楽の様に回り、第三撃を繰り出そうとしたが、大男が女性の胴回り程は有りそうな太い腕を途中で噛ませ、これを止めた。
大男はそこで終わらせず、止めた男の足首を掴むと、数メートル先の地面へと叩き付ける様に投げ放った。街の整備された石畳の上ではないと言え、森の地面には大きく尖った石があちこちに散乱している。無防備に頭から落ちて仕舞えば、尋常では無いダメージを負ってしまう事になる。男は飛ばされながらも体勢を整えて、両手両足で、野生動物の様にしなやかに、静かに着地した。
顔を上げたその刹那の後、男は身体を横に転がして移動する。地鳴りの様な足音を立てながら、山の如き巨体が眼前に迫って来ていた。無論、大男である。岩石に見間違える、堅く巨大な拳を後方に振り抜き、助走を付ける様にして地面に叩き付けた。即座に大男を中心として、半径5m程の小さなクレーターが展開される。男はギリギリの所でその衝撃波から逃れたらしく、大男から少し離れた位置で息を切らし、追撃に備えて立っている。
地を砕く轟音が静かな森に響き渡り、周囲の野生動物や鳥が散り散りに逃げて行った後、
二人はどちらからともなく構えを解いた。
「シャオロン―また腕を上げたな。」
熊の様に大きな体格の男は、そう言った。
「―無論ヨ。キンポー。我々は副隊長。モット隊長を補佐する為に、鍛練に励まないと駄目アルネ。」
無論、鋼の様に鍛えられている肉体であるが、大男―激流のキンポーに比較すれば、どちらかと言えば細身の金髪の男―静水のシャオロンは、首肯して答えた。
「あぁ。全くだ。」
キンポーは頷き、稽古の終了と労いの言葉を告げる様に、大きな拳を突き出す。シャオロンも自分から迎える形で、拳を合わせてこれを受け止めた。
「これから飲みにでも、行くアルか?」
「あぁ。そうしよう。この遅い時間に開いている店となると―少し遠くはなるが―。ベニバナの酒場はどうだ?」
「あぁ。良いネ。久し振りに顔を出しに行くアヨ。嫌な顔されるだけかも知れないケド。」
「あの人、汗臭いのが大嫌いだからな。」
「アイヤ。なら止めとくか?」
「いや、まぁ大丈夫だろう。何だかんだ言ってそう悪い人じゃないさ。」
顔を見合わせて笑った二人は、目的の酒場へ向かって、肩を並べて歩き出した。

―《ベニバナの酒場》。
都市部近郊。とは言っても、中央街からかなり離れたこの土地に、普通の人は殆んど要件が無い。ヴァサラ軍の統治に因って、ここ
二十年間は大きな反乱行為などは起こっていないものの、人通りの少ない、暗い夜道には夜盗が出る事は決して珍しくはないし、ましてやこんな田舎であれば、もっと恐ろしいのは路上で出逢う野生のオオカミや熊である。
昼間は兎も角、太陽の沈んでいる間は近付きたくもない区画であるにも関わらず、ベニバナの酒場に客が絶える事は殆んど無い。
月が空の頂点に輝いている深夜であるのに、
今夜もベニバナの酒場は満員の客でごった返し、賑わいを見せていた。
客足が絶えない理由は幾つかあるのだが、一つ目は至極シンプル且つ下らない、非常にしょうもない物である。
「ねぇマスター//」
「マスター、そろそろ俺と付き合ってよー//」
「マスター、こんな下らないヤツなんかに構ってないでさ、僕と結婚して下さいよー//」
カウンター席に陣取っている複数の酔った男性客が、その向こうのマスターと呼ばれている人物に、口々に絡んでいる。
―この酒場のマスター、女主人は、極めて美しい容姿をしているからだ。
腰まで真っ直ぐに伸びた赤い髪を、良く映える青い髪飾りで纏めただけの、ごくシンプルな髪型。ルビーの様な赤い瞳。鼻筋が通った
綺麗で、人形の様な、―いや、どんな人形以上にも綺麗な顔立ち。身長は平均的な男性位に高く、手足はすらりとしていた。
「五月蝿い。至極面倒だ。その一杯を飲み終えたら、金を置いてさっさと帰れ。」
美しい女主人は、自宅の玄関先で野良犬でも死んでいたのかという程、間違いなく商売をやる上で失格としか言えない位、露骨に不機嫌かつ厄介者を見る視線を客に向ける。
「えー//つれないなー//この店で一番高い酒を頼むからさー、少しは話聞いてよー//」
「消えろ。酔っ払いは何を飲んでも一緒だからな。違いが分からん貧乏舌に飲ませる様な、低俗な酒は置いていない。」
女主人はそれを聞いて喜ぶ所か、ただ酔客を鬱陶しがる様に睥睨するだけである。
全くとして、取り付く島すらも無かった。
これが、この酒場のありふれた日常である。
女主人はしつこく言い寄ってくる質の悪い酔っ払いを遠慮なくボロクソに言い、客は誰一人それに腹を立てる事なく、世間話や政治の話、子供の話や妻の愚痴を、忘れた様に何度も何度も話す。話す事が尽きたとしても、季節の話や将来の展望を、大の男が子供の様な真っ直ぐな瞳で語り明かす。ベニバナの酒場は、そんな酒場である。
「あー…/分かった分かったから~//また明日来るね~…//」
「二度と来るな。」
「はいはい~…//えぇっと、いくらだっけ…?」
酔っ払いの一人がカウンターから立ち上がって財布を取り出し、勘定を済まそうとする。
その時、酒場の入り口からとても大きな響いた。それは重い鉄製のドアが強い衝撃で打たれ、吹き飛ばされた音であった。
一人で飲んでいれば、嫌でも隣の客に絡まれる様な、悪酔い客の喧騒や下らない与太話は
その一瞬にして静まり返り、全員の視線は静かに見守る様に、唐突に予定のない大幅増築された酒場の入り口へと向けられた。
そこに立っているのは、黒髪を所々斑模様の金に染めた、品のない髪型の男だった。剃り残したまま2ヶ月放置した様な、伸び放題のあごひげが癇に触る男だ。全身を黒の拳法着で包んでいる。
「おい、お前ら。」
男はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、店内に響く大声を出した。
「この中に、《十二神将》はいねぇか?」
客の殆んどが、男のその発言の、剰りにもな荒唐無稽さに苦笑した。
一人の客が拳法着に近付いて声を掛ける。
「おいおい兄ちゃん、威勢が良いねぇ。悪いけど、常連のイブキ隊長は今夜は来てねぇよ。
あれかい?サインでも貰おうってぇ?」
拳法着の男は横から近付いたその客の顔面を、一瞥もせずに裏拳で吹き飛ばした。客の男は背中から壁に叩き付けられる。
「つまらねぇ。この国にはマトモな拳法使いがいねぇから、十二神将?ってヤツで我慢してやろうと思ったのによォ。」
男は店内の全員を煽る様に見渡す。
「興が冷めちまったわ。俺ァ帰るぜ。」
「あの野郎…。」
店内の客は全員、拳法着の男の言葉に反応して立ち上がった。無論、その顔が赤いのは酒の酔いだけではなく、飲み仲間に手を出した男に対する激昂による物でもある。
「んー…。酔いが…覚めちまったなァ…」
今の今まで勘定を済ませようとしていた酔客は、財布をカウンターの上に置いて、更にこう続けた。
「ここにゃァ、モラルもヘッタクレもねぇけどよ。流石に人様殴って詫びも無しは、紳士以上に人間としてどうかね。」
酔客はカウンターへ振り返り、女主人に目配せをした。女主人は眉をひそめる。
「…すいやせんね。マスター。こいつソッコー摘まみ出すんで、備品と修理費は《軍》に請求を御願いしますよ。」
―危険な区域に店を出しているのにも関わらず、この酒場に客足が遠退く事がない、もう一つの理由。
「ヴァサラ軍、三番隊隊員、ミミズク。」
名乗りを上げ、酔客―いや、ミミズクは被っていた帽子を女主人に後ろ手に預けた。
―その理由は、「客の殆んどが、現役ヴァサラ軍隊員で構成されているから」、であった。
「んだァ?ヤンのかお前。」
拳法着の男は口角と片眉を吊り上げ、ミミズクを挑発する様に手招きをした。
しかしミミズクはそれを無視する様に、口上を続ける。まるでそれが神聖な儀式の様に。
「隊長・副隊長不在で御座います故。この場は代わってミミズクが。」
「ヤンならさっさと仕掛けて来いや、あ?」
「この埒外の無礼者を成敗させて戴きます。」
ミミズクは、自身の椅子に立て掛けていた物を手に取った。鞘に入った剣である。
鞘に手を掛けて、引き抜きながら一歩目を踏み出そうとした瞬間、拳法着の男は距離を一跳びで詰めていた。狙いは端から剣を抜かせない事である。剣士の間合いは、刀身と腕の長さを合わせたとしても、精々2メートル。
対して拳法家のリーチは徒手空拳の届く範囲で有るため、1メートルを超えるかどうか。
ある程度の距離を取られてしまえば、拳法家に為す術は無い。よって、拳法家は武器を使わせる前に虚を突いて近付き、剣を振り回せない程の接近戦に持ち込んだのだ。
―しかし、両者には二つの誤解が有った。
急接近した男の脚が、床板を踏み抜かんばかりに強く蹴って跳ね上がり、ミミズクの頭部を捉えようとした。剣士にとって絶望的な間合いであるし、通常の戦闘レベルで反応出来る速度でも無ければ、日頃から同じ剣士ばかりを相手にしている者には見覚えが有るわけの無い特殊な動きである。
完全に「貰った」と確信していた男の誤算は、
ミミズクが一歩だけ後ろに下がった事だ。
「?」
普通、見覚えの無い動きを前にした者が取る行動として予測出来るのは三つ。
一、反応も出来ずに固まる。
二、背を向けて、無防備に逃げ出す。
三、平静を保てず突拍子もない無茶をする。
ミミズクの場合はどれでも無かった。たったの一歩だけ、驚きもせずに前を向きながら、
そのまま姿勢を低く、腰を落とした。
予測出来る何れをミミズクが選んだとして、男にはそれに対応して潰す算段があった。
しかし、今さら男も止まれない。それに一歩下がった所で何だと言うのだ。未だにギリギリ、右足の甲が射程圏内である。男は気持ち少しだけ右膝を伸ばして、軌道修正した。
攻撃が届いた。“ミミズクの攻撃が”。
「―な!?」
拳法着の男は知らなかった。彼が生まれ育った王国には存在すらせず、剣技が盛んなこの国でも、使い手が殆んどいない技術。
ミミズクは“居合い使い”である。
目にも止まらぬ一瞬の斬撃に蹴りは弾かれ、
男は僅かにバランスを崩した。その脚が再び地面に着かない内に、ミミズクは男の腹へと
全力の拳をぶつける。
男は身体を「くの字」に曲げて後方に飛んだが、器用に空中で身を捻り、両足で着地。
「妙な技、使うじゃねぇかよ。ア?」
毒づきながら、男はニヤリと笑う。
「ちょっと良い技だ。それは認める。だが…」
男が得意気に指を差した。その向いている先はミミズクの剣である。
「その剣、脆いな。あの速さを出す為の特注なのかわかんねぇが、刃が片方にしか無い。
それに刀身が硝子みたいに薄いじゃねぇか。」
正確には「刀」と呼ばれる、侍の島国独自の刃物であるそれは、男にも、周囲の連中にも
珍しい物であった。先ほどの応酬も、ミミズクから一歩を踏み出す事で誘導した物であるし、刀と居合い抜刀のネタが割れていない故に成立した、「一撃で決める必要があった」
作戦なのであった。
「テメェはもう終わりだ。来いよ。恥かかせた詫びとして、もっと無様に殺してやる。」
「貴様ッ―!」
激昂したミミズクは、鞘を放り投げて男へと迫った。躊躇する事なく、下品な笑いを浮かべている男の首へと、剥き出しの刃を奮う。

―「刃が、折れた」。
男は避けも躱しも、手足で防ぐ事もしていなかった。それにも関わらず、正確な角度で、
タイミングで、完璧とも言える精度で放った斬撃は、まるで大岩か鋼にぶつかった様に、粉々に砕け散った。

―二人の間に存在した誤解、そのもう一つの解答は、拳法着の男の肉体が持つ、異常なまでの、鋼鉄の如き肉体強度である。

「な―馬鹿な…!」
「間抜けはテメェだぜ。」
驚愕に目を見開くミミズクを嘲笑する様に、
男は囁いた。
「象形拳―槍。」
男は右腕を後方に引いて、回転させながら一直線に、ミミズクの無防備な腹を突いた。
その指先は表面に傷を付けるに留まらず、
腹筋の隙間を分け入る様に貫いて、内部まで到達していた。
「―…!?」
酒場の中の全員が、我を忘れて絶句した。
ミミズクは完全に意識と力を失い、無抵抗に前へと倒れた。
「こ、殺せッ!!全員で掛かれッ!!」
誰が叫んだかは分からないが、目の前で起こった事態の唐突さ、そして隊長を除くヴァサラ軍で指折りの実力と称されるミミズクが敗れたというリアリティの無さに、ほとんど全員が冷静さを失い、興奮状態にあった。
「貴様ら待てッ!」
女主人が慌てて制したのも遅く、もう既に数人が男へと同時に襲い掛かっていた。
全員がオフの日にも武器を携行している筈もなく、剣を持っているのは店内で三~四人。
それ以外は当然素手である。瞬く間に、攻撃を捌かれ、流され、避けられ、そして男の反撃を食らっていった。隊員達は自分も加勢に加わろうと、次々に男へと勇猛に飛び掛かって行ったが、全員が無残にも倒れ伏したのは、時間にして僅か三分少しだった。
今、この酒場の店内に立っているのはたったの二人。女主人と、拳法着の男。
それ以外の全員に、軽傷どころか、重傷を負っていない者は居なかった。額が割れ、頭から大量に出血している者もいれば、ミミズク同様に手刀で貫かれた者、手足の関節が異常な方向に曲がった者。中には明らかに、首を折られている者もいた。
「おい、姉ちゃんよ。」
返り血に染まった顔で振り向き、拳法着の男は女主人へと声を掛けた。
「雑魚相手とは言え、こうも動くと身体が熱くなっちまってよ。この昂りを鎮める為に、少々大人しくしといてくれるか?なに、目でも瞑ってれば直ぐに終わるさ。たったの四~五回だ。お前も俺も気持ち良くな」
「十二神将を―探していたな?」
女主人は、さっきまで男が言っていた下卑た発言を、そっくりそのまま完全に無視した。
「ンだよ。もう終わった話だろうが。それより俺はこの興奮を」
「“十二神将を、探していたな?”」
男は両手を挙げ、首を左右に振るジェスチャーをしたが、女主人の発言が不思議と冗談には聞こえないトーンの物であった為、聞き直した。
「何だって?」
「質問を質問で返すな。貴様が馬鹿なのは既に分かった。だったら直接的に、分かりやすく貴様に説明してやる。」
飽くまで、口調を荒げるでもなく淡々と。
しかしその語気に緩慢さは全く存在せず。
「………。」
「ワタシがヴァサラ軍十二神将、四番隊隊長。麗神のオルキスだ。」
強がりこそ無いが、その名乗りには千の脅しにも勝る覇気が秘められていた。
拳法着の男は下品な笑みを解いて、意外に茶化す事もせず、無言で構えを取った。
「さぁ来いよ、十二神将さ―」
男の視界から、オルキスの姿が消えた。
「貴様の間違いは三つ在る。」
背後だ。慌てて男は振り返る。そこに瞬間移動したかの様に、オルキスは立っていた。
「ワタシは凡そ“姉ちゃん”と呼べる年齢では無い。四十をとうに超えている。」
その顔にも表情にも、老けを感じさせる要因は一つも見受けられない。細かい皺の一本も刻まれていないし、外見には二十代―或いは十代の後半と自称しても疑われない姿だ。
しかし息を飲む様なその雰囲気と、瞳の中にある揺るぎ無い落ち着きが、彼女の発言を確かに肯定している様に見えた。
「二つ目は、ワタシの店で暴れた事。この借りは、耳を揃えてキッチリ頂こう。」
男は吼え、オルキスへと襲い掛かった。
「象形拳―神槍ッ!」
しかし、再びオルキスは消えた。男が突き出した、ミミズクの時よりも明らかに数段速い突きは、誰も居ない空間に空振った。
「三つ目。ワタシに勝負を挑んだ事だ。」
オルキスの手にしていた剣が、入り口から差し込んだ月光に照らされて光る。
「いつの間に手に?いや、いつ抜いた―ッ!」
男は激痛に悶えて苦しんだ。
男の“両耳”が付け根から綺麗に、元々其処には何も無かったかの様に。切断されていた。
「あアァアア!!テメェエッッ!!」
男の空気を震わせる様な絶叫に遅れて、両耳の跡地から血が吹き出した。
「確かにお代は頂いた。耳を揃えて、な。」
オルキスは剣を鞘に納め、男に背を向ける。
しかし、男はオルキスを許す筈もなく、背中へと両足の飛び蹴りを放った。確かに隙だらけの無防備な背中であったが、それでも男の蹴りは、オルキスには届かなかった。
「何だテメェはァ!!」
オルキスと男の間に、一人の人物が割り込んでいたのである。その人物は黒でボサボサの長髪。拳法着の男の蹴りを、最も威力を持った段階で横から受け、足首を掴んで止めているという、離れ業を演じたのであった。
「拳神(ケンズィン)、ファンファン。」
細い目の男は更に目を細めて、癖の強い独特の外国訛りで、名乗りを上げた。












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