仮想環境でロボットを学習する技術

2023年7月現在、大規模言語モデル(LLM)がAI業界の話題を席巻しています。そこで、未来に起こりうる新たな流行として一つの妄想を考えてみました。もしLLMが機械にとっての言語や知性の獲得を意味するのであれば、対立視点の大きなトピックとして、機械にとっての身体性の獲得が起こりうるかもしれません。それはおそらくロボティクスにおける革新的な出来事となって表れるでしょう。

機械にとっての身体性の獲得とは何を意味しているのでしょうか。いろいろな想像を働かせることができそうです。ただ、この記事においては機械にとっての身体性の獲得とは、「それぞれの機器が個別に与えられた目的に向けて、視覚や触覚などのフィードバックを用いながら、安定的に物体を操作できるようになる」ということを指すとします。具体的には、例えば、包丁を用いて未知の食材を適切な形に切るといったタスクをこなせるようになる、というイメージです。このような基礎技術が開発されると、工場、工事現場、介護、家事など、様々な場面でロボットが活躍する未来が訪れるかもしれません。

そして、この関連分野で現在最先端を走っているのはおそらく、ピッキングロボットです。ピッキングロボットは、倉庫や製造現場でのアイテムの選択と移動を自動化するためのロボットで、多種多様な形、大きさ、重さ、材質のアイテムを正確に認識し、適切に掴む能力が求められています。ピッキングロボットの開発によって、機械にとっての身体性の獲得が実現する可能性があると想像しています。ピッキングロボットは物流用途で広く使われており、Amazonはその開発に大きな投資をしていると言われています。また、GoogleはThe latest research from Google (Google AI blog - https://ai.googleblog.com/)で最新の研究内容を公開しているのですが、そのブログでピッキングロボットに関する記事も定期的に投稿されています。

ロボティクスの学習では囲碁やAtariゲームの学習と同様に強化学習というフレームワークが利用されています。しかし、囲碁やAtariのようなゲームの領域ではAIが人間を超えたと言われる一方、なぜロボティクスの学習はそれほど進んでいないのでしょうか。それには多くの理由が考えられますが、学習回数の少なさと学習環境の多様性の欠如が決定的な要因ではないでしょうか。ゲームの領域ではゲーム内で多くの学習を繰り返すことが可能ですが、ロボットの学習では現実世界を使うため、高回数の学習を行うことが困難です。

この問題に対する解決策として、仮想環境で現実世界をシミュレートし、多くの学習を行う技術の革新が、ロボティクスにとってエポックメイキングな出来事になり、機械にとっての身体性の獲得につながるのではないかというのが、この記事で主張したいことです。この試み自体は新しいものではなく、Googleのブログ記事にも関連研究が多数掲載されています。

しかし、このアプローチにはいくつかの困難な課題が存在します。それらは、シミュレーション環境の構築自体の難しさ、シミュレートした結果と現実世界とのギャップの評価方法、そして一つのシミュレーションが必要とする膨大な計算量といった問題です。

現実世界をシミュレートする環境を作り出すことは、まずそもそも非常に困難な試みです。物理的な法則、光の反射や物体の動き、さらには複雑な材質の表面構造までを完全に再現することは、現有の技術ではまだ達成困難な範疇にあります。そのため、シミュレーション環境の構築には多大な労力と時間を必要とし、これがまず第一の障壁となっています。
また、シミュレーションの結果が現実世界とどの程度一致するのか、その評価方法も問題となります。仮想空間での結果が現実世界で同じように適用できるとは限りません。理想的なシミュレーション環境と現実世界との間には必ずしも一致しない部分が存在します。この「ズレ」をどう評価し、どの程度まで精度を求めるべきかは、現時点では明確な基準が存在しません。それを解決するためには、シミュレーションと現実との間のギャップをうまく埋めるための新たなアルゴリズムや、評価基準の確立が求められます。
そして、一つ一つのシミュレーション自体が非常に大量の計算量を必要とします。現実世界の物理法則を細部まで再現しようとすると、その計算量は爆発的に増大します。このような大規模な計算を扱うためには、強力なコンピューティングパワーが必要となり、それは結果として大きなエネルギーコストを生じさせます。これは、シミュレーションに依存した学習方法が実用的な解決策となるためのもう一つの大きなハードルです。

これらの問題に対する解決策を見つけ出し、それらを実装することができれば、ロボットやAIが私たちの生活に更なる影響を及ぼす新たなエポックが始まるかもしれません。そして、これらの問題に対しての取り組みは製造業に分がある日本企業にチャンスがある分野なのでないかと思っています。この技術の最終的なゴールはあらゆることを精度高く実行できるロボットで、今の段階での取り組みはピッキングロボットといえます。そして、その間を繋ぐのはありとあらゆる産業の手作業が一つ一つロボットに置き換えられる過程でないかと思っています。そのためには、IT企業だけの力でなく製造業のノウハウが必要です。しかも、日本はゲーム産業も盛んなので仮想環境を作るための人材も確保可能です。

次回は、この問題に対してGoogleがどのようなアプローチをしているのか、ブログ記事を参考にまとめまとめようと思います。

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