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【連作ショートショート】magjam ─詩人と出会う─

◾️あらすじ

 時々泥棒と間違われることがあるため、特異技能の靴紐の使用は控えめに留める。
 その紐でリンゴも掴めるコヒンはマグジャムの見習い団員。
 マグジャムは旅芸人の一座で辺境の町から町を流れる。
 この話はマグジャムの巡業先の町、ラクチにおけるコヒンの日常。
 静かな物語。

※序章部分はこちらです。

◾️朝のベーカリーと街中
 
 薄明時の余韻が残る中、重たいシャッターを上げた暗いベーカリー。
 外観は洒脱でシャッターの覆いの外に石塀と鉄の門。
 前者には色濃い蔦が蔓延り、夕時からの橙色のランプの明かりが残る。
 開店の準備作業が続く中、コヒンは何度か購入したことのあるボール状のパンを求めた。
 焦げたシナモンの香りを後にし、タイル張りの街路を当てもなく進んだ。
 水のせせらぎみたいな足音を連続させる。
 ベンチで丁度目覚めたところの詩人と出会う。
 相手は立派な鼻を鳴らし、野営装の鞄にしまったパンの匂いを嗅ぎ分ける。
 まだ見ぬ恋人のようなカフ茶について語り始める。
 黒いその茶が泉の如く湧き出る漆黒の秘境。
 岩塩を摘んだみたいな神秘さを添えるが、ラクチの街中に確かに存在する場所と。
 
 コヒンは自分のポケットにしまったペンを示す。
 これは朝からチャーミングな出会いだ。
 詩人はそう言って喜ぶが、口元の笑みは閉ざしたままでいる。
 何故だろうか。
 商売敵だからさ。
 実を言うと、この町の三割ぐらいの住人はそれに当てはまる。
 トロット水をまるで飲まない連中のことだ。
 占いは好きかな?
 恋に落ちると覗きやすくなる包み紙だよ。
 図書館の書庫の中はどうだろう。
 あの場所は意外と最適な夜のベッドなんだが……。
 心よりも深い知の方が先に眠りについている。
 昨日の夜もその場で夢を見ていた。
 目覚めると淡い黄色のベンチがベッド。
 この有り様だ。
 
 朝の早くに気づいた図書館の警備の人が流石に見兼ねた、親切心からこの場へ移してくれた──コヒンは考え浮かべた経緯を相手に伝える。
 流玉石の向こうの小人族は生き伸びていると信じるクチでね。
 全く連中こそがこの世界の最後の小物。
 まぁ同化を遂げた探偵を雇うまでだよ。
 しかし困った。
 地図もお喋りになると描き切れない。
 
 コヒンの方から改まり、最初の話にあったカフ茶の泉の在処を尋ねる。
 詩人はホテルが建ち並ぶ中心市街の方を慎重に指差し、尚も言葉を重ねる。
 水やガスの残党はしぶとく巡るが、一つの廃墟であることに違いない。
 所有者の縁者だったか、現代の不出来な錬金術師もどきが住み着いている。
 常にピクニックに対して臆病、また一人の異業種の商売敵だ。
 他には電気の消えた薄暗がりの中、野蛮もいかがわしさも少なからず散乱する場所。
 それは別に良い。
 旧市街の方がお気に入りと言えばお気に入りだが。
 そこではヨルムの草が人知れず花を咲かせる。
 市街の片隅の最も古びた通り、窓枠の冴えない住まいは安らかに眠る。
 この身がリビングのソファで夢を見ようと試みる。
 すると何時の間にだか傘付き通りの大食堂に迷い込んでいる。
 ある意味ではだが、これは別段驚くには値しないことなんだ。
 この町には愛する渡り鳥も飛来して来る。
 君がこれ以上道に迷うことがあったら、件の住まいの墓を訪ねて見給え。
 君の身体に消えない文字を記すことも出来るが、それよりは敵同士が深く結び合った夢を見よう。
 やがて二人は大食堂のテーブル席に辿り着く。
 お腹が減って仕方なくなる。
 それがこちらの本当の住まいだ。
 不安なんだよ。
 
 詩人が後ろ手を掲げて去ると、コヒンはぼんやりしたまま思い悩んだ。
 一体どこへ向かったものだろうか。
 両手の先から靴紐をぶらつかせ、淡い黄色のベンチに下半身を埋める。
 
(続)