見出し画像

【ショートショート】幻獣たちへ

 初恋よりも一足早く訪れた幻の獣。
 彼らの狩りのお祭り。
 実り豊かな収穫や凍える時期に迎える繁殖、季節を問わない。
 意外と長くしぶとく、それ自体の影が消えた後も騒ぎは続いた。
 つまり子供の頃の私は幻獣たちの訪れに意識を傾け、彼らを恐れた。
 そのことを巡る喧騒、不安や思いやりから来る言葉や手足の動き、私自身が暗い森の狩猟祭みたいな行為に加担してしまうことも。

 今の私はどうだろう。
 手話を覚える必要があるのか。
 アプリを用いた人工音声との会話は如何か。
 母との心配事を杞憂で終えた。
 後者は私の目覚まし時計にわずかな結実を残した。
 でも二ヶ月か三ヶ月、春の季節の始まり頃には桜の花弁と重なり、綺麗に溶けた。
 私は多少の注意の下で声を放つ。
 父はホワイトボードを多用し、荒い筆跡の言葉で応じる。
 それが喉頭癌によって喉頭を摘出した、その結果声を失った父と私の新しい形のコミュニケーション。
 大きな手の動きや顎の頷き、泡のような表情も加わる。
 自分自身の不器用さにも次第に慣れた年月は流れ、私は二十代の四季を巡りつつある。
 父の手術を終えて程なくした頃、母方の叔母の身にもひと騒動が。
 どうにかその身を繋ぎ、万全な健康状態とは言い難いにせよ、北の大地から私たちの土地へ言葉を送る。

 私は子供の頃の恐れを振り返る。
 知らずと推し進めて来た言語化が、得体の知れない闇に幾重にもかぶせた、薄いカーテンをゆっくり剥ぎ取る。
 どうしてそうまで怯えていたの?
 答えは多分、解らないから。
 それから先はどうなる、僕や私はどこへ向かうのか。
 水溜りみたいな無の中に溶けてしまうの?
 花が新しく開かれるような生まれ変わりはあるの?
 何時も不思議な難問を押しつけられていた気分。
 気づけば手の届く先にも暗い井戸が設けられていた。
 そのくせとてつもなく深い様子、果たして終わりがあるのかも解らない。
 だから身近に感じた生への暗い兆しは、幻獣たちを胸元に抱えることにも似ていた。
 立派に対処している皆も不思議な国の住人に思えたし、凛々しかった目元の輝き、それさえも異様と感じた。

 今の私はどうだろう。
 楽しいことや喜ばしいこと。
 抽象的な物事の輪郭も少しずつ描けるようになって来た頃か。
 一回り若かった頃は調子を外しがち、全く当てどない方に描きがちだった。
 上手く描けるだろうかと思い悩み、出足につまずきを覚えてはどこかへ放り投げてしまったり。
 そんな手先も無数の果実と触れ合い、新しい森のひと時を迎える。
 昨日と明日の私で彼らの影も挟み込み、幻の木の葉と指で親しむ。
 そして口元の中心に沈みを作り、日の光の中で静かに微笑む。

 後はそれから……。