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【連作ショートショート】magjam ─道化師の最後─

◾️あらすじ

 時々泥棒と間違えられてしまうため、特異技能の靴紐の使用は控えめに留める。
 その紐でリンゴも掴めるコヒンはマグジャムの見習い団員。
 マグジャムは旅芸人の一座で辺境の町から町を流れる。
 この話はマグジャムの巡業先の町、ラクチにおけるコヒンの日常。
 静かな物語。

※序章部分はこちらです。

◾️夜の映像記録とかつてのステージ
 
 キャンプ内の映像資料の保管庫。
 鈍く燻る光を放つ、流玉石の映像が無数と眠る。
 コヒンは単身で閉じこもり、啓蒙灯を構えて滑らかな検分を続けた。
 戸棚の箱から二つ三つと取り出し、その輝きがよく馴染む空間も求め出す。
 電飾のアーチがかかったゲートの方へ。
 左右に積まれたジグの車輪、クルガラスの羽や瞳の合間を抜ける。
 荒れた野原に伸びる平たい道を東に進む。
 ウシルクヌギの林や大地を区切る畑、民家の明かり。
 ささやかな文化的夜景を眺める斜面に両足を伸ばし、アコーディオンを演奏する具合に靴紐を動かす。
 野草に埋もれた流玉石がその身を微動させ、蠱惑的な青い光が本格的に放たれる。
 小人と化した人々の声が渦巻き、実際よりも大きく聞こえる。
 
 何時かのマグジャムのメインステージの記録だった。
 高層建築を縫ってレールを通したような、天井ナラティヴの空中芸。
 その成果が客席を満たす人々の間に現れ、帽子や頭の上でもどよめきが冷めやらぬ様子。
 二階の作業場ではナグが暗装姿だ。
 ソヒを従え照明屋として働き、円形のステージや上方に滞留した木屑を照らし続ける。
 そこに道化師のマクタが闖入すると、まずは地面に落ちたネジを探した。
 無軌道なままに小走りで巡る内、中央付近には上方からロープが吊り下げられる。
 マクタはその先を強く引っ張り、巨大テント内全体の消灯を試みる。
 照明はうんともすんとも言わず、マクタは頭部をガックリ項垂れさせる。
 お腹のポケットを弄ると、長細いスティック状の遠隔起動装置を取り出す。
 ロープの先に結びつけ、助走を取って再び強く引っ張ろうとするのだが、ロープはタイミングよく上方へ巻き上げられる。
 観客が沸き返る中でマクタは転倒。
 癇癪のパントマイムを散らしつつ、巡ったステージの其処彼処で飛び跳ね回る。
 取り直して念の力を送る具合に、二本の指先をスティック状の装置に向ける。
 ようやく場内西側の明かりが落とされ、客席からはアアッやハハッと声が上がる。
 
 ガタンやゴトン。
 マクタは同じ作業を時にはお尻を突き出す形で繰り返し、音響を伴いながら一分半程が経過。
 照明は一箇所が落ちると新たに別箇所が照らされ、場内全ての消灯は一向に果たせない。
 雛鳥のような三名の子役も登場していたのだが、こちらの面々は切り替わる照明に照らされる度に右往左往。
 枕や毛布を抱えて迷惑に対して泣き叫び、喜劇的な催しの側方支援に努める。
 
 そうする内に、ロープの方が根負けしたみたいに長く垂れ下がる。
 マクタはこれに飛びつくが、今度は両手の中で持て余す。
 自分の首に二重三重と巻きつけてしまう。
 マクタはステージの隅へと向かい、その場に置かれた脚立を中央まで運んで昇り出す。
 行きつ戻りつも数度交えて笑いを誘う。
 拗らせながら最上段に達すると、客席をキョロキョロ見回す。
 裏方のマグジャムのメンバーに向けても片手を振るい、愛想の良さも示して観客からの手拍子を誘う。
 とても静かなステップで跳躍を遂げる。
 重たい刃が落下したかのような音響が上がり、場内全ての照明が消灯される。
 
 その回復はすぐには始まらない。
 客席が段々とざわつき出した中、三名の子役がスポットライトを使ってステージの宙を照らす。
 ダラリと手足を垂らしたマクタの姿が幽玄に捉えられる。
 首から先がゆっくり動き、怯えて身を寄せた子役たちを見据える。
 マクタの奇声と子役たちの悲鳴、警報音がテント内一杯に響き渡り、赤や黄色の照明が荒れ狂う。
 マクタは道化師メイクの表情を歪ませながら、おぞましい空中浮遊を繰り広げる。
 
 その夜がマクタの最後のステージだった。
 一ヶ月後にはマグジャムを辞め、辺境の都市部の路頭を彷徨い始めた。
 幕間の出番の終了後、客席で泣き止まぬ子供たちを見かけた。
 その姿は私にとってのカコという名の魔物だが、今回でとうとう百人を越えた。
 それが理由なんだとどこか晴々とした面持ちで言い残し、回したハット型の帽子を頭にかぶせた。
 それ以来、マグジャムの一座は専属の道化師を抱えていない。
 
(続)