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【連作ショートショート】magjam ─学舎にて─

◾️あらすじ

 時々泥棒と間違えられてしまうため、特異技能の靴紐の使用は控えめに留める。
 その紐でリンゴも掴めるコヒンはマグジャムの見習い団員。
 マグジャムは旅芸人の一座で辺境の町から町を流れる。
 この話はマグジャムの巡業先の町、ラクチにおけるコヒンの日常。
 静かな物語。

※序章部分はこちらです。

◾️長い夕暮れ キャンプ
 
 自分以上に自分のことを知る者がいるものか。
 そのことを詳らかに教える書物との出会いも珍しい。
 流れる思いの証左を周囲の夕暮れに求めたコヒンだが、それにつけても長い夕時の始まりだった。
 
 ラクチ南方の霊園の道を抜け、昼の終わりにマグジャムのキャンプ地へ帰り着いていた。
 居住用テントで汚れた衣服を脱ぎ払い、小早くシャワーを浴びて着替えを済ませた。
 浴室の外には待ち構えた三人の子供の姿。
 コヒンが脱いだ勾絹の衣服を再び広げ、富裕な商人服に隠れたように小粒な身体を寛がす。
 その後のコヒンは一緒の洗濯にかかったが、最中の首筋の辺りには三粒の水滴が付着したまま。
 やがては渡し板の上を歩み、屋外の憩い場のベンチに腰掛ける。
 握力鍛錬用のボールに靴紐を巻き、両手は丸い屋根影に潜んだ書物にかざした。
 小道具の残像を巧みに扱う描写が立て続いた。
 探偵の活躍も見られる古い小説。
 ページの順序が乱されたまま閉じられ、時々物語が躓き幽霊のように回復。
 
 今は北の街並みの方から、ジグの陸車が季節の食材を運んで来ている。
 ザカに跨る子供たちが手前を行き交い、片手を向けて道の天使みたいに誘導に努める。
 大人しい面々はテント脇の水瓶の前に陣取る。
 囲い火の残りの葉を集め、乾燥した蓮の形に仕立てる。
 夕光の照らす水面をじっと覗き込み、人形の落とし物の如く手荒に投じる。 
 各自が小気味良い声を上げ、蓮型の葉舟が漂う様を見守り続ける。
 何名かは水瓶の下部の潜水窓を開いた。
 お尻を三方に突き出し、水面に伸びた影の裏側を探り当てようとする。
 
 いずれもマグジャムの青空学舎、本日最後の休憩時間の出来事だった。
 これでも一応は一角の教育現場だ。
 遠く離れた教壇との繋がりも有する。
 幕間の劇で教師役を務める大人が笛を吹くと、散り散りになった子供たちはそちらの方へ。
 人数合わせの子役たちも交え、二人や三人の束になる。
 居住用テントの厚手の横幕を潜り抜け、例えばステージ衣装の集まる衣装部屋へ。
 鼠の玩具用の塹壕帽、サイズ違いの訓練装の試着にかかり、大きな雨粒状の鏡の前で化粧に色気を示す。
 ヤコバトの羽を黒や栗色の髪に飾り、無言のままで木箱の上から飛び立つ。
 置き時計の針にはこっそり付け髭を添える。
 また別の二つの小隊は、サガルが盤上演棋を嗜む大広間にも。
 八角のテーブルを囲った演目の打ち合わせに参加し、花瓶の花々までも丁寧に調べる。
 
 程なくすると、一人また一人と外の囲い火の跡地に寝転がる。
 テント内に散りばめられた、間違い卵の捜索作業はこれにておしまい。
 ラクチの町の学習過程から溢れた子供の姿も見られるが、それを誤りだとする教育はマグジャムの一座には存在していない。
 
(続)