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【連作ショートショート】magjam ─パレード─

◾️あらすじ

 時々泥棒と間違われることがあるため、特異技能の靴紐の使用は控えめに留める。
 その紐でリンゴも掴めるコヒンはマグジャムの見習い団員。
 マグジャムは旅芸人の一座で辺境の町から町を流れる。
 この話はマグジャムの巡業先の町、ラクチにおけるコヒンの日常。
 静かな物語。

※序章部分はこちらです。

◾️夜の裏路地
 
 コヒンは夜のパレードへの招待を受ける。
 大食堂の料理長に見送られ、マグジャムのジグの後部荷台に乗り込んだ。
 今夜は幌幕の覆いが外され、数多のカボチャのイミテーションで装飾された特別仕様だ。
 眼球のくり抜かれた目元はどれも虚ろな洞窟。
 ギザギザの歯先は微風に震え、カタコトとした不敵な音を響かせる。
 御者役は大食堂から出て来たゾウイが務める。
 輝きの燻んだ銀色の仮面で顔を覆い、暗装姿のナグと代わって運転席に着く。
 それで特別な陸車は重たい気配を増した街中を走り出す。
 傘付き通りの縁から旧市街の裏路地、入り組んだ小径が巡る迷路網へ。
 今夜は随所の街角にマグジャムのメンバーが控えているらしい。
 ジグが通りがかると辻切りの如く姿を現し、各自の特異技能の芸を披露してくれる手筈。
 
 曲がり角の多い中では速度の贅沢は禁じられていて、発動機を欠いたザカでゆっくり進行する程度。
 まるで低い気圧が裏路地を移ろうパレード。
 却って心惹かれる何かがコヒンの中に残りそう。
 そのコヒンは荷台の上で地図を広げると、舞い飛ぶシャボン玉を追いかけるルートを選んでいた。
 ナグが手元の啓蒙灯を明滅させ、短い鞭状の光で合図を送る動作を示す。
 シャボンの群れを追い越していくその刹那、車体やカボチャ飾りに当たった二桁程が鮮やかに弾ける。
 一つが接触の後でも形を留め、コヒンの手元に迷い込む。
 夜のラクチの明かりを映し、内部に無軌道な複数の光の球を閉ざす。
 二つ程が忽然と身を翻し、水槽の小魚の眼球みたいにコヒンを覗く。
 
 荷台の床下は二重になっているらしい。
 その蓋を開き、中に込められた一つの宝卵を探り当てる。
 するとコヒンも現在の自分以外の何かになれる。
 されども油断は禁物。
 コヒンは自分の靴を失ってしまうかもしれない。
 その果てには無慈悲な審問の展開も予想される。
 
 お触れ書きみたいな言葉の数々が、手元のシャボン玉の中で浮かんで留まる。
 これが夢とは異なることを伝えるみたいだが、内容は容易に信じ難い魔法じみている。
 訓練の一環だろうか。
 他に乗り合わせるメンバーはいるんだろうか。
 それとも皆は甘いケーキに宿った甘美な果実。
 これは自分自身の特別な一日で……。
 運転席のゾウイに尋ねると、相手は背後へ向いて仮面の下のウインクを返した。
 
 エリクとユマの二人はどこにいるだろう。
 例えば生まれた記念日の夜にベッドで身を休め、距離を隔てた三人で連絡を取り合う。
 温かい花茶を味わい、祝いのケーキの残りと共に氷菓子も頬張る。
 周囲のカボチャ飾りに学んだ笑みを浮かべる。
 夜更けの頃にも瞳を輝かせ、仮想のような人々の動きと流玉石越しに接する。
 そんな自分の姿も望ましいかもしれないが、そこに乗り越えるべき日々の障壁は存在するのだろうか。
 
 屈折した志は一抹の寂しさを覚えつつ、辺境の町にて孤独に踊る。
 コヒンは荷台の底を見つめ終え、震動の中で少し眠くなる。
 暗く聳える鐘楼の時計の針が一巡を遂げる。
 日付けの切り替わる音が静かに響いた気がした。
 
 幼い頃に読んだ童話の物語だが、今ではニムの占いのような統計的な側面も感じられている。
 もしもその物語と真逆なら、これから全ての魔法が始まる。
 
(続)