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稲穂の峯


風に吹かれなびく。
収穫の秋の寒空にコトーは靡いている稲穂を見ている。

(結構取れそうだな。)
近くの山中に取引先の倉庫有った事を思いだし、早めに収穫の一報を伝えに向かおうと思い立つ。
犬のポギーはそんなコトーをいつもより遠い目で眺め、一足先にトラックに乗り込んだ。
この街の名物にもなったポギーは、走る事が大好きで、すれ違う車にも舌を出して笑み浮かべている。

(オーイ、おらぁもうでるぞ!トラクターしまってくれゃ)と嫁に話すコトーも定年だ。

(はい、分かりました。)
嫁は、そう言うと家に帰った。

夕刻の灯りがつき始め、ポギーが遠吠えを突然した。(ごめんよ、ポギー。待たせたな。)
相変わらずのポギーを見て一言。
コトーは、マニュアルを一速に入れ、走り出した。

いつもより音楽を大きめにかけるのは、
気分が良い証拠だ。
(クシュン‼️風邪ぎみだな。)
俺も今年最期になるから、油断してるのかもとコトーは思う。力の弱った足腰に農業には無理だなと。。

(あの山中に着くまでこらえねえと)
動かない左足。
クラッチが踏めない代わりに操る木の棒は、手造りで、周りに見られないようにと警戒していた。

そんな時。。ドコドン。

対抗車線から走って来た廃棄物処理車に気を取られ、側溝に脱輪してしまったのだ。しかも、ポギーが荷台でションベンしだす。
それに怯まずにコトーは、
(怖いのか仕方ねぇ俺も同じたよ)と割りきる。(何回も経験済みだよ)と、落ちたカタリンをジャッキで持ち上げ、事なきを得た。

(これからが山中そのものだな)
嫁と話し合った定年後の仕事と荷台の後処理。それは、何なのだろうと考えたが、直ぐに馬鹿馬鹿しいと思惟するコトーは、それまでの長年の功に感謝できるから男だ。

jazzの音楽のボリュームを上げ、倉庫までひたすら車を走らせ、小一時間走ると倉庫に着いた。

夜空には星が輝いている。
中には誰もいないようである。ポギーは先程の不貞を詫びるかのように稲を齧りながら、コトーを見ている。

素知らぬふりをし、収穫の一報を書き置きし、倉庫に搬入したコトーは物思いに耽る。

(未だ仕事を諦めないのは、何なのか?
定年までこれたのは誰のおかげか?
もう残された世界に己の居場所は無いのだろうか?)

熟考を重ねた訳でないが、とりあえず、
(己の人生のためではないか?人の力でここまで来れたのではないか?これからの人生をまた走ることに費やすなら、街の為になるのではないか)と帰結し、空を見上げる。

⭐️

走ることを諦めずにはいられないコトーをポギーは荷台の上で笑いながら祝福した。コトーは、腹を括った。最後の稲穂の峯に立つ彼にとっては、ポギーも、星もまた同じように見えた。

END

画像)Stable Diffusion 1 Demoより作成

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