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ケトンの裏側


その娘は美しい淀の岸辺に立つ一軒家街の集落から外れた処に立つ。
秋の夜長久しくなる頃その娘は生まれた。
牛舎を営む両親の子供。学校では授業中にトボケル癖があり、それからアダ名をケトンと呼ばれた。

(工場勤務がしたいです。物好きなんで)夏の蝉が泣き止む頃に先生から進路について問われるとそう答えた。

卒業式の日、友人とまたこれからも会おうって約束したケトンは、相変わらずトボケタ様子で周りを和ませ、ウンソウだねと。

街の集落から五キロほど離れた処の、工場の近くの公園に着き、ケトンは、自己紹介をした。余興だった。お酒を嗜むと、ついうっかり胸のサイズを口にした。
(あー、私小さいです。頑張ります。)
ドット沸く社員。
(因みにアダ名はケトンて呼ばれてました。突然キョトンとする癖があって。頭も胸を未熟ですが、お手柔らかに宜しくお願いします。) 

にや笑いと少しのため息が混じる拍手を受け、
一呼吸おくケトン。そこに、一人気になる男性社員がいた。黒服を着る彼は、日本酒を盃に注ぎながら、桜を見ている。日光から来た入社三年目の技術者で、名前はリスボンと言う。
工場内の勤務は容易く、ケトンは危なげなく業務をこなして、秋空の元で、ある日同僚と飲みに行く段、女子社員とある恋話になった。

ケトンは、正直に言った。
(私リスボンが好きです!)
みな呆気にとられたが、社内でそんな空気を事前に察知していた社員は、うん、そうだよな、俺もそんな気がしてたと返す。続けて、俺アイツの携帯電話の番号知ってるよ。何なら紹介しようかと言う。

それから二人は週末に付き合うようになり、ある日、風が吹く公園で、ケトンはその男の隣に座り、話込んだ。お互いに意気投合して、この冬の寒さをどう過ごすか話し合った。

俺はロッカーのある処に行きたいと言うリスボン。するとケトンは、お布団が有るところに行きましょうと言う。

会社の二階には、社員の夜勤向けの部屋とロッカーがあったが、さすがに会社内は不味いだろとリスボンは言うが、どうしてかケトンは譲らない。

(敵を作っては昇進出来ないだろ!)
(関係ないわ、今すぐ寝たいの私。)

その冬は暖冬で、珍しく雪も降らなかったのに。

社会の中のある会社のある技術者はこう言った、
(あれは、非対称性同位体そのものでした。)
ケトンは別の部署に左遷された。

黒い服来た社員や紹介者は、社会的には基準(スタンダード)であったが、ケトンは心乱されていたのだ。つまり、いつもよりも、さらに厳しい日常生活がケトンにあの言葉を口走らせてしまったのだ。

悲しみに暮れるケトンは、友人と話し、一年後に社を去った。川の岸辺に見た集落の影を背負い、また次なる道を歩むために。


画像)Stable Diffusion 1 Demoより作成


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