見出し画像

親友の妊娠報告(3人目)

私には大学時代に出会ったとても大事な友達がいる。
A子と呼ぶことにしよう。
大学時代はずっと一緒にいたし、社会人になっても全国各地を一緒に旅して回った。外国人ばかりの安いゲストハウスに泊まったり、旅先で友だちを作ったり、島の知らないおじちゃん家にお邪魔したり。人を魅了するA子のおかげで、たくさんの人と出会い、貴重な経験をたくさんした。
A子とはなぜか、「それ私も思ってた!」となることが多く、一緒にいてとても心地よいのだ。
そして彼女は、今まで私が出会った人の中で1番思いやりに溢れ、優しい心を持っている。誰からも好かれる人間だ。
彼女を嫌う人はいるのだろうかとも思う。
私はそんな彼女が大好きで、とても尊敬している。
今でもたまにお家にお邪魔したり、LINEしたりして、きっとずっとこのままの関係が続くんだろうと思っている。いや、続いてほしいと願っている。

A子は私より結婚も早く、妊娠も早かった。第一子の妊娠報告も誰よりも早くしてくれたし、出産報告もテレビ電話でしてくれた。

そんなA子から、先日電話があった。
2人の子育てで忙しいA子と電話をすることは滅多にない。
突然の電話に少々驚きながらも電話に出ると、彼女の声はいつもより少し暗く、泣いた後かな?と思った。
私「どうしたの?」
A「何かわかる?」

後づけかもしれないけど、ほんの少しだけ妊娠がよぎった。
私たちの中で、電話するレベルは結構大事なことなのだ。
でも子どもは2人までって言ってたし、それはないか。

私「わからない。どうした?」
A「妊娠したかも」

驚いたけど、それよりもA子の暗さが気になった。
A子は体力的にも、金銭的にも、旦那さんとの関係的にも
子どもは2人で終わりと過去に話していた。
2年ほど行為もしておらず、排卵日も避けた上でのたまたまだったらしい。
体質なのだろう。
彼女は妊娠したことをまだ受け止めきれず、でもそのことをマイナスに捉えている自分のことも嫌だったのだろう。
望んでもできない人もいる中で、こんな気持ちになっている自分、芽生えた命に対して少しでもマイナスな感情を抱いてしまった自分。
そして体力的にも経済的にもこれからどうなるんだろうと漠然とした不安。
その重圧で気持ちが溢れてしまったのだろう。
あんなに子どもが大好きで、とても優しいママのA子でさえも、こんな気持ちを抱くことがあるんだ。
子どもを持つって、妊娠するだけでなく、その先もずっとずっと乗り越えることがたくさんあって、責任あることだなと改めて感じた。
妊活をしているとゴールを妊娠することに置いてしまいがちなのだ。

まだ病院にも行っていない、旦那さんにも話していない。
誰に連絡するべきか悩んで、私を選んでくれたらしい。
ちなみにA子は私が妊活していることを知っている。
その上で私に電話をしてきたのだ。
相談してくれたことは素直に嬉しかった。
その反面、私に言う〜?苦笑、というダークな気持ちも微妙にあったと思う。
どちらの気持ちも本当の自分なのだと思う。

私が妊活にまだ絶望していないから、喜べたのかもしれないし、大切な友達だから喜べたのかもしれない。
自分の状況によって、人に抱く気持ちも変わってくるんだろうな。
自分の気持ちを正直に自分が認めてあげることから始めてみよう。


最近連絡も取っていなかったからか、
A子が「ちゃおちゃん、いつも通りでよかった」とボソッと言った。
なぜかその言葉に、心がじーんと熱くなった。
 ”ちゃおちゃんのこといつも気にしてるよ”と肩に温かいブランケットを掛けてもらったような気持ちになった。(自意識過剰)
A子はいつも私に安心感をくれる。

これから、友達に会いたくなくなったり、SNSを見るのが辛くなったり、そんな気持ちになることがあるかもしれない。
そんなときは、無理をせずに距離を取ればいい。
時間が経っても大切に思う気持ちはきっと変わらない。
いつかまた一緒に笑い合える時が来るはず。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?