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奇奇怪怪なり!:八旗文化の富察失踪 

 米国籍の亡命作家、貝嶺がFBに、台湾の八旗文化總編輯の富察がこの3月、墓参りと瀋陽で病床の母親の見舞いのため上海に入境後、数日で消息不明となり、上海国安に拘留されたと投稿(4月20日付)、すわ2015年の香港銅鑼灣書店失踪事件の再来ではとも囁かれている。

富察(本名、李延賀) なお、別ソースは、李延賀は沈阳師範大漢語言文学専業後、上海文芸出版社に入ったが、同出版社期刊経営科長当時、NGO身分を利用して“非法出版”、すなわち,反共反華書籍を出版したとして2003年北京で拘留され、2009年台湾に逃亡した「極右の反華反共分子」だとも紹介している。

 富察(本名、李延賀)は1971年生まれ、遼寧省鞍山市岫岩滿族自治縣出身で、華東師範大學中文系で中文博士學位を得て、上海文藝出版社副社長を勤めた後、台湾に移住、2009年台灣で八旗文化出版社を起こした。2013年には、台灣の居留證を得ているが、国籍は中華人民共和国(妻は台灣人)という。         

八旗の「中國觀察」路線 

「中國觀察」路線

 八旗出版とは讀書共和國出版集團傘下の出版社で、モンゴル、チベット関係の歷史書始め、《紅色滲透》(何清漣、2019)、《出賣中國:中共官場貪腐分析報告》(裴敏欣/Minxin Pei、2022)、《人民解放軍的真相:中共200萬私軍的威脅、腐敗與野心》(矢板明夫、2020)、《新疆—被中共支配的七十年》(熊倉潤、2023)、《中國紀錄:評估中華人民共和國》(王飛凌、2023)等々多くの中国に批判的な「禁書」を出版しており、確かにこの富察失踪は銅鑼灣事件をも想起させるに十分。銅鑼灣事件とは、香港で中国政府に批判的な書籍を出版、販売する書店として知られている銅鑼灣書店の店長、林榮基や親会社の従業員、株主ら5人が2015年10月下旬から滞在先のタイや中国・広東省で相次ぎ失踪したという事件、8カ月後、行方不明になった関係者は中国当局によって拘束されていたことが判明した。いわゆる「禁書」と呼ばれる中国本土政府への批判的な本を扱うという点では、八旗文化出版社は銅鑼灣書店にも共通する。

なぜ本土に?

 だが、このアブナい先例が存在していることからすれば、仮令中国公民であろうとも、掃墓探親という名目だとしても、富察が中国本土に足を踏み入れることはあまりにリスキーな選択ではあるまいか。実は、今回の中国行も富察にとって初ではなく、上記《出賣中國》出版直後の2020年6月にも上海を訪問しているという。

 では、それまで無事に台湾に戻ってきているにも関わらず、なぜ今回に限って行方不明となってしまったのか?今回、何が富察の身に起こったのか?

李戡の富察=臥底説

 この当然といえば当然のギモンに対して、李戡がFBで富察=臥底説を展開して、波紋を呼んでいる。https://bit.ly/40tyA87 

李戡畢業於北京大學 原文網址:https://mttmp.com/dhdtun6.html

 俄には信じ難いストーリーではあるが、李戡といえば、台湾の最高学府、台湾大学合格も蹴って北京大学に進んだよく知られた“統派”ではあるが、その彼によれば、富察は実は中国の臥底、つまり中国が台湾に派遣した工作員(アンダーカバー)だという。また、富察がこれまで自由に中国本土に出入りできたのも背後に「強力人士」がいたからだともいう。台湾からであれ、何処からであれ、中国にとって不都合な鋭い論評に対しては反共反華言説とのラベルを貼り、SNSその他で口を極めて罵るのが通例だが、富察にせよ、本名の李延賀にせよ、中国ネットでは殆ど無視されているのがその論拠とされている。
 単なる出版人ということから小者視されているに過ぎないのでは、との指摘もあり得る。だが、上述のような香港銅鑼灣事件を想い起こせば、本屋ショーバイとて中国公安から逃れることはできない。八旗出版の富察がこれまで無事に中国本土の訪問をなし得たのは、やはり何らかの形で、背後にいる「強力人士」が富察の「保護」にあたっていたのではないか。
 因みに、富察が華東師範大學中文系を修了した際の博士導師が齊森華教授で、その門下生が2019年9月に出版した《齊森華教授八十五華誕紀念文集》(上海人民出版社、2019)には富察が「王世貞及其反對者:關於晚明戲曲批評範式的建立」という」一文を寄せている。いうまでもなく、上海人民出版社等人民出版社系列の出版内容は上海市党委宣傳部の厳しい審査が必須であり、同書発行時点で執筆者富察への政治審査も完了していたハズ、この点からすれば、党の政治チェックをパスした富察の台湾における活動は中国の“支持”の下に展開されていたものとも推測される。

「台灣工作」の「失敗」?

 ただ、この「有人撐腰」と「間諜」の間には大きな逕庭がある。前段の後ろ盾がいるという点が真実であったとしても直ちに富察が中国のスパイたることには直結しない。だが、李戡は、党員として富察がその「台灣工作」に「失敗」したがゆえに今回パージされたのだとも指摘している。
 だが、われわれの眼に触れる富察の台灣における「工作」とは、上記の通り、中国批判を主旋律とする暴露ものの「禁書」の出版発行であった。果たして、富察にはそれ以外如何なる真の「工作」任務があり、その秘密工作任務で如何なる「失敗」を犯したのだろうか。これらが明らかになった際には、李戡の富察=臥底説が完結することとなるが、それら詳細を李戡FBでは必ずしも明らかにはなってはいない。

 唯一考えられるのは、富察の後ろ盾の「強力人士」が何らかの形で力を失ったが故に後ろ盾たり得なくなったという点ではなかろうか。

 それにしても、李戡が「富察=臥底」をなぜこの時点で明らかにするのか、そのメリットが理解できない。というのも、この富察失踪事件において、中国側が狙いとするところが台湾の言論界を萎縮させんとする「寒蟬效應(Chilling Effect)」にあるとすれば、富察が「臥底」であるか否かは関係ない。反中国言論を流布させるような輩は許さない、断固として鉄槌を下すのだ、香港銅鑼湾事件という先行ケースも思い起こせとばかりに、台湾出版界へ警告することこそが目的であるならば、富察がアンダーカバーの中国側工作員であったなどと明らかになれば、寧ろそれは逆効果ではないか。中国が進める秘密工作の存在自体が暴露されるのみならず、況してやその秘密浸透工作の「失敗」を白日の下に晒すことにはなんらのメリットも見出せない。敢えてそれを広言した李戡の意図こそ不可解との思いを禁じ得ない。
 更に、言えば、富察失踪が初めて明らかとなったのが貝嶺の4月20日付FB、これに先立つ3月31日および4月13日の李戡FBがこれ。

 事態の発生を誰がいつの時点で、どのようにして知り、それをそれぞれの時点でなぜFB公表することとしたのか?何とも不可解、よく分からない。

中国行は?:探親掃墓それとも国籍放棄?


 王家軒(八旗文化gūsa)FBによれば、富察(李延賀)は中華民国国籍を申請し、既に取得済み、今回の本土行は中華人民共和国国籍放棄のためだったという。ただ、別の事情通によれば、その手続きは極めて麻煩。台湾パスポートで出境、大陸入りした後、先ず戸籍地の出入境公安局で註銷証明を得て、戸籍所在地派出所で戸籍註銷を行う。同証明で出入境台湾通行証(台湾居住の証明)手続きを行い、台湾同胞証ではなく、この台湾通行証で出境し、台湾に戻った後、移民署で台湾通行証を返却し、台湾同胞証を申請するというもの。富察がこの手続きプロセスのどこかでトラブルに陥った可能性も…日本留学中の香港学生が中国訪問中に消息不明となったのも、身分証の変更のためだったという。
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 とまれ、4月23日には貝嶺、王家軒ら八旗関係者が「居住監視」となった富察の救出を訴える声明を発している。そこには範疇、林宗弘らに加え、島外から何清漣、程暁農、裴敏欣、Larry Diamond、矢板明夫、宮脇淳子、楊海英、熊倉潤が名を連ねている。

貝嶺FB

 今回のこの事態は、李戡を視野から外して見るべき、家族らの意向もあり、富察本人の無事を祈りつつ、当面静かに見守ることにしよう。         [了]

 

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