見出し画像

都市・農村の迭代ー中産ライフの陥穽

 城郷融合の時代と称されるまでに、現代中国には農村セクターの都市化および都市部門への農村要素の流入が未曾有のテンポで進んでいる。農民の住宅、教育情況が都市化され、そこにあってはデジタル革命が都市型ライフスタイルの変化を牽引しているという。これは、武漢大学中国郷村治理研究センターが春節期間に微博、新浪と共同で行ったネット調査(同調査:回収有効標本数115,867サンプル、地級市区44,781、県城36,333、村鎮34,753、都市7割、農村3割の回答分布)で明らかになったもの。農村の空洞化が老齢者の孤立無縁リスクをもたらす中、家庭が粉砕され、その再生産能力が急激に低下していると同レポートは危機感をあらわにしている(出所:昆仑策网)。


迭代

 調査を行った武漢大学中国郷村治理研究中心の吕德文教授、龚為綱副教授の共同執筆になる調査レポートは、城郷生活方式がまさしく迭代過程(「迭代」とは反復処理や再帰呼び出しの意味)にあると指摘している。「進城買房」つまり、都市部に移住し、そこで住宅を購入、更にクルマを保有することが都市化生活の2大基本条件なのだ。ネット回答では、下図の通り、県城に住宅を購入したものは3〜5割だという農村回答者が4割に達し、既に半数以上がクルマを買ったという農村回答は55%に上る。

本村农民家庭进城买房的情况
本村农民拥有小轿车的情况

デジタルライフ

ネット・ショッピング

 一方、城郷生活方式の迭代の重要な表現がデジタルライフの普及で、とりわけネット・ショッピングは日常生活においてますます重要な役割を演じている。もちろん、ネット購入の普及度は都市農村間に依然差こそあるものの、その差は大きくはない。ネット・ショッピングは都市生活にほぼ完全に組み込まれており、「あまり利用したことがない/殆ど利用しない」という都市回答者は全体のわずか2.4%にとどまり、農村回答者でも「ネット・ショッピングは普遍的だ」という回答は合計82%余に達している。

 城乡网络购物普及情况

 では、そのネット購入に際して、一体どのプラットフォームを使っているのか。淘宝、京東、拼多多、天猫、抖音電商、快手電商が中国の代表的なショッピング・プラットフォームだが、都市であれ、農村であれ、淘宝と拼多多がトップグループとなっている。抖音と京東が第二グループで、天猫と快手がこれに続く。

各大平台在乡村网络购物中的流行程度

 では、ネットで何を購入するのか、この点に関する限り、都市/農村間に大きな差異は見られない。都市では、生活用品、衣類化粧品、休閑食品酒水、瓜果蔬菜/粮油副食、家用電器/電子産品、輸入食品/物品の順で、農村でも生活用品、衣類化粧品、瓜果蔬菜/粮油副食、家用電器/電子産品、休閑食品酒水、農用物資、輸入食品/物品と続き、ほぼ大差ない。

城乡居民网购商品种类

 こうした農民生活の市民化、都市化の進行の背景には、都市/農村を結ぶ物流体系と配達システムの発達がある。わが村には「快递点」(宅配便取扱店)がないという回答が34%もあり、村内に4箇所以上あるという回答は17%にとどまり、村レベルへの浸透はまだしもの感も強い。6割は村ではなく、所属する郷鎮で貨物授受を行なっている。」

您所在村庄一般是在哪里取快递
您所在的村庄有几个快递点  
注:なお、52次《中国互联网络发展状况统计报告》によれば、既に累計990の県級寄递公共配送中心があり、村級の快递服務站点は27.8万に達し、全国95%の建制村に快递服務がカバーされているという。これは、先の農村回答とは大きく相違するが、おそらく農民自身に「快递点」の存在が認知されておらず、有効利用がなされていないことに由来するのではあるまいか。もちろん行政的に合併されだけの広大な面積の建制村と自然村の相違もあり、遠く離れた建制村の快递点より、当然近くの郷鎮を使うことになろう。

 つまり、全体を見通すならば、デジタル革命が都市/農村生活の相互反復をもたらし、その結果として都市、農村は同一化の方向に向かいつつある。デジタルインフラの環境整備により、デジタルライフの都市/農村間格差は次第に逓減し、デジタル革命を共に歩みつつある。

擬似的中流ライフの陥穽

 だが、ここに陥穽が存在している。この過程とは都市化ライフスタイルの拡散、浸透の過程であり、農民サイドからすれば都市公共サービスの享受であると同時にいわゆる中産階級ライフスタイルへの接近でもある。上記の「有房有車」を基礎に冷酷な消費主義の洗礼を浴びることであり、ここに擬似的中流ライフの陥穽に直面する事態が待ち受けている。

農村空洞化

 擬似的中流ライフの陥穽とはなにか。その罠の一つが、農村の空洞化=村落共同体の瓦解により、ムラの正常な治理機能、自治機能が低下し、文化公共空間が萎縮することである。自然村が既に空洞化した(「かなりの程度」+「ある程度」)との回答は合計73.8%に及ぶ。

村落空心化的分布特征

 村落空洞化とは常住人口が総戸数の3割未満と定義されるが、そこにあっては多くの農家世帯で老世代は既に世を去ってしまっていたり、主たる労働力が出稼ぎに、子弟は就学のため外地に赴き、春節その他緊急時に戻るのみという情況を呈している。こうした情況にあっては、村落社会が既に解体していることから、人としての社会的欲求維持のための正常な人情往来も消失、村ガバナンスも社会的基礎を欠くという問題に直面する。当然、農業生産も労働力不足から、水利施設建設等の公共的集団行動も維持困難となっており、村落共同体の運行も既に停頓状態となり、村落の社会規範の維持、再生メカニズムも作動しない。

空心村(常住人口低于30%)的分布情况

 上掲図にみる通り、こうした村落空洞化は中西部地区の黄淮海,江西,闽西,两湖、川渝、贵州および広東、広西の非発達地区が極めて深刻で、東北の高緯度/山岳地区も深刻である。他方、黄淮海地区以外の華北地区、長三角、浙江、福建、広東等の沿海地区では、村落空心化程度は比較的軽度にとどまっている。

 この擬似中流ライフのもう一つの罠が、都市も決して安居楽業の地ではないという点にある。すなわち,農民が都市化するや労働収入がその主要所得源とならざるを得ないが、外地出稼ぎも容易ではなく、非農業就業及び同収入もないとなれば、文字通りの農民の都市化もあり得ない。出身地での就業もままならないとなれば、農民の都市化もニセ都市化でしかないことになる。
 農民が県城に住宅を買ったとしても、そこに長期に居住できるわけでもなく、更に別の大都市に出稼ぎに出ることになることから、県城住宅の空室率は上昇する。県城に住宅を買った農民のうち同県に就業するものはわずか34%にとどまり、残り7割はさらに外地の省市等先進地域に職を求めている。

 已经在县城买房的农民的入住情况

“一家三制”と“陪読”

 この結果、農民家庭の多くが都市常住となるが、その殆どは子弟の小中学校教育を目的とするものである。その結果、老人が農業労働に従事し、若年男子が大都市に出稼ぎ、若い母親が県城で子供の教育をみるという“一家三制”も農村では決して珍しくはない。因みに、本調査によれば、就学先として郷鎮学校が小学校レベルで52.78%、初級中学レベルでも59.89%と殆どの機能を担っている。小学校レベルでは村小学校、県城学校が、初級中学レベルでは県城学校がそれぞれの農村教育ニーズの補充的役割を果たしている。

中小学教育分布情况

 激しい競争主義の受験地獄ともいう現代中国には親が子供の勉学に付き添い、面倒をみるという“陪読”という現象があるが、都市部に出稼ぎに出た農民世帯にとっては故郷に戻っての“陪読”が大きな問題となる。上記の学校分布から類推するならば、小学生の子供を持つ農民家庭ではその子が県城の初中学校に進んだ段階で家長が県城へと出稼ぎに出ることでこの“陪読”を行うという選択となるのではないだろうか。

进城务工人员回乡陪读情况

家庭崩壊危機

離婚


 都市化生活方式そのものが高コストなため、農民家庭に圧力がかかり、動揺が拡がっている。その反映が離婚率の上昇で、国家統計局データによれば、2002年の0.09%から逐年増加し、2019年には0.34%に達し、最新の2022年では若干低下したものの0.2%である。本調査でも、都市回答者の41.83%、農村回答者の32.24%が「周囲に離婚が増えている」と回答していることからも傍証される。

网民反映所在村离婚变动趋势

扶養


 更には、伝統的な中国の老人扶養形態も変化せざるを得ない。本調査では、①子女照顧、②自我照料、③養老機構、④請保姆の4類型をあげ、その選択状況を訊ねているが、都市、農村を問わず、その分布順はほぼ同様で変わらない。だが、子女扶養および自己扶養のウェイトに農村都市差が見出される。すなわち,都市にあって子女扶養が61.56%と主流で自己扶養は18.31%にとどまるのに比して、農村部にあっては子女扶養は50.33%と低く、自己扶養が38.30%と高い数値を示している。

网民反映的老年人养老情况.

生育危機


 このもう一つの反映が少子化であり、それに伴う人口危機の激化である。2023年春節期間に故郷に戻った農民を対象に行った本調査でも「生育願望なし」(24.45%)および「一人っ子でいい」(35.21%)の合計は6割に達している。これは典型的な低生育状態であり、農村社会の人口再生産が危機に瀕していることを示唆している。

家乡年轻人的生育意愿

透支生活


 オンライン金融の流行も「透支」(=当座借越)、つまり借金による中流生活の維持が社会現象となっていることを示す。「自分を含む周囲にネット借り入れしたことがある」という回答は都市部で22.17%、農村部で19.66%に達しており、この回答は決して過小とはいえない。というのも、従来の融資方法と比べ、これらのオンライン融資プラットフォームは無担保であることが多く、高金利で、ヨリ大きな信用リスクに直面することになる。さらに重要なことは、“量入為出”(入るを量りて出るを為す)から「透支生活」へという人々の生活論理の変化を示すものともいえよう。

网民反映的网络借贷情况

彩礼


 とりわけ注目されるのが、日本の結納金にあたる《彩礼》という名の中国古来の婚姻儀礼である。正式な結婚を前に新郎側の家が新婦の家に一定金額の現金を贈る風習だが、本調査によれば、「10万元以内」が都市回答で33.58%、農村回答でも40.29%,「10-20万」ではそれぞれ34.18%、36.15%となっており、近年のその額の高騰は著しい。そもそも彩礼は親世代による新婚家庭への伝統的な補償方式だが、農村地区にあっては都市化に伴う高額化が進むその一方で、子女向けに住宅、クルマ等生活条件が既に供給済みの都市部では彩礼など不要というケースが20.06%と農村に較べ高くなっている。これは都市農村間の差異に加えて世代間差異を反映したものともみられる。

网民反映的家乡彩礼情况

 都市農村間の差異と世代間差異の交叉という点では、先に見た老後扶養の情況に集約されている。農村老人こそ都市型生活の周縁部分に取り残された存在であり、中流生活なぞ到底覚束ない。都市部の老人に較べれば、養老資源に欠けることから自己扶養に頼らざるを得ない。城郷の融合プロセスという文脈においては、居住条件など安定的な農業収入を保証することがカギとなる。

土地使用権


 都市生活のプレッシャーとリスクが土地耕作権に対する態度に見出すことができる。57.49%の回答者が耕地使用権の継続保持を希望しており、有償譲渡を希望するのはわずか21.65%にとどまる。これは“無人種地”として懸念される耕作放棄、棄農問題も実はさして深刻ではないことを意味するが、逆に言えば、土地こそが農民のとって最後の保障となっていることを物語るものでしかない。
 過半の農家世帯が耕地所有権を基本的な生活保障と看做しており、都市化に敗れた際の退路となっている。従って、耕作権の配置も注目されるところとなり、耕地使用権なき新生人口にどう対処すべきかという点につき、45.72%の回答者が耕地使用権は人口変動に基づき調整さるべきと答える一方で、耕地権の変更を望まぬ回答も54.28%となっており、コンセンサスは得られてはいない。土地耕作権政策の第二次展開は慎重さが求められている。

**********************************

まとめ


 中国の現代化の目標が「温飽」(衣食問題の解決)から「小康」(いくらかゆとりのある生活)の実現とされる中、マクロデータによる全国平均で見る限り「小康の初期段階」が達成されたものの、その内部には大きな格差が存在していることはよく知られてはいる。とりわけIT(情報通信技術)の社会実装によるデジタル革命が大きな役割を果たしていることも十分予感される。

 今回の武漢大学中国郷村治理研究センター調査でもそうした事態が明らかになっている。とりわけ、城郷融合による中産ライフの浸透といった望ましい方向も実はジグザグでしか進んでいないことが浮上している。都市、農村を問わぬネット・ショッピングの浸透の一方で、実際の荷物授受を行う「快递点」(宅配便取扱店)の設置が不均衡で必ずしも有効裡に活用されている訳ではない。憧れの都市生活も高コスト、高リスクにして且つ高プレッシャーであり、農民にとって都市も決して安居楽業の地ではない。その最大の背景が“一家三制”と称される農村の空洞化にあり、透支生活に喘ぐ農民とは“小康”ライフ、 デジタル革命の負の側面でしかない。吕德文、龚為綱が「中産ライフの陥穽」と称したのはまさに慧眼である。
                                                                                            [了]





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?