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瀛洲華聲:在日華字紙の一五〇年

 石川啄木とは言わずとも、異郷にあって母国語の響きは懐かしい。特に異国の不慣れな慣習、風俗、文化に戸惑う中、懐かしい母国語でそれらを解説してくれるとあればこれほどありがたいものはない。
 そうした所以だろうか、「在日華字紙」と呼ばれる華僑、華人向けの中国語新聞は、その数、日本全国で50紙以上に上り、東京だけでも大小合わせて約30紙はあるという。今や数十万人を数える中華系コミュニティーの読者に広く親しまれている。

http://pekin-media.jugem.jp/?eid=1788

 在日華字紙が特に集中しているのが東京・池袋界隈で、駅周辺から四川、北京、広州、上海以下、東北料理に至るまでの各種中華レストランはもちろん、中国物産店、旅行代理店、弁護士事務所、美容院、不動産会社、カラオケ店や風俗店までひしめいている。その店先には、さまざまな立場の華字紙が、顧客サービスの一環だろうか、無料配布のフリーペーパーとして山積みされている。

 これら在日華字紙の一五〇年来の歩みを分析しているのが、周佳榮著『瀛洲華聲:日本中文報刊一百五十年史』(三聯書店(香港)、二〇二〇)である。「瀛洲」とは日本の雅称であるが、著者、周佳榮・香港バプテスト大学教授は大阪外国語大学、広島大学にも学んだ東アジア研究者で『近代日本の文化と思想』等多くの日中関係史の著作で知られる。

周佳榮著『瀛洲華聲:日本中文報刊一百五十年史』(三聯書店(香港)、2020)
周佳榮・香港バプテスト大学教授

 同書は清朝末期の赴日留学生、革命青年向けの啓蒙的にして政治色の濃い媒体の創刊から今日の華字紙の再興に至るまでを、日本の香港における《香港日報》等華字メディアの発行とも対比させる形で丹念に分析している。
 一九世紀末から二一世紀初にかけて中国人が日本で発刊した中文報刊は二〇〇種に及ぶともされ、特に清末期では「知識を世界に求む」という明治期日本の時代精神に触発され、梁啓超の《新民叢報》等政治的啓蒙、覚醒を打ち出した中文報刊が中国革命に与えた影響を著者は特筆している。

梁啓超(1873年 - 1929年)

    近年では、中華系コミュニティーにあっても、日本語を母語とする二世、三世層が増加しており、日中語併記の華字紙も増えている。読者層として日本人の中国語学習者も意識されているというが、中国留学生、研修生ほか新華人にとっては住宅、不動産、チケット、求職、結婚斡旋等充実した広告ページが便利な情報ソースとして大きな役割を演じている。

   巻末には日本で創刊された華字紙一覧およびその活動状況が手際よく収録されており、資料的価値も高い。                       [了]


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