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“骚扰电话”ー煽动极端情绪的言论

 環球時報の8月30日付社評は、中国側の対日外交戦略の懊悩の一端を示すものとして実に興味深いものがある。以下、詳細に眺めてみよう。

環球時報:中国共産党中央委員会機関紙『人民日報』傘下のタブロイド紙、『人民日報』姉妹紙

这种形势也提醒我们,眼前的舆论斗争是十分复杂的。中方秉持的是高度负责任的态度,采取的应对措施也是合理、适度的,但现在日方仗着美西方的纵容和包庇,摆明了想借此耍一招“乾坤大挪移”,把污水往中国身上泼。

《環球時報》8月30日

端なくも今回の事態が世論闘争(=心理戦、情報戦)だとの認識が見え隠れする。

情報戦

我们需要更为高超的斗争技巧,坚定地看清楚我们斗争的目的是什么,维护的又是什么。我们始终站在国际道义的制高点上,日本的那些政治伎俩就不会有用武之地。

《環球時報》8月30日

なるが故に、高度の闘争技巧が必要だと認める。
具体的には、

所谓“在华日本人安全问题”本身就是一个伪命题,中方依法保障在华外国人的安全和合法权益的态度是一贯的,况且令中国社会愤慨的是日方强行排海的自私行为,而非针对日本公民。

《環球時報》8月30日

 日本側がいう「在中国の日本人の安全」云々はニセ命題であり、中国社会が憤慨しているのは日本の核汚染水の海洋排出の強行であって、日本公民に対するものではないとする。

軍民二元論

   このラインは、あの「軍民二元論」を想起させる。軍民二元論とは、悪辣なのは日本の軍国主義者たちであって、日本人民は中国人民と同様の被害者であるとして、戦争遂行に責任を有する軍国主義者と無辜の日本人民を峻別するという1950年代以来の伝統ロジック。日本の民衆の加害性に免罪符を与え、その無辜の被害者としての日本人民との所謂「民間友好」運動を支えたのもこの軍民二元論であった。その憎むべき軍国主義者が祀られる靖国神社に国家指導者が参拝するなどけしからん所業、国交正常化段階の約束を反故とするものではないか、と拳を振り上げる靖国問題の中国側立場を強化するものだった。
 この伝で行けば、ALPS処理汚染水に関して、政府と東電が2年前に福島県漁業協同組合連合会に行なった「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」との約束が反故にされたことに抗議する日本側“関係者”への言及はないのは不可思議ではある。
 「二次処理して、基準以下にする」とする東電も、トリチウム以外のセシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素129等の放射性物質がどの程度残留するか、その総量は未だに示されていないことに不安を覚え、日本国内に高まる抗議の声あるいはトリチウムで汚染された水を海に流すのは「やってはいけないこと」、「放出を仮にするにしても、深層に放出すべきだ」といった原子力専門家の主張も視野にはないらしい。
 この「二元論」テクニックを援用するつもりならば、これら日本国内の反対抗議の声をよりショーアップする手法が選択されるのが当然。「岸田政権のやり方がおかしい」といった日本国内の声を大きくとり上げることで、放出の不当性を際立たせ、日本国内の分裂を引き起こすことこそが対日戦略の要諦のハズなのだが…

这件事的本质并不在于中日争端,而是日本干了一件危害全人类的坏事

《環球時報》8月30日

 おそらくその背景は効き過ぎる外交カードをどこまで使うべきか、切れ味への逡巡だろうか。今回の問題は日本の行なった蛮行にあるのであって、日中間のトラブルではないと強調、この《環球時報》社説には、想定以上の日本側からの反発から沈静化に向け、やや引いた感もあり、アクセルを踏み込んだ訳でもないのにスピード上がり過ぎたのでブレーキに足をかけつつあるようにも映る。

日中関係への焦慮

这件事的本质并不在于中日争端,而是日本干了一件危害全人类的坏事,决不能让它通过政治操弄,转移了国际社会的注意力,从而忽略了排海本身的危害性,以及日本方面所应当承担的历史责任。
在30年乃至更长的时间里,我们都要始终明确,这并非中日争斗,而是一场维护海洋生态安全的权益之争。

《環球時報》8月30日

   また、この事件の本質は日中関係の争いとは無縁だと強調することで、日中二国間の争点とはしたくはなさそうな気配が漂う。
 日本が行なっている全人類に対する悪行こそが問題の本質で、放出が30年以上の長期にわたることから、これが日中という二国間の争いごとではなく、海洋の生態安全をめぐる権益の争いであることを終始明確にしなければならないという。政治的な駆け引きによって国際社会の関心をそらし、海への流出そのものの有害性や日本側が負うべき歴史的責任を無視するような日本側のやり口は警戒すべきだとも説き、日本に先導されぬよう、多方面から細心の注意を払う必要があると高度の情報戦闘争テクの重要性を指摘する。

煽动极端情绪?

对于一些在中国社会里煽动极端情绪的言论,我们尤其需要多留个心眼。说得不好听点,东京可能比谁都希望看到日本人在中国遭受攻击的事情发生,“1450”(台湾民进党的水军)、“大翻译运动”以及美西方的反华分子也紧盯着中国,不放过任何一个可乘之机。

《環球時報》8月30日

   しかし、本社論で、最も注目すべきは、「中国社会で極端な感情を煽るような発言には特に注意が必要だ」との記述で、上記のブレーキを実感させるのがこの指摘。86発信の日本向け迷惑電話、化粧品等日本製品不買運動等々、当初想定を上回る規模のネット上の“反日愛国無罪”の高まりと日本側からの大きな反発にあてが外れたのか、それともこの「網民」(=ネット市民)の爆発的エネルギーの噴出に恐れ慄いたのか。
 党・政府自身が「日本に抗議の電話をせよ!」と呼びかけたという直接の経緯はない。アクセルを踏んだ訳でもないにも関わらず、この“骚扰电话”の流行は当局側意図を遥かに上回るものとなったに違いない。これこそ、中国の民衆が秘める大衆的エネルギーの大いさを如実に物語るもの。ならばこそ、この大きな民衆エネルギーを如何に一定の“正しい”方向にチャンネル付け、制御の上、如何に政治活用するかが当局側の最大関心となる。と同時に、若し、この老百姓=民のエネルギーが制御を外れ、あらぬ方向にマグマの如く噴出するといった悪夢を如何にして回避するかが最重要の懸案課題となる。掌中のハズの孫悟空が飛び出すことほど怖いものはない。なぜなら玄奘三蔵法師に襲いかかるかも知れないからだ。

有人怀疑,日方所谓的“安全受威胁”,是否有一些自导自演的因素。在这种背景下,我们特别要注意避免做可能授人以柄或者被人利用的事。

《環球時報》8月30日

 更に言葉を重ね、日本側のいわゆる"安全保障上の脅威"には、自作自演の要素があるのではとの見方もあるが、人に有利になるようなこと、あるいは利用されるようなことをしないようにすることに注意しなければならないとも説く。悪漢たるべき日本が恰も被害者の様相を得て、中国が加害者のような構図が拡がるのは得策ではないとの判断であろう。まさしく高度のテクニックを要する情報戦なのだ。

中国は一つではない:忖度社会の断裂 

肌感覚の核恐怖
 警察庁によれば、福島第一原発で処理水の放出が始まってから28日の正午までに、全国31都府県の警察にあわせて225件、処理水放出に関連して中国からかかってきたとみられる苦情や嫌がらせの電話の相談が寄せられているという。外務省の代表番号にも中国からの嫌がらせ電話が約500件掛かってきているというが、この「迷惑電話」という反日表明スタイルは極めて珍しい。2005年、2010年そして2012年の反日ブーム期にあっても、この「迷惑電話」手法は見られない。往時には各地方の党支部組織が差配した“官製”デモと思しき様相も濃いとの観測も多かった。確かに中国人経営の日本料理店が襲われたり、中国人が運転する日本車が壊されたりという番外の場外乱闘もあったものの、わざわざ電話番号を調べ、日本の、然もフクシマ関連とは思えぬところに、コトバも通じぬまま86発信の国際電話をかけるという事態はなかった。
 では、なぜ今回「迷惑電話」がかくも「流行」したのか?  大きな背景の一つは、“核汚染水”の海洋放出に伴う放射線/核恐怖であり、 領土覇権といった遠い世界のハイポリティクスではなく、まさしく口に入れる食品、肌に触れる化粧品という肌密着の生活感の恐怖がテーマだったからではないだろうか。
 ただ、寿司に代表される日本食等の日本文化は、とりわけ富裕層を中心に中国社会に既に十分しており、安価な(中国)国産品も登場してはいるものの、日本製の家電、化粧品、生活用品の安全性、機能性への信頼感は絶大なものがある。
 その信頼すべき日本が恐怖の対象となるのは、情報不足による無理解と他者のまなざしを斟酌する忖度意識ゆえと結論つけざるを得ない。

一様ならざるまだら分布
 中国社会に蔓延する社会的不満と反日意識が合流し、ネット上に反日行動として噴出し、日本向け抗議電話の頻発はその現れだというもっともらしい解説があるが、これは必ずしも正しいとはいえない。そもそも中国を、そして中国人を一括りにして一つの主語として語ることはあまりに粗暴に過ぎる。

 社会的不満を見ても、就職難、若年層の失業、結婚難、忍び寄る不動産バブルの崩壊、金融危機、老後不安等々不満材料には事欠かず、火種は其処彼処に存在はしているが、実は不満のレベルそのものは一様ではない。明日は固より今日の食すらままならぬ絶対窮乏の命に関わる絶望と勝ち組への羨望に駆動される相対的な不満では衝撃力が異なる。
 こうした所得レベルの分布にほぼ対応するのが情報受発信能力で、そのばらつきから、“反日性”にも差異が生じる。主流メディアから発せられる判断をそのままわがものとせざるを得ない情報弱者の頑迷反日派を反日スペクトルの一方の極とすれば、非主流情報へのアクセスにより当局意図への“信仰”に翳りが生じつつあるものの、当局寄りの言動を選択するポーズ反日派といういわば《変相反日》に至るまでの濃淡がある。後者にあっては、自らの主観判断とは異なるにせよ、反日ポーズこそが最良の自衛策だからである。まさしく他者のまなざしを忖度した自衛反日ともいえる。中国がすべて反日一色にして、14億中国人全員を反日100%と見誤ってはならない。

儲かるビジネスネット
 もう一つのポイントは中国のネット空間のビジネス側面だ。中国のネット世界を国家権力サイドと市民社会の自由な言論をめぐる主戦場と捉えることに大きな誤りはない。だが、それ以上に、同空間にはビジネスの影も色濃い。日本にあって、小学生のなりたい人気職業のトップが3年連続で「YouTuber」(ベネッセ・ホールディングス、2022年)という調査結果にうかがわれるように、ネットは自己顕示の格好の場にしてユーチューバーは儲かる仕事でもある。中国にあっても、フォロワー数の多寡、リツイートの拡がり如何は広告収入の大小に直結し、数千万規模のフォロワー数を誇るインフルエンサーなぞ高額所得者なのだ。となれば、その書き込み内容は平板なものにとどまってはならない。衝撃的であればあるほど、反響は大きい。当局の政策ラインに沿いつつ、それを先取りしたヨリ積極的な書き込みならば、削除の憂き目に遭うことはなく、刺戟的であればあるほど手取り広告収入は増える。一般の網民(=ネット市民)にとっても、この刺戟的発信をそのままリツイ、拡散することが、よき中国公民たることの証明であり、ネット空間のみならずとも、リアル社会にあってもそうした反日言動に与することが安上がりの自衛策となっている。例えば、日本への国際電話の掛け方を教える動画をアップしたり、新宿のおでん屋の「中国人へ、当店の食材はすべて福島県産です」との貼り紙にこれぞ中国への岐視(=偏見差別)だと110番通報し、日本側警官に厳重抗議する場面を誇らしげに投稿するブロガーもいた。いつも通り、時間がきたのでが、海産物に店員が割引シールを貼る日本のスーパーの場面を捉え、日本の消費者も魚を買わなくなっていることの証左だとするトンデモ誤情報を垂れ流すブログすらあった。

 「空気を読む」とはかつて日本を描くキーワードであったが、今やビッグブラザーに繋がりかねない周囲のまなざしへの十分な忖度こそ中国社会を生き抜くサバイバルなのだ。

「日本原産の水産品は一切取り扱わない」宣言

拳を下げる時?

 この《環球時報》社説以来、日本向け86発の「抗議電話」は目に見えて減っている。ビッグブラザーのまなざしの変化を敏感に嗅ぎ取った網民のもう一つの自衛策を示すものといえよう。
 だが、ブレーキ色もうかがわれるものの、日本原産の水産物・同加工品の全面禁輸という中国が大きく振り上げた拳を下げる気配はない。寧ろ、降ろしようがなくなっていると言うべきか。日本側が海洋放出を止めるその時には、わが正論の勝利とばかりに勇んでその拳を下すとしても、日本側にその可能性は殆どない。残る唯一の可能性は、全面禁輸という政策選択が必ずしも中国自身の国益に直結しないと判断される時だが、果たしてそうした真っ当な判断が権力トップにまで浸透し、政策変更という勇断に至り得るだろうか。
 そもそも今日の中国の政策展開には相矛盾する方向のベクトルの異なるものが同時に存在している。海外からの観光客誘致による旅遊産業の振興をと訴える一方で、中国行を逡巡させるに十分な改正反間諜法の施行なぞその典型例といえる。どこにレッドラインがあるのか、不明にしてすべて中国側公安部門の恣意によるとあれば、観光客とていつ何時外国スパイとして拘束されかねない。資本、技術等日本との関係強化をと訴える一方での今回の日本産水産品の全面禁輸もベクトルの異なる矛盾した政策の同時存在ケースだ。この点からしても、中国は一つではない。相異なる国益像に従い、ベクトルの異なる政策志向に基づき、それぞれの部門利益あるいはそれぞれのイデオロギーに拠り、それぞれの政策を展開しているに過ぎないようにも映る。強大な権力基盤を築き、あらゆる側面の指導にあたるのが最高権力者、習近平の独裁だったのではないか。なにやら虚像にように見える。
 一方、日本側が東面の打開策の一案としてチラつかせ始めたWTO提訴も勝訴を勝ち取ることは必ずしも容易ではない。韓国による福島等8県産水産物の輸入禁止は不当として提訴したものの、最終審としてのWTO上級委員会は、韓国の輸入禁止措置を不当とした一審の紛争処理小委員会(パネル)判断を破棄、日本は逆転敗訴。況してや、このプロセスは長期を要する(この韓国事例では、2015年提訴から2019年敗訴まで4年!)ことから、眼前に屹立する当面の課題への解決策としては直接効果に欠ける。

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 節目意識の強い中国にとって、9月は重大な季節である。1931年の満州事変の発端となった柳条湖事件が発生したのが9月18日、中国では数多い(!)「国恥記念日」でも《918》はとりわけ重要な日付だ。のみならず、尖閣諸島を日本国政府が20億5,000万円で購入したのも2012年の9月11日…9月はなにかと日本を意識せざるを得ない月なのだ。この意味で、注目された「記念中国人民抗日戦争暨世界反法西斯戦争勝利78周年」の9月3日は「低調」にとどまった模様だが、安心はできない。ASEAN(5日)、G20首脳会合(9、10日)その他国際会議場面も予定されており、今月は、中国の動きから目が離せそうもない。
                                   [了]




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