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市川雷蔵『弁天小僧』(1958年公開)

映画『弁天小僧』は、歌舞伎『弁天娘女男白浪(白浪五人男)』にとても近い筋になっている。

雷蔵の弁天小僧は、顔はいいがとにかく若さゆえのヤンチャ、きかん気の強さがよく表現されている。

手篭めにしようとしたお半が、「母さま…」と涙ながらに呟くのを聞いて、ハッと胸をつかれて弁天小僧は体を引く。

若く冷たく喧嘩っ早いオオカミのような彼に、さっと人間味がさす瞬間がいい。
それ以降はお半を邪険にできず、盗人稼業の身の上では彼女に釣り合わないと思いながら、つい親しく接してしまう姿もいい。

立ち廻りはモサモサして面白くないが、口跡のよさは全体で際立つ。

歌舞伎で弁天小僧の見せ場といえば、浜松屋店先の場。
旗本の息女のフリをして、振袖姿で店を訪れる名場面。映画にも登場する。

浜松屋店先。「なんでわたしが、男とはエ」

さすが市川雷蔵。

顔貌の美しさだけでなく、着物の裾捌きなど、歌舞伎役者ならではの形の良さがある。
お嬢様から盗人への見顕しも、声の変化が見事だ。
「知らざァ言って 聞かせやしょう」から先の名セリフが映画には無いのが残念だ。

代わりというのではないが、浜松屋の場面について、雷蔵が歌舞伎台本の冒頭を読み上げるように、屋体や設定を口にする。
貴重な感じがして、わたしは好きだ。

この映画には、勝新太郎も遠山左衛門尉役で出演している。
高い鼻梁にまつ毛の濃く長い翳が落ちて、爽やかな口跡の捌き役。
堀端で弁天小僧と釣りをするあたりは、スケールのある芝居で印象に残る。

大筋は歌舞伎をなぞりつつ、映画は、弁天小僧を盗人と知りながら慕う町娘のお半との実らぬ恋が加えられている。

切ない結末を、雷蔵の若さと美しさ、歌舞伎っぽさで見せる映画だった。

浜松屋の場面。「知らざァ言って・・・」もうちょっと聞きたい。


市川雷蔵は、姿もいいが、とにかく口跡がいい。
ツヤのある声に、独特の柔らかな、口の中に少しこもったようなセリフ回し。

時代劇映画の若衆でも、大店の若旦那でも、殺し屋でも、あるいは『炎上』のような文芸作品でも。

雷蔵の声とセリフ回しを聞くと、それがどんな役であれ、ああ放っておけない、という気持ちになる。

映画『弁天小僧』も、歌舞伎をベースにしたという点だけでなく、魔力のような雷蔵の魅力が味わえる。

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