『星合世十三團 成田千本桜』 歌舞伎座7月 昼の部
歌舞伎座へ行くとき、7月8月はワクワクお祭り気分。
7月昼の部の『星合世十三團』も、スピード感と仕掛けを楽しみながら、知盛、権太、狐忠信といった『義経千本桜』の有名場面に興味が湧く。お得だ。
全体について細かく感想を書くと長くなるので、前半は知盛、後半は狐忠信に絞りたい。…と言いつつ、4,000文字近くあります。
序幕
福原湊の場、堀川御所の場、伏見稲荷の場
のっけから早替り全開。
覚範を殺してなりかわる教経、烏帽子に萌黄色の衣裳も美しい維盛、銀平(実は知盛)。
吹替も駆使しながら、どんどん見せる福原湊の場。
次は柿色の裃姿で、口上と、あらすじ説明。
「殺し殺され…(略)出てくるたびに殺されてしまうのですが」。
途中この言葉を何度も思い出して可笑しくなる。
堀川御所の場では藤原朝方、卿の君、川越太郎いずれも團十郎。
悪役の藤原朝方から早替りのため、卿の君の目元がクールなのは仕方ない。
『義経千本桜』では、知盛たちの首が偽物だったことも詮議の中にあるが、今回は謀反のつもりがないなら卿の君の首を差し出せという話に絞ってある。
首を落とす側(川越太郎)と落とされる側(卿の君)どちらも團十郎。
どうやるのか?
首を落とすときは、卿の君が吹替なので客席に背中を向けている。
なんと川越太郎(團十郎)が、卿の君を向こう正面から斬った。
あまり見ない光景だ。真っ向から首を刎ねられるなんて、卿の君、怖かったろうなぁ…。
義経が中村梅玉、静御前が中村雀右衛門。美しい組み合わせ。
静御前は長刀を持ったり動きが多いのだが、どの仕草も若々しく品がある。
伏見稲荷の場は藤太と軍兵のやりとりもなく、あっさりしている。駆けつけた忠信(團十郎)と藤太の花道七三が良かった。
渡海屋の場、渡海屋奥座敷の場
奥座敷まで、お安(実は安徳天皇)は出てこない。
市川右團次が相模五郎。銀平に刀を曲げられ追い払われてから、すぐに引っ込みになる。せっかくの右團次だから、《魚づくし》を聞きたい気持ちもあった。
花道七三では、情けなく帰っていくところからふっと表情を引き締めて、これが計画のうちであることを見せる。
團十郎の渡海屋銀平は、心地よい大きさだ。
下駄が高いから大きいのかと思ったが、脱いでも大きさが変わらなかった。
夜中には雨も上がるだろうとの銀平の言葉を受け、船へ向かう義経(梅玉)一行。
見送るお柳(実は典侍の局)は中村魁春。
花道七三で、義経が渡海屋をふっと気にする仕草があり、正体を見抜いているのを感じさせる。
義経は笠を手でかかげて歩いていく。この形、梅玉には確かに、雨を感じた。
この部分以外も、梅玉、雀右衛門、魁春が重要ポイントをきっちり観せてくれるのは嬉しい。
渡海屋、上手の障子が開くと、白い装束に身を包んだ知盛(團十郎)がいる。
迎えにきた相模五郎たちと共に、いざ義経を討ち取らんと追いかけていく。
花道を駆け込んでいく知盛の表情が、良い。
好機に胸踊り血が沸き立つ感じと、生きて怨霊を演じるという策がいよいよ知盛の魂を恨み怒りに凝り固まらせて、ヒトならぬものに変えてゆく怖さがあった。
奥座敷は、『義経千本桜』にある相模五郎による戦況報告と、障子を開けて海の様子を見るくだりはカット。障子はすでに開け放たれて海上に灯りもない。
入江丹蔵(團十郎)が花道からよろめきつつやってきて、味方は全滅、知盛も姿が見えないと告げる。典侍の局(魁春)に覚悟を促すと、彼は自分の身体もろとも敵を突き刺して海へ飛び込む。
官女は次々と海へ。梅の局が市川笑野で、泣きの芝居が良い。
展開が慌ただしいので、典侍の局が「いかに八大龍王…」をがっつり見せるのは大変そうだが、このあたりはさすが魁春。
黒衣さんの補助を受けつつ、安徳帝をしっかり抱き上げているのもすごい。
義経の家臣が駆けつけて、安徳天皇は源氏の手に。
波の幕が降り落とされ、典侍の局自害の場面は無し。
大物浦の場
だいたい12:20から。
花道から現れた知盛。
喉の渇きを、身体に刺さった矢を引き抜いて、滴る血で潤すという壮絶ぶり。
肉体はとうに限界を超えていて、義経を討つという一念だけで動いている。
漂う独特の狂気と、恐ろしいほどの美しさは團十郎の魅力の一つだと思う。
大収穫だったのが、安徳帝の「(略)…仇に思うな知盛」。
歌舞伎の子役の、甲高い一本調子のセリフ回しの絶大な効果を感じた。
写実を離れたところに顕れる、神事的、祝詞的な響きというのか。
知盛は安徳帝の伯父で、渡海屋では親子ということにして暮らしてきた。
ところがこのセリフは、安徳帝が81代の帝であり、天皇は神の子孫であるという、次元の異なる現実を突き付ける。
ここを受ける團十郎の知盛の、見開かれた目。
夢から徐々に醒めて、残酷な現実が姿を現す。
平家の栄華をつなぐ糸がついに、ふっつりと切れて。
帝という並ぶもののない光が、目の前ではっきりと他へ移って、自分たちの築いたすべてが消えて風に散っていく。それを見ている瞳。
驚きと、絶望と、優しさと、不思議な安らぎと…さまざまなものがゆっくりと混ざって溶け合う。
知盛の瞳は、わたしの貧弱な語彙では表現できないほど辛く哀しく、同時にどうしようもなく美しかった。
碇綱を巻きつけ、碇に引っ張られて海へ落ちるところは、宙にとどまる姿勢の美しさに驚いた。
知盛を呑み込む、岩にぶち当たって砕ける波音が聞こえるようだったし、ほどけた髪が八方へ広がり、足裏を見せて落ちていく様がいつまでも目に残った。
知盛から時間をあけず弁慶への早替りになる。
弁慶は知盛の魂に寄り添うように法螺貝を鳴らす。
続いて、知盛の宙乗り。知盛の宙乗りというのは初めて観た。
暗い中で、官女たちは灯りを手に踊り、客席にも差金の先にホタルの光がついたような灯りが舞う(黒衣さんたちが持っている)。
星の瞬く宙を歩いていく知盛の姿は美しいけれども…。
正直な感想を言えば、知盛はあんなに劇的に海へ沈んだのだから、わたしはあれで充分だった。
碇知盛が本当に面白かったゆえに、この宙乗りは逆に余韻を壊すというか、もったいなく感じた。
二幕目
椎の木の場、小金吾討死
13役するには、こうなるよねというところ。
椎の木の場。
荷物を取り違えたと権太が因縁をつける相手は、小金吾でなく中村芝のぶが演じる腰元になっている。
小金吾討死。
小金吾は前髪の若者だけれど、あまり顔を白くしない。権太や弥左衛門と替わる都合だと思う。
小金吾から弥左衛門への早替りに気づかず、驚いた(悔)。
すし屋
いがみの権太。
「おっかさん」という入り口からの呼びかけの声に滲む甘えと侮りだったり、維盛の妻子の身代わりにした自分の家族を見送る涙目だったり。
悪党の顔と、家族の顔とが交錯するのを面白く見た。
いがみの権太は、型もいろいろある様子。
今回は、早替りを含めて全体を楽しむ気持ちで観ていたので予習も足りず、細かい部分は追いきれなかったが、面白い場面であることはよくわかった。
数を見るほど面白くなると思うので、次回以降を楽しみにしたい。
中村莟玉がお里。維盛を寝床へ誘う蓮っ葉よりも、可愛らしさ健気さが全面という印象だったけれど、若葉の内侍(大谷廣松)との対比が良かった。
大詰
川連法眼館、同 奥庭の場
小忌衣の義経、正義の役っぽい忠信(團十郎。これはヒト忠信)。
再び世界が武士に移る。
狐忠信の登場は、花道の揚幕がシャランと鳴って、「出があるよッ」の掛け声。
騙されるか、どうしようか、迷って固まってるうちに過ぎてしまう…毎回。
ここまで早替りの連続で、そうとう体力を使っているだろうに、團十郎の狐忠信は可愛らしく俊敏だ。
甲高くも柔らかい狐言葉を聴いていたら、3代目猿之助を思い出して懐かしくなる。
義経から鼓をもらい、嬉しそうに両親と話す、團十郎の狐忠信。小さく頷き、皮に頬をすり寄せる様子に、子狐の喜びが溢れる。
一階から見ていると宙乗りはあっという間に遠ざかってしまうのだが、ここは本当に、狐の跳躍というか、全身で喜ぶ狐忠信を考えれば、宙乗りという表現はしっくりくる。
最後に奥庭できっちりと、忠信(ヒト)が教経を討って兄の仇を取るところまで物語は続く。
そしてスクリーンが降りてきて、13役の映像でストーリーの振り返りになる。
映像は長さもちょうどよく、しかも最初の藤原朝方と、途中の知盛がバケモノすぎて、すごくいい(個人の感想です)。
映像が終わってスクリーンが上がると、ドサーッっと桜の花吹雪が舞台に落ちてくる。「成田千本桜」だからね。
裃姿の團十郎によって「本日はこれぎり」となり、客席にも桜吹雪が降って、幕。
最後に
過去、團十郎の芝居に、有り余る力でおかしなところをぶち破りそうな怖さを感じた時期があった。それで一時期、敬遠していた。
いま、團十郎の千本桜を楽しみに足を運べる日が来て、嬉しい。
早替りも宙乗りもスクリーンの映像も良かったが、知盛、権太、狐忠信ってこんなに面白いのかとあらためて感じ、じっくり観たい、と思えたことも嬉しかった。
二十数年前、やはり7月に3代目猿之助(のち2代目猿翁)の『慙紅葉汗顔見勢』(伊達の十役)を観た。
歌舞伎を見始めたばかりでも楽しめて、もっと分かりたいと思う。7月と8月の歌舞伎座は、わたしにとってそういう場所だった。
『星合世十三團』は、それを思い出させ、再びわたしに「もっと分かりたい」をくれたと感じている。