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【ちょっと予習】歌舞伎『伽羅先代萩』

『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』、通称《先代萩》。
1660年の奥州仙台藩伊達家で起きたお家騒動を題材にしたもの。
歌舞伎と浄瑠璃の演目では《伊達騒動もの》という分類で呼ばれるほど、これを題材にした多くの作品がある。

タイトルにキャラ(伽羅)の字が入っているのは、伊達の殿様が香木の伽羅の下駄を履いていたからだそう。
先代萩という部分については、仙台の萩大尽にちなんだ、という説、忠臣片倉小十郎が先君の愛した花を先代萩と名付けて庭に植えたから、といった説がある。(*1)


作者と構成

『伽羅先代萩』の初演は安永6年(1777)、作者は奈河亀輔(ながわかめすけ)。
人形浄瑠璃でも同名の台本が上演されている(1785年)ほか、桜田治助の『伊達競阿国戯場(だてくらべおくにかぶき)』(1778年)など、多くの台本が存在している。

現在よく上演される場面は、歌舞伎と浄瑠璃の脚本で構成されている。

花水橋…桜田治助の歌舞伎脚本
竹の間、御殿…浄瑠璃本
床下…桜田治助の歌舞伎脚本
対決、刃傷…幕末の実録風な台本

《乳人政岡》というと、猿之助十八番のひとつ『伊達の十役』も頭に浮かぶ。
これは昭和54年に明治座で初演されたもの。
1815年に7代目團十郎が、『慙紅葉汗顔見勢』で伊達騒動に登場する十役を早替わりで演じたという記録があるも、当時の台本は残っておらず、奈河彰輔が創作したものだそうだ。(*2)

一行あらすじ

忠義の乳母政岡は、息子千松の死の衝撃に耐え、お世継ぎの鶴千代を守りきる。

名セリフ、名場面

「お腹がすいても ひもじうない」

千松のセリフ。
御殿の場は、息子の千松と、幼い主君の鶴千代の配役も重要だ。
幼いながら武家として、立派にあろうとする2人の健気さ、可愛らしさが展開の無情さを際立たせ、涙を誘う。

「でかしゃった」

政岡は皆が去ってからようやく、千松の体に縋って泣く。
常から厳しい母だった政岡が、初めて両手を上げて千松を褒めるセリフ。
母からの、めいっぱいの褒め言葉を、千松は生きて聞くことがなかったのが悲しい。

他にも、千松に短剣を突き立てて八汐が言い放つ「何をザワザワと騒がしい」など、御殿の場は記憶に残るセリフが多い。

期待値、みどころ

立ち役は由良之助、女方は政岡が一番難しい、と5代目歌右衛門も語ったという大役。

「御殿」の政岡は愁嘆場まで、格調高く、一貫した忠義の姿で我慢我慢が続く。
猿之助(3代目の頃)、菊五郎、玉三郎でも観た政岡。
充分に芝居に厚みが出てきた菊之助の政岡が楽しみ。

中村雀右衛門が栄御前。
栄御前は高い位にありながら、政岡の行動を勘違いして、筋を意外な展開へ持っていく役。雀右衛門の素直な雰囲気が活きたら面白い気がする。

敵役である八汐は、立役の役者が演じる。今回は中村歌六。声がいいんだよなぁ、この人。
これまで澤村宗十郎(9代目)、片岡仁左衛門などで観てきた八汐。
團十郎の悪役(岩藤とか)が好きなので、團十郎の八汐もいずれ観たい。

そして今回は千松を尾上丑之助(菊之助の息子)、鶴千代を中村種太郎(中村歌昇の息子)がする。
子どもは身体がどんどん成長してしまうので、3年経ったら再現できない組み合わせ。貴重な舞台を堪能したい。

「床下」は荒事の美にあふれる場面。
大胆不敵な妖術使いも登場して、非日常的なストーリーながら直感的に観られる。
荒獅子男之助が市川右團次、仁木弾正が市川團十郎。いい配役だ。
團十郎の悪役を観るのは好きだ。美しく狂気のある役者で、岩藤とか弾正はよく似合う。この世のものでないスケール感を楽しみにしている。

国立劇場のデジタルライブラリに、錦絵があった。

出典、参考書籍

*1…歌舞伎座掌本 秋季号 平成11年
*2…歌舞伎座掌本 夏季号 平成11年

【参考書籍】
歌舞伎名作選 第四巻『伊達競阿国戯場』(創元社)
江戸演劇史(下)(講談社)
カブキ101物語(新書館)
歌舞伎見どころ聞きどころ(淡交社)
歌舞伎事典(2000年)平凡社
江戸語の辞典(講談社学術文庫)

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