東方にわかを12年やってた奴が獣王園を遊んだ話【前編】

初めて『東方紅魔郷』の音楽を聴いた感想は、「何じゃこりゃ?」だった。

無理もない。高校生の筆者が東方Projectと出会ったのは、紅魔郷が発売されてから9年が経過した2011年。最新ゲーム機のBGMに慣れた耳には、時代感を禁じ得ない響きだったのだ。独特のシンセサイザー的な音源、特に「ZUNペット」と呼ばれる、やたら耳につくトランペットの音に、面食らっていた。

東方Projectという名前を知ってはいても、高校生にとっては縁遠いジャンルだった。一般に流通するゲームソフトやライトノベルと違い、同人ゲームは、遥かなる秋葉原まで足を運ばないとお目にかかれない(と思っていた)。地元のTSUTAYAでほぼ全てのサブカルチャーに触れていた16歳として、それは越えがたい壁だった。そして、他のほとんどの同級生にとってもそうだったろう。

しかし、1人はいるものだ。どのクラスにも、「先進的なオタク」が。ほかのオタク生徒が『あの花』や『シュタゲ』の話に花を咲かせる中、その先進オタクだけは毎年コミケに足を運び、同人カルチャーについての造詣も一線を画していた。彼の家にオタクグループで遊びに行った際、目にしたのが大量の東方Project同人誌だった。初めて見る同人誌。初めて向き合う東方。

先進オタクは聡いオタクでもあった。おずおずと東方について尋ねると、早口で唾を吐き散らしながらまくしたて……ることはなく、何冊か関連書籍やCDを貸し付けてくれた。その上で、「pixiv百科事典や資料サイトを見るのが一番早い」と教えを授けてくれた。

そして、筆者は初めて東方音楽を聴くこととなる。確かに独特の風合いに狼狽はした。しかし、同時にどこか、背を向けることのできない引力もあった。

原作の楽曲を覚えようと思った。勉強するとき、常に東方Projectの通しプレイ動画を流し聴きするようになった。曲が切り替わったら、そのステージのボスを調べる。pixiv百科事典でキャラクターの顔と名前を一致させ、さらに資料サイトで台詞を読み込む。それをひたすら繰り返した。勉強はさておき、学習は進んだ。

あまりに作家性の強い世界観や言い回しに、何度も頭を抱えた。しかし、全ての音楽とキャラクターを網羅するまで、やめられなかった。思春期ゆえの執念、まるで読みかけたWikipediaの記事を制覇するまで止まれないときの妄執に似ていた。

高校生はやがて受験期を迎える。擦り切れるほど東方の音楽を聴いた。常に一定の盛り上がりを維持してくれる楽曲群は、勉強の友としてテンションを保つのに最適だ。紅魔郷から、最新作の『東方輝針城』まで、100人近いキャラクターの区別がつくようになった。曲名を誦じられるようになった。やがて幺樂団の歴史にも手を出した。

しかし、それでもなお、筆者と東方Projectを隔てる壁は越えがたく高かった。

実家のパソコンは、Macだったのだ。
所詮は、東方Projectの原作を遊んだことがない「にわか」だった。

受験は終わった。大学へ進学し、遊びが増え、徐々に「作業用BGM」のいらない生活へとシフトしていく。それは、東方音楽との蜜月の終わりを意味していた。

やがて、就職。とうとう仕事用のWindowsを手に入れた。それでも、東方Projectを遊ぶことはなかった。もう心は離れてしまっていたのだ。一方の東方Projectは、勢いを落とすことなくコンスタントに作品をリリース。離れている間にも、知らん曲が、知らんキャラが増えていく。もう追いつけることはないな、と思っていた。

時代は下る。
2023年。
筆者はウキウキだった。
今さらSpotifyを聴き始めたからだ。

いやあ、まさかYouTubeで大量の広告にまみれながら聴くしかなかったアーティストの曲が、こんなに自由に聴けるとはね。DAGamesもTryhardninjaも聴き放題ですわ。とっくにSteamを導入し、インディーゲームにカブれまくっていた筆者は、もっぱら海外のゲーム系アーティストの楽曲を楽しむのにサービスを使っていた。

そんな中、衝撃のニュースを(実は2年遅れで)知ることになる。

東方Projectの原曲が全部Spotifyで聴けるようになってる!?

仕事環境に革命が起きた。もはや、無限に作業ができるも同然だった。聴き損ねていた『東方天空璋』の曲も、『東方鬼形獣』の曲も聴ける。高校時代のノスタルジーとともに、いつ聴いても病みつきになるメロディラインに夢中になった。

いつの間にか新曲も発表されていた。「世界は可愛く出来ている」。爽やかで聴きやすく、しかししっかり耳に残る節回しは、さすがZUNさんだ。これは『東方獣王園』という作品の楽曲らしい。また知らないうちに最新作が出ていたのか? いや、今はまだ体験版しか出ていない。製品版は今年の夏コミで頒布されるのか。来週じゃないか。

そのとき、電撃が走った。
東方音楽に寄せていた生温い郷愁感が、一挙に反転して自分を責めた。刺すような痛み。

12年も東方コンテンツに親しんでおきながら、1回も原作を遊んどらんやんけ!!

震える手でSteamを起動した。
『東方獣王園』の体験版は、秋葉原に行かずとも、ビッグサイトに行かずとも、いま静かに手元にダウンロードされた。

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