見出し画像

bitter


「スピードあるひとは、横を颯爽と、
駆け抜けていくでしょ?

天に昇っていくじゃない。

その感情はさ、昂揚してて俊烈なのかなって
たまにヒリヒリするでしょ。感じるの。

そういえば、あの人最近見ないなぁ。
なんか、ずうっと淀みにいて….愛してたけど、連絡もないわ、どうしてるんでしょうね。」

万理子はコーヒーカップに砂糖とミルクを入れて、ティースプーンでクルクルとかき混ぜながら、ぼんやり話していた。

向かいに座るわたしは、やや俯き加減で話を聞いていた。
足先が冷たい。
目の前に置かれたブラックコーヒーからは、少し湯気が湯気がたちのぼっている。
5月のテラス席、小さな丸いテーブルに突き合わせた二人。

きっと万理子さんには、コーヒーが苦すぎる。
苦い世の中を、自分で甘さを調整して生きている。わたしにはそう見える。

「そうですね、どうしてるんですかね。なんだか、何考えているんだか、わかるんだか、わからないんだか。」

気怠い雰囲気で、道ゆく人を二人で見てみる。


「こうやって、見てる人の中にも、誰かに愛されていることを知らない人もいるんだわ。

愛してるって言わない人もいる。

あ、そうだ、この後少し時間ある?
行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれない?」

「わかりました。おともします。」

ニコリと二人が微笑む。


微笑みの裏の感情が一番好きだ。
微笑みなんて、いい意味でも、悪い意味でもまやかしだ。全てを隠す感情だ。

表情に緞帳をおろしているようなもんだ。


「わたしね、さなちゃんの、ここにいるのに、なぜかいないような雰囲気が好きなの。何考えてるのかわからないって、素敵だと思うよ。」

「そうですか?そんなこと言われたことないです、はじめて。」

少し目を大きく開いて、熱い珈琲をすすった。

自分のことなんて、わからないから。

ただ自分が思うことだけが、時々わかるくらい。


晩春の午後、2人の間には形容し難い独特の落ち着いた雰囲気があった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?