こんな年もあっていい。②

日光への経路はいつも変わらない。
新里街道で鞍掛トンネルをくぐり、ひたすらに一本道。
新鮮味には欠けるが、毎回同じだと自分の調子を測りやすいのが理由だ。
これに関しては「ウチ」も監督も、一致している。

それに、道が同じだとしても感じられるものは毎回違う。
アンダーウェアをすり抜けてくる冷気、身体の軽さ、足の調子。
全てが毎回違うし、だからこそ楽しいと「ウチ」は思う。

日光市までの道中は秋めいて、乾いた空気にかすかに混じる銀杏の匂いだったり枯れ葉を踏むカサカサ音がペダルに集中しているはずの意識に入り込んでくる。
濡れた枯れ葉を踏むのは嫌だが、乾いたモノは気にならない。

二人は快調に走り、出発から1時間が経つ頃には大谷川沿いのコンビニに到着した。
「ウチ」は普段のライドではこの時点では補給は食べずにジュースだけ飲むのだが、今回は目に入った豆大福を購入した。

駐車場の片隅に座り込み、買ったものを食べ始める。
監督はプロテイン配合のウエハースとコーヒー、その隣で小さな豆大福をつつく「ウチ」。
柔らかい餅に豆の少し硬めな食感。
食感を楽しむというのはこういう事か。
次いで感じるのはほのかな塩味、そして最後に餡子の甘味。

豆大福など食べ慣れてない「ウチ」には、少し塩見が邪魔に感じたが、餡子の甘みに免じて許そう。
なんて事を考えながら監督の話に耳を傾ける。

空は雲一つない秋晴れ。
ここからでは土手が邪魔で男体山の紅葉具合はまだ見られないが、ここから3分も走ればすぐに見られる。
今年はどんな色をしているだろうか。

車で見に行く時ではこうはいかない。
アクセルを踏んで進む車では、見える景色が違う。
景色の流れるスピード、風の音。
全ての時間が速められあっという間に流れる。
それは、人々が求めて作られた時間圧縮術。
金と油と酸素を消費し、二酸化炭素を排出しながら移動にかかる時間を短縮している。

自転車は、車と比べると移動は遅い。
人力は内燃機関に敵う事はない。
これは誰にでもわかる真理だ。
どれほど自転車の機材が発達しようとも、自動車の代わりになるのかといえば無理だと言うだろう。
もしそれが可能となる世界線があるとしても、「ウチ」が生きている間にはお目にかかれないだろう。

それでも、優れているツールが何よりも人に幸福をもたらすのかと言われると、私は断じて否と提唱したい。
人はいつの時代になっても懐古に惹かれる。
人は未だに歩いて山を登り、山頂の光景を見に行く。
写真だけでは満足はできない。

「ウチ」が自転車に乗るのもそうだ。
車で何度でも行ける場所でも、自転車で行く。
自らの脚でクランクを回し、前へ進む。
そうして得られた景色は、やはり何物にも変えがたい。


こんな考え方に変わったのはいつからだろうか?
「ウチ」がロードバイクに乗り始めた時にはそんなことを考える事はなかった。
そう、始めた頃には自転車で中禅寺湖へ行くなんて考える事すら無かったのだ。
いったいいつから「ウチ」の頭のネジは外れてしまったのか?

っと、そんなことをぼーっと考えていたら、監督は出発の準備を始めていた。
「ウチ」は、急いで豆大福の包み紙をゴミ箱へ投げ入れて、ヘルメットを付け直し始めた。

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