ブラックソード・ストーリー

第十之章 選択

誰よりも早くジュリアの神殿に辿り着かねばならなかった。

そこにトレス・ユネスをコントロールすることの出来るヒントが隠されている。

それを知れば、自分はこの世界の全てを従え、手に入れることも破壊することも出来る。あとはそれを発動することの出来る『黒きラーべ』さえ手に入れれば良い。

気を失ったミザリを腕に抱き、キュエルは神殿へと続く回廊を登っていた。

回廊の頂上にある庭園に辿り着いた時、彼に声をかける者がいた。

「ついに辿り着いたのですね」

普通の剣よりも一回り長く、それを振ることができるだけで尋常ではない剣技を持っていることがうかがえた。

その長剣を持ち、アビラがキュエルの前に立ちはだかっていた。

「お前はデストロスの珠に選ばれるべきではなかった。私はその破壊の珠を憎む。お前がその珠に出会わなければ私とお前がこのような形であいまみえることもなかった」

アビラの表情は少し悲しそうだった。

キュエルは抱いていたミザリをそっと庭園の影に横たえアビラと向き合った。

「あなたはサラム王子についた。彼の養母となった時に私たちはこのようになる運命だったのだ。今更後戻りは出来ぬ。私はこの世界を滅ぼし、新しい私が望む世界に作り変えるのだ。姉上」

「それには、私を倒して行かねばならぬぞ。我が弟よ。私も王宮の血を受け継いでおる。そして受け継いだものはそれだけではない」

アビラは腰の長剣を引き抜いて天にかざした。

「黒きラーべは我とともにあり。今こそ発現せよ、その力で三つの星を繋ぎ止めよ」

長剣とアビラは光に包まれその光は空に浮かぶ二つの月レプラスとデザムを刺し貫いた。それまで激しく揺れていた大地は鎮まり、静けさが戻っていた。

アビラが持つ長剣は黒い光を放っていた。

「トレス・ユネスは来たり。これより滅びを選ぶか!?再生を望むか!?」

「私に敵対するものは全て滅ぼす!」

キュエルが叫ぶとデストロスの炎をアビラに浴びせかけた。しかしアビラを燃やし尽くすかに見えたその炎は彼女が持つ黒剣へと吸い込まれていった。

アビラは間合いを詰め、キュエルへと迫った。キュエルは腰の剣を引き抜き応戦したが、二、三度打ち合っただけでキュエルの剣は折れてしまった。アビラはその隙を逃さずキュエルに向けて太刀を斜めに払った。

グオッ。思わずキュエルが悲鳴を上げた。美しい顔の頬がパックリと開き、血が流れ出した。次の一太刀を防ぐために突き出した左手は手甲ごと切り落とされ、地面に転がった。

「私がお前の野心を止めよう。お前を一人にしてしまった私がお前に止めを刺す。これからは一人にはせぬ」

アビラは歩を進めキュエルにとどめを刺すために近づいた。

キュエルは胸のデストロスの破珠を残った右手で握り締めながら渾身の思いを込めながら呪を唱えた。

庭園に横たえたミザリの胸元からレプドールの命珠が浮かび上がると緑の光を発しながらキュエルの胸元のデストロスの破珠に向かって矢のように飛び、ぶつかった。

デストロスの炎の光とレプドールの緑の光が重なり紫の強い光を発し始めた。

「姉上、まだ決着はついておりませぬ。あなたはラーべの力を使いすぎた。その黒い光は全ての力を吸い取る。あなた自身の力をも。もはやあなたには力は残されておらぬはず」

キュエルはミザリに向けて紫の光の矢を放った。

アビラは力を振り絞って黒剣でそれをうけた。その瞬間高い金属音とともに折れるはずのない黒剣が折れるのをミザリは見た。さらに折れた黒剣の先が回転しながらアビラの胸元に突き刺さっていた。声を上げる間もなく彼女はその場に膝をつくと仰向けに崩れ落ちたのだった。

キュエルは傷つきながらも二つの石の力を手に入れた。よろめきながら神殿に向かって再び歩き始めていた。黒剣が折れると同時に再び地響きが鳴り大地が崩壊しようとしていた。

キュエルが神殿にたどり着き、足を踏み入れるとそこだけが別の空間であるかのように神殿の中は静まりかえっていた。

神殿の祭壇の前に人影があった。

その横にはゼーベルの空挺。

ヒュンテ王とユンヒ妃、そして二人の前にサラムが立っていた。

「キュエルどの、姉君の屍を踏み越えてここへ来られたのか?」

サラムは物言わぬキュエルを睨みつけながら言った。

「アビラは常にあなたのことを忘れたことはない。いずれはあなたと合いまみえなくてはならないことを私に言っていた。あなたに対する愛情が深ければ深いほど、それは逃れることの出来ない自分の運命だと言っていた。アビラはあなたのことを心から大切に思っていたのだ」

「黙れ!」

キュエルが紫に光る石を取り出して呪を唱え始めた。

「サラム様、気をつけなさい。紫に光るあの石は命珠と破珠の両方の力を手に入れた証拠。あなたの円珠だけで太刀打ちできるかどうか…」

キュエルの紫の石から禍々しい光が放たれた。しかしその光はサラムに届くことなく軌道は逸れて背後の神殿の彫像をかすめた。気がつくとサラムの前に小さな黒衣の女性が立っていた。ザリアであった。

その手に二つに折れた黒い長剣の根元とアビラの胸から抜き取った先端とが握られていた。

「兄上よ、我らは双子。私はあなたと同じ力を持っているのです。ともに生きることが出来ぬのならともに滅びるのが我らの定め。アビラ姉様は最後にあなたに伝えるよう私に言ったのです。あなたに『人を愛せよ。人もまたそう捨てたものでもない』と。私を見くびらぬようキュエル兄さん」

ザリアが呪を唱えると庭園で倒れていたミザリから煙のように緑の光がザリアの体内へと吸い込まれた。

「我らが力は我らの中に元々あったもの。力は我らの血を受け継ぐものがトレス・ユネスをきっかけに発現するよう仕掛けられているのです。この力はミザリを守ために彼女の体内に預けておいたもの。私が本来の持ち主。返していただく」

ザリアは彼女の胸の前で印を結びながら呪を唱えた。

「我がレプドールよ我の元に返れ。その力を取り戻すが良い」

キュエルの持っていた紫の珠から緑の光が印を結ぶザリアの手に放たれるとその手の中にレプドールの命珠が現れた。

「私のレプドールの命珠は「再生」を司る力」

祭壇の上に置いた二つの黒い長剣のカケラにその光をかざすと、カケラは一つに繋がり再び黒き光を放ち始めた。

「おのれ、させるか!」

キュエルは右手に持った剣を再生しようとする長剣に向かって投げつけた。しかしその剣は長剣に届く前に霧のように消えてしまった。

「あなたは選択をする権利を失ってしまった。もはやあなたはデストロスの破珠の主人ではなくなってしまったのだ」

ザリアが空を指さした。

「見よ、この大地とあの二つの月が三百年に一度一列に並ぶ時、この太陽に最も近い星は力に耐えきれなくなって破壊される。そのことを知っていた我らの始祖は三つの力「再生の力」「破壊の力」「調和の力」を象徴する三つの聖珠とそれを扱う能力のある人の力が発現するよう仕掛けた。しかしその力が間違った使い方をされた時我々の世界は失われてしまう。キュエル兄さん。あなたは間違ったのだ。だからあなたはこの世界を破壊することも再生することもできない。聖珠はあなたを見限ったのだから」

ザリアが印を解くとキュエルの胸を離れデストロスの破珠が上空に向かって浮き上がった。彼は力尽きたようにその場に崩れ落ちた。

ザリアの胸元のレプドールの命珠も引き寄せられるように宙を舞った。そしてサラムの持つカルファの円珠もまた二つの石に引き寄せられるように浮かび上がった。

「さあ、我らが末弟、サラム王子、あなたが選ぶのです。その意思がこの世界の未来の姿となるのです」

意を決したようにサラムは空を舞う三つの聖珠の下に立った。

彼こそが三つの聖珠の主人として世界の命運を握っていた。


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