ブラックソード・ストーリー

第九之章 対峙

ベーリアスは西のジェリアス、南のエルバニアに並んで称される東のポルデール海に面する商都である。北風が吹き始めるこの季節は船荷の箱が港に積み上げられ活況を呈していなくてはならないはずだが、今はほとんど人影はなかった。

黒騎士エル・ゾデスの隊が南から迫っていると噂が広まっていたからだ。

エル・ゾデスの隊はエルバニヤから北のバルゼに留まっているようだった。

まるで何かを待っているように宿営を続けて1週間が経とうとしていた。

旧エギロンドの首都ジェリアスには所々に黒騎士が立ち、王宮には兵舎が設けられていた。かつての王宮の多くの調度品が取り払われ、王宮だった頃の名残はほとんど残されていなかった。

ガルモス王はエギロンドを征服したのち、居をブリュラスのバビドゥからエギロンドのジェリアスへと変えた。ほとんどの都市機能を持っていたジュリアスの方が国を統治するのに適していると思われたからだ。

しかし、ブリュラスとエギロンド全土を統治するために時折バビドゥに戻って旧宅に入る姿が何度か見受けられた。

ジェリアスの王宮をくまなく捜索してもそれは見つけることが出来なかった。

キュエルは困惑していた。

なぜなら目当ての物のお大きさや形さえも知らなかったからだ。

かつてのエギロンドの王宮の地下で見つけた古文書を解読するのに10年近くの歳月がかかった。最初の数年は自分だけで苦心しながらその古代文字を解読していった。

そこにはさまざまな科学、伝説、三珠の石の存在、古代の文明、トレス・ユネスについて、そしてゾルゲの瞳のこと、「呪」という術の習得の仕方。それらはキュエルを守り、稀代の戦術師へと変貌させた。

今や彼はガルモス王を操り世界を支配できるほどの力を手に入れた。

しかし、トレス・ユネスは近づいている。

「鍵は伝説では『黒きラーべ』ラーべとは鍵、黒鍵とはもしや…」

キュエルと数名の従者がソジール河上流に通りかかった時、高台から見えるゲーラグの村を見ながら彼は従者に言った。

「すまぬが先にバルゼの本体と合流してくれ。少し立ち寄りたい場所がある」

キュエルは一人でバルゼの村へと下って行った。谷に流れるソジール河の源流の近くに小さく粗末な家が建っていた。その脇の木陰から見ているとその家から壮年の男性が出てきた。

養父のパウラスだった。頭の毛はすっかり白くなっていたが壮健そうだった。

記憶が蘇る。母が亡くなった後、エギロンドの使者が訪れた。母は私にその使者についてジェリアスの都に行くように言った。

「あなたのお父様はエギロンドの王ガイナス様なのです。この辺境の村から外に出てあなたの幸せを掴みなさい」と母は言った。

病気の母を置いてゆくなど出来るはずもなかったが、使者は半ば強制的に自分をジェリアスの都へ連れていった。

自分自身が幸せなのかどうかわからない。謀略と多くの人の屍の上に自分は立っている。自分が通ってきた道は「破壊の道」だと思った。

あの地下室で手に入れた石は『デストロスの破珠』。

まさしく全てを破壊する石だった。

石は人を選ぶ。

破珠が自分を選んだのは自分自身が破壊の道を選んでいるからなのだろう。しかしそれは自ら望んで選んだ道ではない。古代の血を受け継ぎ、古代の知識を得て本当はもっと違う道を選ぶこともできたのではないか?

想いを振り切るようにキュエルはバルゼを後にした。

手にはバビドゥで手に入れた『レプドールの命珠』の入った箱を抱えていた。

おそらくベーリアスではまた破壊の王たる自分の運命と対峙しなくてはならない。中立国であったゼーベルの軍がベーリアスに向かって進軍を始めているという情報が入ってきた。そしてアキュナス海峡にも不穏な動きがある。そして『黒きラーべ』の行方ともう一つの石『カルファの円珠』の持ち主。

全ての運命はベーリアスに引き寄せられようとしていた。

少女であった。

若く美しい少女がそこに立っていた。

エル・ゾデスの黒騎士に混じって一人の少女が立っていた。

ゼーベル軍の保有する武器の威力は絶大であった。巨大な蕾のような機械があちこちで開くと太陽の光を集め、やがてその光を空に浮かんだもう一つの蕾に集めた。その空の蕾が開くと花芯から巨大な光の束が雷のように黒騎士の軍に落とされ、一帯の人も大地も全て焼き尽くした。

ゼーベルとサラム王子の軍は勝利を確信したかに見えた。

その光る雷が3度落とされ黒騎士の軍が戦意を失いかけた時、その後方から少女が一人焼けた大地に歩み出たのだった。

黒い軍隊の中で白く優雅なドレスを着た少女はどう見ても不釣り合いだった。

胸元に緑に輝く石を下げていた。

少女は天に両手を差し上げるとつぶやいた。

「レビーネ!戻せ!」

少女の足元の焼け焦げた大地はみるみる緑を取り戻し、さらに、焼け死んだはずの兵士たちは立ち上がり、焦げ付いた鎧は元通りになり再び進軍を始めた。

「あの少女を狙うのだ」

ヒュンテ王が言うと再び機械は開き、光を集めるとその雷を少女の真上に落とした。

少女の姿は炎に囲まれ燃え尽きたように見えたが、炎が消えると焼け焦げた体を起こし、脱皮するように焦げ付いた肌は地面に落ち、瑞々しい少女の姿を取り戻した。

「リグレース!返せ!」

少女が叫ぶと、再び兵士たちは立ち上がり元の姿となって行軍を開始した。

きりがなかった。

黒騎士の兵士たちは何度でも甦り、やがてゼーベル軍へと攻め込み、少数だったゼーベルの軍は後退を余儀なくされた。サラムとヒュンテも黒兵と戦いながらじわじわと後退するしかなかった。

その時、迫る黒騎士の軍隊の後方の兵士たちが大きく乱れ始めた。

ポルデールの海に無数の軍艦が姿を現し、黒騎士の軍へ砲を打ってきたのだった。

「遅くなり申した」

一際大きな軍船に見覚えがあった。

デラスダスの旗艦ガルゼノスの上にアビラと艦長ロイレスの姿があった。

「我らが加勢いたします。サラム王子は我らの船でジョリアへお急ぎを!」

海からの援軍を得てゼーベル軍も息を吹き返した。

兵士を再生し続けていた少女は次第に弱り始めていた。

何度も力を使う間に再生できる範囲が小さくなり、その顔には明らかに疲労の色が見えていた。

後方の黒騎士たちの間を縫うように少女に近づくものがあった。白馬に跨ったブロンドの白騎士、キュエルが姿を現したのだった。

「ミザリよもう良い。下がれ。お前はよくやった。あとは私に任せなさい」

海からキュエルに向けて大砲が放たれたのはその時だった。

キュエルは胸元に手をやり、デストロスの破珠を取り出して呪を唱えた。

「我が石デストロスよ今こそその力を示せ、我が敵を焼き尽くすが良い」

キュエルが海岸近くまで迫ったデラスダスの艦隊を指差すと、石は赤く燃えるように光り、その中から遥か遠くに浮かぶ艦隊に向けて炎の束を噴き出した。

一度に十数隻の船が炎を上げた。乗艦している兵士たちは海に飛び込んで逃げ惑った。

サラム王子がゼーベルの軍から空を飛ぶ空挺に乗り、デラスダスの旗艦ガルゼノスに乗り移った。

「サラムよ現れたな。デストロスの炎に焼かれるが良い」

キュエルはガルゼノスに向けて炎を放った。

「カルファの円珠よ我を守れ」

サラムが言うと円珠から光の球体がガルゼノス全体を包み、炎を弾き返した。

戦況は一進一退の様相を呈していた。

キュエルの炎はゼーベルの機械を破壊し、デラスダスの艦隊にも甚大な被害をもたらしていた。

しかし、問題はお互いの軍同士の交戦だけではないことをそこで戦う者たち全員が知ることになった。

キュエルが空を見上げた。

日が沈み、暮れゆく空に二つの月レプラスとデザムがいつもより濃い黄と赤の光を放っていた。レプラスがデザムの影に隠れようとしていた。

そして彼らが立っている大地も青い光を放ち始めていた。

やがて巨大な地鳴りとともに大地が揺れ、足元の地面が割れ、突然海の水が干上がると水平線の向こうから巨大な壁のように津波が迫ってくるのが見えた。

三つの星が直線に並ぼうとしていた。

「トレス・ユネスが始まったのでございます」

サラムの横でザリアが言った。

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