ブラックソード・ストーリー

第七之章 伝説

「トレス・ユネス?三合の期?」

「そうでございます」

サラムの問いかけにザリアは言った。

それがそう遠くない将来起こると。

それを防ぐために三珠の石が必要だというのだ。

「トレス・ユネスが起こるとどうなるんだ?」

少し困った顔をしてザリアが答える。

「わかりませぬ。この世界の全てが滅びるとも、新しい世界に生まれ変わるとも言われております」

「滅びるのと生まれるのでは全く逆じゃないか」

「あくまでも言い伝えに過ぎませぬ。それを見たものはおりませぬゆえ。しかし既にその前兆は現れております」

ザリアが言うには近頃頻繁に起こる嵐や地震、干ばつはその前兆だと言うのだった。

「大地が限界に来ています。人は繁栄すると大地の気を乱します。それが限界になると大地は人を排除しようとするのです。我々が知らぬ遠い過去からそれは繰り返されてきているのです。人は生き延びるために知恵を使い三珠の石を生み出したと言われています。あるいはその三珠の石こそが大地を破滅させるのかもしれません。今、生きている者でそれを見たものはいないのです」

サラムは胸の石に手を当てた。

「この石が世界を滅ぼすと?」

「わかりませぬ。ただ、その石はあなたにしか扱えぬこと、そしてその石がこの世界の鍵を握っていること。それを数々の伝説が物語っております」

サラムは自分が背負っている運命を恐れ、震えた。

「そしてもう一つ伝説に語り継がれていることがあります。それは三珠の石全てを使うためには『鍵』が必要だと言うこと」

「『鍵』?」

「ただし、それがどんなものかはわかりません。わかっていることはその『鍵』を手に入れたものがこの世界をどのようにでも出来ると言うこと。であれば、私たちが誰よりも早くその『鍵』と三珠の石を手に入れなくてはならぬと言うことです」

「サラム様、私たちはとんでもない使命を帯びているってことですよ」

二人の後ろからアビラが言った。

「少なくともあなたはカルファの円珠をお持ちになっている。残る二つの石、レプドールの命珠とデストロスの破珠がどこにあるのか?元はあなたの母国エギロンドの王宮のどこかにあったはず。今は隣国ブリュラスに支配され容易に王宮には入れない。今の私たちの力だけではブリュラスには対抗できませぬ。まずは私たちに加勢してくれる者たちを説得せねば」

翌日の早朝、岩陰に停泊していた小さな帆船がボルゴ海の危険な外洋に船出したのを見たものはいなかった。

◆ 

黒騎士隊エル・ゾデスがブリュラスに戻ったという話が届けられたのは出発から3年が経過した冬の夜だった。一行を出迎える人々を避けるように皆が寝静まった深夜に帰還の合図であるケミールも鳴らさず静かに城内へと入った。

帰還したエル・ソデスの先頭に白いオヴナにまたがったキュエルの姿があった。

キュエルは二人の従者を従え、王の間へと向かった。

従者は重く頑丈な鉄の箱を両側から抱え、キュエルの後をついて王の間へと入っていった。

玉座にはガルモス王が鋭い眼光をキュエルたちに向けて座っていた。

「お約束通り『ゾルゲの瞳』を持ち帰ってございます」

キュエルはガルモス王の前にひざまづくとうやうやしくこうべを垂れた。

「ほう、かの伝説と言われた『ゾルゲの瞳』とはどのようなものじゃ。伝記にはそれを見たものは自らの未来の姿を知ることになると書かれておるが」

「まこと、これはまさしく王の未来の姿を見せるものにございます」

「そうか、まずはこの目で確かめようぞ、その箱をここへ」

従者たちは箱をガルモス王の前へと置いた。彼は立ち上がると箱の前に立った。

「開けてみよ」

従者たちが箱の鍵を外し、重い蓋を開いた。

「これはどういうことだ?答えよキュエル!」

箱の中には何も入っていなかった。

「申し訳ありませぬ。『ゾルゲの瞳』はその箱には入っておりませぬ」

「お前は確かに『ゾルゲの瞳』を持ち帰ったのか?たばかったな、キュエル」

キュエルはその言葉を聞きながら僅かに笑みを浮かべた。

「いいえ、我が王よ。確かに『ゾルゲの瞳』は持ち帰りましてございます」

「何をいう?どこにも『ゾルゲの瞳』などないではないか?」

「ガルモス王よ、『ゾルゲの瞳』はあなたの目の前にございます」

キュエルはガルモスの前に進み出た。

小さく呪を唱えながら右手の人差し指をガルモスの額に押し当てた。

「何をする!」

「衛兵はおるか!?この男を捕らえよ!」

廊下から待機していた黒騎士が3名なだれ込むように剣を抜きながらガルモスとキュエルの前に進み出た。

しかし、ガルモスが何か言おうとする前に、キュエルの指はズブズブとガルモスの頭の中にめり込んでいった。

「こ、こやつを…」

ガルモスは言い終わることが出来なかった。白目を剥いて天を仰ぐようにその場に崩れ落ちた。

黒騎士は剣を鞘に収め、キュエルの後に控えた。

「もう聞こえてはいまい。それが残念だな。この城で王に仕えてこの日を待ち侘びていたのだから」

倒れたガルモスの背中がぱっくりと割れ、その中からもう一人のガルモスが皮を脱ぎ捨てるように現れた。

「お前はガルモスに代わりこの地を統治するが良い。そして私の手足となるのだ」

そう言ったキュエルの全身が突然小さく砕け散り崩れ落ちた。

ガルモスの姿を手に入れた『ゾルゲの瞳』が黒騎士たちに言った。

「私の体は間も無くここへ戻る。そしてレプドールの命珠は既に手に入れたも同じ」

その声はガルモスのものではなく、キュエルの声であった。

「トレス・ユネスは近い。急がねばなるまい。お前たちに命ずる『カルファの円珠』のありかを探しだせ。我がブリュラスはこれよりジャドル、エルバニアへと攻め入り、そして聖なるジョリアの地を手に入れよ。兵を集めるのだ」

「はっ」

黒騎士たちは小さく答えると、まだ明けやらぬ空の下オヴナにまたがり、闇の中へと駆け出した。

時を同じくしてサラムたちを乗せた帆船は強大な島国ドゥーゴの港、ぜラスへと入ろうとしていた。

「あれはドゥーゴの水軍デラスダスの船のようだな」

遙か東のボルゴ海の水平線に突然数隻の船が姿を現そうとしていた。

これまで見たことのない巨大な船が3槽の中型船を従えサラムたちの帆船へと近づいてきた。

見上げるような巨大な戦艦はサラムたちの船と並走を始めた。

その艦首に人影が見えた。

「私はデラスダスの旗艦ガルゼノスの艦長ロイレスである。お前たちは何者か?答えによってはその船沈めねばならん」

戦艦の大砲が一斉に自分たちの船に向けられるのをサラムは見た。

サラムはいくつもの大国を交えた巨大な力に自分たちが巻き込まれていることを感じずにはいられなかった。


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