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次の一手-1

小さなつまずき。
取り返しの効かない失敗。
見誤った甘い見通し。
どうにもならない状況の変化。
八方塞がりの窮地。
そんな時にどうやって次の一手を考えれば良いのだろう?

●覚悟はあるのか?

次の一手にかかる前に必ず聞く。
状況が最悪でもうすでにとても痛いのだけれど、荒療治をすればもっと痛みを伴うかもしれない。
それでもやろうという強い気持ちはあるのか?それを確認するためだ。
怖いのは当の本人の覚悟の程度がとんでもなく低かった時だ。
「覚悟はあります」
聞いた相手の8割はそう言う。
でも、その覚悟はへなちょこでとても覚悟と呼べるものではなかったりする。
もともと彼らは「痛み」をそれほど経験したことがなかったりする。
例えば「深い傷を負ったことがありますか?」と聞いた時に
「生死を彷徨うような傷」なのか、「ただの擦り傷」なのかは本人しか知らない。
だから「覚悟はありますか?」と聞いた時に
その人の気持ちを探る。
まず、逃げ道を作っているかどうかを確認する。
逃げ道を作って身を守れ、と言うことではない。
最初から「逃げ道」を持っている人は覚悟を決めることが出来ないからだ。
ほとんどの場合「背水の陣」で臨んで逃げ道のない人の方が結果を出してやり遂げることができる。

●諦めない

諦めないで引きずって深みにはまる人もいる。
「諦めない」は「諦めきれない」とは違う。ズルズル引きずっているのはやりきっていないからだ。
同じことを何度も続けることは「諦めない」ことではない。
「諦めない」と言うことは「目標を達成することを諦めない」と言う意味だ。
「目標を達成する」方法はいく通りもある。
工夫をして学習をして、時にはやり方を変えて別の角度から「目標」を見てみる。
上手くいかなくても、簡単にやめてしまうのではなく別のやり方で「目標」に近づく。考えることをやめず「目標」に執着心を持って様々な取り組み方をする。
それが「諦めない」と言うことではないだろうか?

●評価される

誰かが見ていて、拍手を送ったり褒めてくれることではない。
誰が見ても高い評価を得ることができる「数字」を上げることだ。
拍手をする人の影には悪口を言う人、嫉妬する人、ネガティブに評価する人が潜んでいる。そう言う人たちを黙らせるには誰が見ても「評価される数字」を出すことだ。敵であっても味方であっても揺るがないような評価される数字があれば、誰の批判も怖くはなくなる。
精神的な評価や道徳心についての評価はその後で良い。もちろんそう言う評価が後々実際の数字に影響を与えることも考慮に入れなくてはならない。だから軽んじてはいけない。それでも「数字の評価」は揺るがない。
「数字」を出せなかった自分を見る人の数は知れているし、場合によっては無視されてしまう。しかし「数字」を出せた自分に対しては多くの人が同意し、注目する。
ただ、彼らの評価を鵜呑みにはしないで、淡々とそのまま努力を続ける方が良い。
「数字」を出している間は人は評価してくれるが、「数字」を出せなくなった途端、人は評価しなくなる。
一番良いのはもちろん「評価」がそのまま「数字」につながって行くことだ。
評価されることで努力をし改善が進んでゆく。
様々な角度から物事を見る力がつけば、どこに問題があって、どこに新しい事業の芽が潜んでいるかを気づくようになる。常に新しい目標を掲げ、一つずつ塗りつぶすように達成してゆけば、いつの間にか「数字」が追いついてくるようになる。
それが「評価され続ける」体質を作ることになる。

●マーケットを理解する

小さなお店から大きくなって行くのには、お店そのものを開業する前にマーケットを理解することが大切だ。
自分たちはどの商圏に対して、そこにいるどの顧客を対象にした事業を行なっているのか?そんなことも知らずに、あるいはそれを決めずに「誰かがどこかで自分たちの商品価値を理解してくれるはず」とタカをくくっているとその事業は失敗する。お店あるいは事業所を開設すると、その場所を動くのは困難になる。
特にお店に関しては商圏の範囲が限られてくる。
限られてくる、と言ったのは多くの場合はお店の周辺の地域が自分たちの商圏になるからだ。
考え方は二通りあって、自分たちのお客様がいる地域を自分たちの商圏であるとして、その商圏を選定して店舗を設営する方法。
もう一つは自分たちのお店の地域の特性やお客様に合わせて商品を開発して販売する方法。
要するに自分たちの業態が先にあって、その業態にマッチする商圏を探す方法と
商圏が先にあって、その商圏の特性に合わせて業態を作り上げる方法の二つの方法があると言うこと。
地域に根付いた商売を周辺の地域住民に提供するのであれば後者が合うだろうし、地域を限定せず、お客様が存在する商圏を探し出してそこに拠点を構えるのであれば前者の方法になるのだろう。
地方の小さなマーケットであれば後者の方法が多く「●●●の町」だとか「〇〇名産」なんて言葉がつくのは後者になる。
いろんな地域のどこに行ってもお店があって、品質も均一で全国展開するのであれば前者のやり方になる。

●マーケットが事業の成否を握る

良く「画期的な商品を開発したので販売したい」と言う事業者がいる。
その場合はその商品が「どのお客様に対して画期的なのか?」を考えれば商圏を決めることができる。
一番良くないのは「とにかく商品を作ったので売りたい」と考える事業者で、その商品には商圏が存在しない場合だ。商圏がないのであれば顧客も存在せず、販売方法も考えることが出来ない。
でも多くの場合「商圏のない商品」はたくさん存在していて、その商品は消えて無くなる。
しかし、「商品」そのものには特徴が無く、機能だけ見ればどこにでも存在する商品なのに、他の商品を押しのけて勝ち続けることがある。
自ら「ノーブランド」と言っている「良品計画」の無印良品がその典型だ。
ノーブランドと言っているが、その商品群はブランドである。
ブランドはある一定のターゲット層のマーケットを取り込む。無印良品は自らのターゲット層を限定し、彼らを理解し共感を呼ぶ様々な広報宣伝、事業形態、訴求方法に特化することでいわゆる無印良品独自のコミュニティマーケットを形作っている。そのマーケットに関しては他の追随を許さない。厳密に情報の方向性を集約させ、ブランドの立ち位置を明確にしている。

●コミュニティマーケットが需要となる

かつては業界内で暗黙の流行の流れを作る取り決めをして、その年ごとに業界全体が同じ方向の商品を大量に製造販売していた。
流行に乗り遅れたメーカーは売り上げを下げ、窮地に追い込まれた。
アジアの一部のマーケットにはいまだに良く似た流れがあるが、情報が世界に画一に分散すると、これまでのように情報を集中させることが難しくなり、
さらに大企業でなくても情報の掲載や拡散が容易になり、業界としての同意を決められず、これまでのような年毎の流行などは作ることが難しくなっている。

自分たちの顧客をこれまで以上に強固に取り込む必要が出てきている。
そのためには「自分たち」が何者であるか?
つまり企業のアイデンティティやパーパスといったものが実像として見えてこなくてはならなくなっている。
これまでそれらを軽んじて企業文化を育ててこれなかった企業はこれから苦戦するに違いない。
どんなに小さな事業体であってもアイデンティティやパーパスを明確に打ち出さなくてはならないし、実際に企業経営の中でそれらの活動を行い、商品の品質や付加価値としてそれらを表現しなくてはならなくなっている。
最初の「次の一手」は企業文化に裏付けられたコミュニティマーケットの創造と言おう。


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