ブラックソード・ストーリー

最終之章 調和

山は緑に溢れ、空はどこまでも青く澄んでいた。

「あんたたち、遠くまで行くんじゃないよ!」

威勢の良い声はいつも仕切り屋をかって出るアリビアだった。

先頭を走っているムラスは服を着たまま目の前の小川に飛び込んでいた。母譲りの黒髪が水に濡れてさらに黒さを増していた。

続けるようにアリズが浅瀬に少しだけ足を浸した。

ウルクは一人で河川敷に座り込んで本を読んでいる。母親のエメーリアスが息子と同じブロンドの髪をなびかせながらウルクの横に座った。

「さっきね、その木の根元で綺麗な青い花を見つけたの。ほら」

ウルクはその花を見ながら何か不思議な感じがして、花をつまみ上げるとそっと本の間に挟んだ。その花をどこかで見たことがあるような気がした。

二人の元にアリズが駆け寄ってきた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんは一緒に水遊びしないの?」

「僕は良いよ。それよりアリビアおばさんに何かおやつを作ってもらおうよ」

ウルクとアリズの双子の兄妹は手を繋いで丘の上のアリビアの家に向かって歩いて行った。大きなベランダではネグラブおじさんが川魚を開いて軒先に吊るして干物を作っていた。

「あんた、大漁じゃないか。今日の夕飯はその干物とトマト、香草で煮込んで皆で鍋にしよう」

皆に遅れてムラスが川から上がってきた。

「ほら、濡れたままでベランダに上がるんじゃないよ」

アリビアはムラスにタオルを投げてよこした。

皆がベランダで寛いでいると、丘の向こうから二人乗りの小さな馬車が近づいて来るのが見えた。

馬車が家の横に止まるとドアが開いて異国から来たであろう若い夫婦が降りてきた。よく似た顔をした夫婦だった。

「こんにちは、今日は天気も良く気持ち良いですね」

皆はその二人の美しさにしばらくみとれていた。

「申し訳ありませんがレプラドールの都へはどの道を行けば良いのでしょう?不慣れな土地で道に迷ってしまって…」

「ああ、その都は…。ありゃ、なんだかど忘れしてしまったねぇ」

アリビアが困った顔をしていると、ムラスが肘で脇をついてきた。

「母さん、ボケちまったのかい。ほら、レプラドールわぁ、ありゃ?僕も忘れちまったぁ」

二人してド忘れしている様子に周りの皆も笑い始めた。

「突然道を聞いてしまって申し訳ありません。私たちも道すがら誰かに聞きながらゆっくり行きます。急ぐ旅ではありません」

「そうだよ、急がなくて良いさ。いつかきっとたどり着くよ」

楽天的なムラスは笑いながら言った。

「それでは私たちも行くとしましょう。いつかまたどこかでお会いできると良いですね」

夫婦は馬車の乗り込んで皆に手を振った。

「またお会いしましょう。次のその時まで」

何か思い出しそうな不思議な気持ちだったが、台所から美味しそうな匂いが漂い始めると、子供たちは我に返ったように家へと戻っていった。

僕たちは家族なんだ。ムラスはそのことを実感しながら食卓へとついた。

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