ブラックソード・ストーリー

第二之章 白騎士

オヴナの蹄の音が硬い石畳に響き渡っていた。白い甲冑をつけた近衛兵が隊列を組んで目の前を通り過ぎてゆく。

ミザリとエグナスの姉弟はヘルエム の丘を抜けてバビドゥの都へと足を踏み入れた。ガイナス通りの両脇には所狭しと屋台が出て国中の珍しい食べ物や雑貨が売られていた。海羊のヒレを焼く香ばしい匂いが辺りに漂い、道に置かれたテーブルには男たちが談笑しながら酒を酌み交わしていた。

通りを抜けると豪邸が並ぶベビリオ参道に抜けた。沿道にはすでに多くの民が詰めかけ、ざわざわとよもやま話に花を咲かせていた。

二人が参道に出ると同時に城門の向こうから高々と花火が打ち上がる音がした。近衛兵はすでに門の左右に並びボエラスの低く荘厳な音が響くと腰の剣を引き抜き高く空に向けて突き上げた。

ギシリと重い音と共に城門がゆっくりと開き始める。するとボエラスに代わってケミールの甲高い音が高らかになり、城門の中で隊列を組んでいた軍の精鋭が歩み始めた。

60名の隊列の後に白いオヴナに乗った一人のサージャケルメが現れると参道で迎える民から一際高い歓声が上がった。

「キュエル様!プラリュース!キュエール!」

キュエルと呼ばれたその人物は白銀の長い髪をなびかせ、女性のように白い肌に整った顔立ち。しかしその唐草のようなホワイトゴールドの装飾が施された甲冑の上からも、その鍛え上げられた肉体をたやすく想像できた。彼は沿道の呼び声に振り向きもせず、背筋を伸ばして真っ直ぐに前を向いていた。

彼の後ろには3頭のオヴナに引かれた馬車が進んできた。馬車が参道の中央にある広場に到着すると、馬車の上の幌が開かれた。その上には浅黒く鋭い目をした壮年の王、気品あるその男の妃、そしてうら若き王女が姿を現した。

「ブリュラス国万歳!」「ガルモス王万歳!」

一斉に民衆は国と王を讃えた。王は馬車から降りると広場の中央に置かれた演台に登り民衆と声を合わせるように叫んだ。

「ブリュラス国万歳〜!」「プラーゴ!ガルモス!」

「我が民たちよ、見よ!これが我が国をエルド海最強の国たらしめた我がガデライの軍兵たちだ!」

その声と共に城門から数万に及ぶ兵士が隊列を組んで現れた。統率のとれた一糸乱れぬ正確さで兵士たちは王の前に隊列を組み広場を埋め尽くした。

「進み出よ。エル・ゾデス」

王の声とともに隊列の後ろから先程の銀髪のキュエルを先頭にその白い甲冑とは対照的な黒塗りの甲冑を着け黒い仮面を着けた一隊が並ぶ兵士の中央に割って入り突っ切るようにして前に進み出た。

「プラーゴ!ガルモス!」

キュエルはそう言って王の前にひざまづいた。

「アグレナスの勇士キュエルよ、そなたに我が暗黒騎士団エル・ソデスの指揮を命じる。これよりエル・ソデスを率いて北のヘルラテスを目指せ。彼の国に眠る「ゾルゲの瞳」を持ち帰れ。それを手に入れた時私は沿周国家全てを支配するであろう」

「はっ!」

キュエルは立ち上がると、エル・ソデスを率いて城門へと歩み出した。

ミザリとエグナス姉弟の前をキュエル率いるエル・ソデス隊がオヴナの蹄の音を響かせながら近づいてゆく。

「ほら、あれがキュエル様よ」

ミザリが指さす方向に銀髪をなびかせた白き騎士キュエルの姿があった。途端に沿道の民衆から歓声がああがる。

「キュエル様〜!プラーゴ!ガルモス !」

キュエルとエル・ソデス隊を一目見ようと沿道に集まった人々が前のめりに押し合い身を乗り出した。

「うわっ!」

思わずエグナスは後から推されて隊列の目の前に飛び出してしまった。

黒塗りの甲冑の兵がすかさず剣を抜き少年の目の前に突き出した。

「小僧!我らは王の勅命を受けたエル・ソデス隊である。無礼を働く者はこの剣で切り裂かれても文句は言えぬ!」

「お待ちください!」

ミザリが兵士とエグナスの間に割って入った。

「ご無礼をおゆるしください!これは私の弟にございます。キュエル様と御隊の姿を一目見んとバビドゥに来たのでございます。このような無礼のないよう弟には良く言って聞かせますゆえ、どうか命だけはお助けください」

黒兵はオヴナから降りると兄弟の前に立ちはだかった。

「我らが出陣を僅かばかりでもケチをつける気か?」

兵士が剣を二人の頭上に高々と振り上げた。

その時、兵の背後から声が聞こえた。

「待ちなさい!」

黒兵が振り返るとそこには眩い白き甲冑を着けたキュエルが立っていた。

「君は大切な我が国の民を傷つけるつもりですか?」

「しかし、キュエル様。これでは示しがつきませぬ」

「示しがつかぬというのなら、私が示しをつけましょう」

キュエルは黒兵の前に立って右手の人差し指を兵士の胸元に向けた。

「な、何をなさいます?キュエル様?」

黒兵は苦しそうにもがいて握りしめていた剣を落としてしまった。

ヴ、ヴゴ、ゴ、ゴア、ア!

言葉にならない声をあげたその者の身体が、不意に地面から離れ空中に持ち上がった。

ヴア〜オオゥン〜

兵士の姿が皆からはひしゃげたように見えた。

腰骨の折れるベキベキという鈍い音とともに彼の身体は歪に折れ曲がると、見えない渦に巻き込まれるようにつぶれて背中からその渦に吸い込まれて見えなくなった。

黒兵の姿が消え去るとキュエルはミザリとエグナスの姉弟の方に向き直った。

一部始終見ていた幼い姉弟は小さな身体を震わせて、恐怖に染まった目をキュエルに向けていた。

「驚かせてしまったね。彼はこの場に似つかわしくなかった。幼な子たちよ申し訳ない。私たちの大切な民を傷つけようとするものは我が兵には相応しくない。お詫びにこれをあげよう」

キュエルは左手を差し伸ばすとエグナスの目の前で何かを摘むような仕草をした。その指先から小さな光が灯るように美しい青い花が現れた。エグナスは戸惑いながらもそれを受け取った。

「幸運を呼ぶべランシュラの花だ。それがきっとそなたたちを守ってくれよう」

キュエルは美しく微笑むと踵を返し白いオヴナに飛び乗った。

観衆から大きな歓声が沸き起こっていた。

「キュエル様万歳!プラーゴ!キュエル」

「おい、見たか!?あれがヴィーオの右手、ラースの左手だ!奇跡の白騎士万歳!」

沿道の民衆から止まることのない大歓声が響き渡っていた。

隊列は何事もなかったように街の外に続く大門に向けて歩みを始めた。やがてギシギシと音を立てながら大門が開くとキュエル率いるエル・ソデス隊は北に向けて姿を消していった。

ミザリとエグナスはその姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていたのだった。

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