100円のパンプス-11最終章
やっさんがくれた紙袋を開けて中を覗き込んだ。
そこに小さな白い靴が入ってた。
そや、白いパンプスや。
そっと袋の中から、私パンプスを取り出した。
きれいな、きれいなパンプスやった。
「弥次郎はな、あのブルーシートのテントの中で、ちょっとずつ材料集めてこのパンプスを作っとたんや。あんたの結婚式に間に合うように必死やった」
私は病室の小さなテーブルの上にパンプスを置いた。
それを見てたらな、なんか目えから涙が溢れてきてな、よう見たいのによう見えへん。
私、そのパンプスを掴んで部屋から飛び出したんや。
「どこ行くんや?」
おっさんの声が私の背中を掴んどったけど振り払って走ったんや。
・・・・・
えらい時間かかってしもた。
私がヒデやんのトラックで病院に戻った時には、もう日が沈みかけとった。
待合の患者さんも看護師さんも目え丸くして私らのこと見とった。
かめへん。
私らはなかなか降りてけえへんエレベーターほっといて階段を駆け上った。
やっさんの病室の前に交番のポリさんやうちの工場の社長やら立っとった。
「お前ら!遅っ」叫びかけておっさんは私らに釘付けになった。
私な、貸衣装屋まで行っとったんや。
安いドレスやけど、これが私の一生に一度のおめかしや。ほら、ヒデやん、肩幅広いからなかなかサイズの合うタキシードなかったんやで。シャツなんかボタンが弾け飛びそうや。日焼けした濃い顔をクシャクシャにして私の横に立ってるんやで。
「ちょっと待ってや」
部屋に入る前に私、大きく息を吸った。
ほんでな、ウチら二人、やっさんのベッドの横に進み出たんや。
やっさんの口元に酸素マスクが付いてた。昼に来た時にはなかったのに。
それでも、やっさんは私のことに気がついて、こっちを見た。
「…お、おうっ。えらいべっぴんさんやな」
小さい声で言いよるんや。
「べっぴんさんなんは私だけやないで」
私、ドレスの裾を両手で思いきりたくし上げた。
「おうっ。履いてくれたんか?」
そや、あの白いパンプスや。
「…、すまんな、そのパンプスな…捨ててあった靴やら鞄やらが材料なんや」
苦笑いしながらやっさんが言うんや。ほんでな、口元の酸素マスク外しよった。
「その…パンプス、材料費たったの100円や。…たったの100円や。すまんなぁ」
私、精一杯の笑顔をやっさんに向けて言うたんや。
「何言うてるんや、これはうちらの家宝や。何より値打ちがあるんや」
やっさんが咳き込んだ。苦しそうな声でまだ何か言おうとしてる。
「…お前ら、幸せになるんや…。さっちゃん、あんたの赤ん坊見たかったなぁ…、この手でその赤ん坊、…抱きたかったなぁ」
そう言うたら、やっさん目え閉じてしもた。
私な、上からやっさんを抱きしめて言うたんや。
「なぁんや、そんなことか。お安い御用や。ほら、感じるやろ。私のお腹におるんや、赤ちゃん。わかるか?」
私は自分のお腹の方を向いてもう一度言うた。
「ほら、これがあんたのおじいちゃんや。よう覚えときや。お父ちゃんも覚えといて、これがあんたの孫や。気いつかへんわけないやろ。お父ちゃん。最初からわかってたで…。ずっとうちのこと見守ってくれてたんやな。ありがとう、お父ちゃん。ほんまにありがとう」
そう言うたらな、お父ちゃん、笑ろたんや。ほんまやで。お父ちゃん笑ろたんや。
(100円のパンプス/完)
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