見出し画像

第19回 お手付きしてどうする!

戦神と言われた武田信玄が冒頭に退場しました。
大久保忠世「戦神とはいえ、病には勝てずか・・・」
そりゃぁ~現代人にも言えることですね。
そして、足利義昭も京都から追放
浅井長政も退場
展開が早い・・・と思いきや弱音を吐く・・・
それもまた、我らが神の君ですかね?

さて、今回はお万の登場であっという間に身ごもる展開
そのことを知った瀬名が怒りMAXで浜松に飛んでくる話でした。

さて、今回は微妙なところで交流分析で見てみたいと思います。
ちょっと、表現が微妙になるかと思いますが・・・

お万が、湯殿に入った時のことです。
1度目
家康「この頃、なんだか気力がでなくての・・・」
お万「あのような大変な戦を生き延びられたのですから、
   無理もない事かと」
家康「これまで幾度となく死にかけたが、なんだかんだ
   生き延びておる。」
お万「それもまた、殿のお力と存じます・」
家康「儂の?」
お万「天は、見てくださっているのです。殿の日頃の行い
   お優しいお心、だから天がお守りになるのだと。」
家康「そんなもんかの?」
お万「万の目には、殿が天人様のように輝いて見えます。」
ここまでの会話は、家康がお万に期待した答を返してくれているように
みえます。
つまり、相補交流です。  

人の気持ちがポジティブに動く時のやりとりではないでしょうか?
共感してもらい、自分が気がつかなかった良いところを褒められると、
ムズ痒い思いを抱きつつも「この人、きらい!」には、
なりにくいかと思います。
家康とお万のやりとりがまさにそうかな?と感じます。
現に家康はお万に惹かれていく自分に気がついています。
2回目の湯殿のシーンでは、お万の顔が近づいてくるとあからさまに
動揺しています。
頭ではわかっている「瀬名の許可なくお手付きしてはいけません」
感情と裏腹な思考だったため、ついお万にも強めに
家康「下がって良い!下がって良い!」と言ってしまったんですよね。
イラつく家康ですが、結果は感情が優先されました。

日常、思考ではわかっているけれど、感情がついてこないことは、
現代人でも多くあるのではないでしょうか?
全てが良いとは言い切ることは出来ませんが、時には自分の感情を
自分に素直に吐いて認めてあげても良いのではないでしょうか?
お手付きはダメですけど・・・

祇園山ハイキングコースからの続き紀行
毎回すみません

紅葉やぐら説明版
紅葉やぐら

腹切りやぐら・東勝寺から歩いて(迷わなければ)5分ぐらいのところにある、紅葉やぐらです。
中は見えませんが、海蔵寺の十六井戸のようになっていると言われています
また、北条得宗家の領地内だったことを考慮すると北条一族のゆかりの方の納骨場だったのではないか?と言われている場所です。

蛭子神社
本殿

駅に向かう途中・・・ほぼ遠回りになるのですが、蛭子神社
鎌倉を回り、鎌倉駅から帰路につく時はここでちょっと休憩します。
なんか好きなのです。
「蛭子」は「ひるこ」と読みます。
いざなぎといざなみの始めての子でしたが、障害を持って生まれたため海に流されてしまいました。
しかし、海でたくましく育ち漂着した地で「えびす」となり、
七福神の一人に数えられています。

これは、素晴らしいお札だと思いました!

今回の鎌倉めぐりは、ここまです。
お付き合い頂きありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?