空しくなんかない

古い住宅の2階のみはるの部屋で、ケンジはみはるを抱きしめた
抱きしめていないとみはるはどこかに飛んで行っちゃいそうだった
みはるも今日こそはケンジを受け止めようとしていた。高校を卒業して一年、ずっと交際していたが、身体の関係はまだなかった
やがてケンジの手が、みはるの小さな胸のふくらみに近づいた時、階下で老女の声がした
「みはるー、居るんだろー、便所に連れて行っておくれよ」
みはるは自分の胸に押し当てているケンジの右手を掴んで「だめよ」と落ち着いた声で言った
ケンジは納得できない。やっとみはると結ばれそうになったのに、ここで止めたら水の泡だ。もう、どうしても我慢できない。そう思いながらも、セックスのことばかり考える自分が嫌でたまらなくなる
いつの間にか涙があふれる
「ゴメンね」
みはるはケンジを振りほどいておばあちゃんのもとに階段を駆け下りていった

ケンジは東京の話をする
明後日、一浪してやっと合格した大学に入学するために上京する
今日と明日しかないのだ
みはるはずっと自宅で過ごしている
シングルマザーの母親はワーキングプア状態だ
麻痺がある祖母の世話がみはるの役割だ
ケンジの話を興味津々に聞き入り、遊びに行きたいと話す
「いつでも遊びに来いよ、案内できるように勉強しておくから」
ケンジは簡単に言うが、みはるは無理だと諦めている

窓辺で空を眺める
「東京ってむこうのほうだよね」
無邪気に笑うみはるのうなじに風がすり抜けて、ケンジはまた欲情してしまう
窓下の道路に黒い軽自動車が止まった
みはるの幼馴染の聖子だ
「なによー、新婚さんみたいだねー」
聖子は二人をいじる。ケンジとみはるは顔を真っ赤にして部屋に引っ込んだ
「うける~」げたげたと下品な聖子の笑い声が響く

みはるの部屋から出てきた二人は当たり前のように聖子の車に乗った
聖子とケンジはほぼ初対面だった
運転しながら「お噂はかねがね」と冗談っぽく聖子が言う
みはるが空気を読んで場を和ませ、ラインの交換を勧めた
駅裏ロータリーで車が止まった
ケンジは車を降りて、みはるをじっと見た
恥ずかしいのか、みはるはケンジの顔を見つめ返すことはできなかった
寂しそうにケンジは駅に消えていった

聖子とみはるはケンジの事を少し話したが、そのあと話題は聖子の悩みになる
このままだと成り行きで付きあっている先輩と結婚するかも知れない
そうなれば自分の人生が容易に想像できてしまう。それは嫌だ
だけど頭が悪いから資格とか取れない。だから今のまま地元のスーパーで働くしかないと力なく話した
「私だって同じだよ、おばあちゃんの世話でなんにも出来ないよ」
「こうやってみはるとしゃべる時だけ、生きてる実感がする」
駅裏ロータリーはいつの間にか街灯で灯されていた
2人は缶コーヒーを飲みながら車の中で長い時間過ごした

ケンジは次の日もみはるの部屋に来たが、今日に限っておばあちゃんが元気
セックスができる雰囲気がみじんもない
何度かキスをして、夕方になって一人でみはるの部屋を出た。
ラインで会話
「俺の事、どう思っている?」
「好きだよ」
「キスしたい」
「さっきしたじゃん」
「もっとちゃんとしたい」
「ちゃんとってどういうキス?」
「ばあちゃんの心配をしないキス」
「バカみたい」
「そうさ、俺、バカみたいなんだ」
「落ち着いてよ」
「落ち着けないよ、出発あしただよ」
「見送りに行く、その時にちゃんとしたキスしてもいいよ」
「もう準備とかしなくちゃ」

ケンジはラインを閉じ、駅まで走った
走りながらみはるのことを思った
俺は本当にみはるを愛しているのか?みはるに何をしてあげられる?
ケンジはまた泣いてしまった。泣きながら走った

聖子が車で通りかかる
車を止めてケンジに声をかけるが、ケンジは涙を見せない様にそっぽをむいた
ケンジは走り出した
聖子はニヤニヤしながらケンジの横を車で並走する
数分でケンジはバカらしくなって聖子の車に乗りこんだ

夕焼けの町が見渡せる丘の上で車を止めた
ケンジが欲望と闘っていることは聖子には良くわかっていた
その純粋さが少し可愛いと思った
会話が途切れた時、聖子のほうからきっかけを作った
2人は感情が爆発するようにはじけ、重なり合った
そしてあっという間に終わった
聖子は無言でケンジの街まで送り、小さく「ゴメン」と言った
ケンジも「ゴメン」と言って車を降りた

翌日、みはるは聖子と駅まできた
2人をみつけたケンジはなんだか憑き物が取れたかのようにさわやかだった

プラットホームでケンジはみはるにやさしいキスをして、3人の笑顔があふれた
「ゴールデンウィークまで、直ぐに会えるさ 聖子ちゃんも」

みはると聖子は帰りの車の中で2か月後のことで盛り上がった
「ケンジが帰ってきた時は、またエッチ担当よろしくね」
「みはるがいいのなら、ぜんぜんOKよ。それより今すぐ抱き合いたい。愛しているよ、みはる」
みはるは顔を火照らせて、聖子の耳たぶを軽くかじってあげた

#2000字のドラマ

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