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優しい声とキムチの味

節分の日、関西に引っ越してきてから、はじめて鶴橋商店街に行った。鶴橋には、もう20年近く前に、当時の恋人に連れられて焼肉に行って以来だ。東京に暮らしていた当時は、鶴橋がコリアンタウンであることもよくわかっていなかった気がする。

JR鶴橋駅の改札を出て、直結している商店街に入る。びっくりするくらい通りが狭くて、戦後の闇市の歴史を感じる。そんな風につながったのは、ちょうど1年くらい前にミン・ジン・リーの『パチンコ』を読んだからだ。

今回、鶴橋商店街に行った理由は、韓国のある料理を食べてみたかったからだが、食べ終わったあと、恵方巻をつくるかわりにキンパを、あとは恋人からのリクエストでキムチを買うことにして、商店街を歩いてみた。

歩いていると、まるで海外の市場のように、お店のお母さんたちから、押し強めの声がかかる。「何探してるの?」「味見する?」「初めて?」。そんな雰囲気であることをあまり想定していなかったこともあって、面白さよりも、億劫さを感じて、狭い通路の左右のお店を眺めながら、足早に一旦アーケードの外まで出る。

外の空気を吸って、一息ついたあと、あのたくさんの店の中から、どこで買って帰ろうか、と思案しながらアーケードに戻ると、お店の人とお客さんが話す、ゆったりとやさしい声が聞こえてきた。

アーケードの出口近く、少しだけ自然光の入る奥行きの狭い小さなお店で、ふたりのお母さんが店番をしていた。ショーケースには小分けになったキムチが300円で売っていて、いくつか種類を買って帰るのには、ちょうどいい。でも、やっぱり、決めては声だった。食べ物を買うのに、声で決めるなんて変だなと、我ながら思ったけれど、まあ、そういうこともある。

そのお店で、キムチをいくつか選んだけど、キンパはやっぱり置いていない。「キンパも買って帰りたいのだけど、どこかおすすめしてもらえるところありますか?」と言うと、一軒のお店を教えてくれた。呼び込みにちょっと疲れている私の気持ちがわかったのか「買うなら、優しい感じのお店がいいものね」と、笑いながら。

節分の夜の食卓に載った、優しいお母さんたちのキムチは、キュウリも大根も白菜も、しっかり野菜を干して漬けている味がして、いい意味で、買ってきた漬物という感じがしなかった。ちょっとひなびた、落ち着く味。お母さんたちのイメージに違わない味だった。

あの鶴橋商店街にあるキムチの味が、全部違うのだと思うと、なんだかちょっとクラクラする。でも、美味しいキムチとそうでないキムチがあるのではなくて、いろいろな味があって、自分の好みの味もあれば、そうでない味もある、って感じなんだろう。そんなイメージが、あのひしめく商店と人々と、たぶん『パチンコ』という物語を読んだことで、浮かんだ。結局、人間がつくるものだし、人間と同じだ。



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