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きょう心にしみた言葉・2023年9月11日

自分の体験はほとんど話してきませんでした。私よりもっと恐ろしくて大変な思いをしている人もいるからです。オスタップさんは、わたしを救ってくれました。それまではずっと思い出しながら心が痛んでいて、戸惑いの中で過ごしていたんです。でも言葉にすることで気持ちが整理されて、苦しみが少し和らいでいきました。私たちは痛みとともに生きていくしかありません。この痛みは、私が生きている証拠。亡くなった人を覚えている証拠です

(ウクライナ・プチャ在住 オレーナ・ステパネンコさん)

2023年5月、軍事侵攻のさなかにウクライナで出版された「戦争語彙集」という本が、NHKのクローズアップ現代(2023年8月23日放送)で取り上げられました。すでに10か国語での翻訳が決まるなど異例の早さで世界に広がっています。編著者は、詩人のオスタップ・スリヴィンスキーさん。彼は、戦時中に詩人として何ができるのかと無力感を抱えていました。しかし、避難者と対話するうちに、改めて言葉に大切さを知りました。

詩人として現実を表現できず無力感を抱えていたオスタップさん。避難者の言葉から多様な戦争の姿に触れることになったといいます。
オスタップ・スリヴィンスキーさんの言葉です。
彼らが必要としていたのは食糧や避難所だけでなく、自分の物語を人に伝えること、会話をすることでした。その物語を記録することが、私の義務のように思えました。それが忘れ去られてしまわないように」


人々の心の声を聞く詩人のオスタップ・スリヴィンスキーさん(右)

そして、戦争によって、言葉の意味が変わっていることに気づいたのです。例えば、虐殺のあったプチャに住んでいたオレーナ・ステパネンコさん「猫」。オレーナさんは、ブチャに猫を置き去りにしたことを後悔していました。

「戦争語彙集」証言者 オレーナ・ステパネンコさん
「毎日あの光景を思い出していました。猫をおいて逃げるべきじゃなかったとか、砲撃の中でも探しに行けばよかったとか、自分を許せませんでした

さらに避難後、町に残った多くの人が殺されたことを知り、「猫」という言葉は自分への怒りや罪悪感と結びついて、ますますオレーナさんを追い詰めました。行き場のなかった思いを表に出して共有するきっかけとなったのが、オスタップさんの聞きとりだったのです。
「言葉にすることで気持ちが整理されて、苦しみが少し和らいでいきました。私たちは痛みとともに生きていくしかありません。この痛みは、私が生きている証拠。亡くなった人を覚えている証拠です」

「戦争語彙集」の編著者のオスタップさん読者との対話の場でも、読者からさまざまな言葉が出てきました。

「まだ1歳半の私の娘が最初に覚えたのは、『空襲警報』と『空襲警報解除』を省略した『ヴォハ』と『ビィー』という言葉でした」

「この本は、私たちの感情や戦争体験を言葉にしてくれました。
言語化してもらえたことで、もう自分の気持ちを奥底に隠しておかなくてもすみます。『戦争語彙集』は、目の前にある現実と向き合っていくきっかけをくれました」

オスタップ・スリヴィンスキーさんは言います。
「すべてが終わったあと、私たちは言葉をもう一度作り直す必要がある。『ろうそく』という言葉が『塹壕(ざんごう)の中を照らす灯』と結びつかないように。『地下室』が再び甘い自家製ジャムや根が顔を出したジャガイモの居場所となるために。私たちは『平和』という言葉を癒やすことができるのだろうか。その中から重武装した占領軍があふれ出てこなくなるまで」

戦争という極限の場でも、言葉は力を発揮するのだということを教えられます。

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