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きょう心にしみた言葉・2023年4月24日

わたくしは年下の子がいじめられるのを見ているしかないことも何度かありました。わたくしのその罪の意識を、わたくし自身がより激しいいじめを受けることで償おうとしていしました。わたくしが生き延びられた一つの理由は、いじめっ子の暴君の宿題をやってやったことでした。とても屈辱的なことでしたが、当時のわたくしには暴君からの恩恵でした。
 もうひとつの理由は、今ふり返って思えば、わたくしがまわりの誰にも暴力をふるったことがなかったことです。それはかろうじてわたくしの誇りを保ちました。わたくしは「文弱」をいっそう強調して、暴力をふるわないのでなく、ふるえないことにしていました。そのことでわたくしへの暴力は増えたかもしれませんが、それに耐えるほうが楽でした。

「いじめのある世界に生きる君たちへ」(中井久夫・著 中央公論新社)

日本を代表する精神科医だった中井久夫さん(1934年-2022年)は、小学生の時、ひどいいじめを受けていました。いじめを受けた心の傷はいつまでも消えません。中井さんは、「いじめのある世界に生きる君たちへ」の中で「阪神・淡路大震災の後、心に傷を負った後でおきるさまざまな症状を勉強するなかで、いじめの体験がふつふつとよみがえったのでした。その体験は当時62歳だったわたくしの中でほとんど風化していませんでした」と書いてします。出版は82歳の時です。いじめがどれほど罪深いかを身をもって語る姿には感動を覚えます。
中井さんは、いじめを精神科医の立場から研究し、「いじめの政治学」という論文にまとめました。いじめを人間奴隷化のプロセスととらえ、それが「孤立化」「無力化」「透明化」という巧妙で息の詰まるような三つの段階をへて完成していくことを論証しました。「いじめのある世界に生きる君たちへ」は、この論文を子ども向けに書き直したものです。
中井さんは、子どもの安全の確保こそが大人の最も重要な責任だと訴えます。「いじめのワナのような構造の、君は犠牲者であることを話して聞かせ、その子がかかえている卑小感や劣等感を軽くしてゆくことが最初の目標でしょう。道徳的な劣等感は不思議なことにいじめられっ子が持ち、いじめっ子のほうは持たないものです」。鋭く、深く、そして、あたたかな言葉が続きます。


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