ピアノと彼 (性癖読解ゲーム)

まずはこのツイートでもお読みください
https://twitter.com/td_coral/status/696687679564427264
○○する人、というよりは、○○な話が好き、という性癖ですかね。

この記事、本当は2年ぐらい前に書いたものなのだけれど、
ずっと恥ずかしくてひた隠しにしていた。
なんだか自分の書いたものに申し訳ないな、と思い、もう一度。もう一度だけ。


ピアノと彼


ピアノを弾く彼が好きだった。
いつもと違う雰囲気をまとい、女性のような細い指先は、しっかりと鍵盤を叩く。
繊細な彼の音楽は、甘美で、耽美で、官能的だった。
うっとりするように甘く囁いたかと思うと、情熱的に奏でる。
彼は大学2年生の春に、彼の父親と母親、そして妹を交通事故で失う。暴走する2tトラックは、一つの家族を破壊するのには容易い。
その後彼は祖母と暮らし、祖母も同居を始めすぐ病に倒れると、彼は天涯孤独となってしまった。
決して貧乏ではなかった彼の家族は、生活に困らないほどの遺産を残し、彼は悲しみから抜けやらぬまま大学にも行かず生家にこもっていた。ただただ、ピアノを弾くだけだった。
私は幼馴染という立場を利用し、彼の家に足しげく通っていた。
ピアノを弾いてる時に話しかけると怒られる。
あとで、と言われる。でも君はずっと弾いている。
私がいても、私がいなくても、ずっと弾いている。何かをなぞるように。追憶するように。追悼と哀悼を、長い長い時間をかけて紡ぎ続けているのだろうか。

6月のある日のこと、いつものように話しかけ、そろそろ怒られるからと止める。
引き上げる去り際に言われる。おなかすいた。しょうがないから私がご飯を作ってやる。
私がいないと何もできないくせに、私のことを邪険に扱いやがって、薄情者め。
料理だけは昔から得意なので、彼を想いながら作る。
結婚したいみたいだなと、少し思う。愛情込めて作りました、愛妻ご飯です、などと考える。バレたらバカにされそう。
ご飯ができたよ、と彼にいう。彼はありがとうと、ピアノを切り上げる。

ようやく彼が席に着く。いつものように食事をする。彼が私に尋ねる。
どうしていつも優しくしてくれるの。好きだから、なんて、口にできない。
幼馴染だから、と答える。料理をしない幼馴染が一人で暮らしてたら不安じゃない?って。どうせ料理もできないですよーって、彼は拗ねる。こういう素直なところがかわいい。
少し間を空けて、でも君は恋人とかいないの?と尋ねてきた。
君が好きだよ、とは言えなくて、いい人がいないから、と答える。
「寂しいやつめ」「君だってそうじゃない」「今はピアノが恋人だから」「だいたい結婚とか興味あるの?」「結婚は興味ある」「じゃぁ、どんな人がタイプなの」「お前みたいに口うるさくなくて、ピアノを弾かせてくれる人かな」「なによそれ、失礼じゃない?」「お前はどうなんだよ」「私?」「うん」
言葉に詰まる。少し、考える。

「あげたものとか、大切にする人かな」君は普段私を大切に扱わないからな。

「へぇ…」「なによその反応」「いや、お前プレゼントとかするんだなーって」「私だってプレゼントぐらいするからね?」「僕はなにももらったことないけど」「ほら、いつも仲良くしてるじゃん?それがプレゼント」
思いが強すぎて、なにをあげればいいかわからないんだよ。本当はあげたいと思ってる。
「じゃぁクリスマスにでもなんかちょうだいよ」「君がくれたらね」

そんな会話をした日からすぐに私は忙しくなってしまい、一ヶ月ぐらいはほとんど彼と話をできなかった。彼のことを考えるもなく、自分の生活に手一杯だった。当然彼の家を訪れることもない。

9月のある日、知らない電話番号から連絡が届く。胸騒ぎを覚えながら電話を取ると知らない人の声。
彼が、緊急搬送されたらしい。たまたま近所の方が、彼の事情を知る方が、外出をしない彼がチャイムを押しても出てこないことを不審に思い、家に立ち入ったところ、倒れている彼を発見したようだ。私はすぐに病院に駆けつけた。
本来は謝絶のところを、隣人の計らいで、私に繋いでくれたようだ。謝絶という言葉は穏やかではない。
病室に入ると、彼は静かに眠っており、久々に見た彼の寝顔は綺麗だった。
彼の担当の医師が私に伝えたのは、彼はもうピアノを弾けないということ、そして入院しなければいけないということ、彼はもう冒されていてそう長くない、ということ。
1週間ぐらいは、涙が枯れるまで泣いた。

入院した彼を見舞いにいく。彼は私が来ると毎回少し嫌そうな顔をした。
彼の病室には本が積まれていて。本なんて読むんだ、と私は口にした覚えがある。
彼は目を閉じて、ピアノはもう弾けないからね、とつぶやいた。ごめんと私は謝る。
わかっていたよ、と嘯く。病が進行していたことを、自分の体にがたが来ていることも、ピアノがいつか弾けなくなるだろう、ことも。
それでも彼は家族と過ごした思い出をあの家でなぞりたかったのだろう。私には計り知れない。
神様は何故、彼のような人に試練を与えるのだろう。

何回目かになるある時、行く前にたまたま四つ葉のクローバーを見つけた私は、幸運のクローバーだ、と思わずつまむ。彼が幸運になったりしないだろうか。
病院に着き、いつものような彼と話しをして、別れ際に幸運のクローバーといって渡す。
でも、私が思っていたのと彼の反応は違った。
「なにが幸運のクローバーだよ!!」
彼が声を荒げる。そんな彼を私は見たことがなかった。
「家族が死んで、一人になって、ピアノも弾けなくなって、これからなにが幸運になれるっていうんだよ!」
「お前はいつも」「そうやって俺を見る」「自分が幸せだから」「同情のつもり?」様々な罵倒を私にぶつける。しまいには、出て行けと言われてしまう。
私はおずおずと席を立つ。彼はささっと帰れと私を追い払う。取り付く島もない。
帰りの電車で私は泣いてしまった。彼はそんな風に思っていたのか。
私が幸運だから、同情をしているように。私がいることが、彼を辛くさせていたのか。
私は最初から、間違っていたのか。
泣いている私を見かねたおばあさんが、私にハンカチを渡してくれた。ごめんなさいといいながら泣き止む努力をする。泣き止む、泣き止もうとする努力はした。
それから、なんとなく行きづらくなって、見舞いに行かなくなって、謝りたかったけれど、謝れなくて、どうしたらいいかわからなくて、それで、それで、私は途方に暮れた。

12月の半ばのある日の昼に、彼の容体が急変した。
医師の連絡を受け取ったが、私はすぐに駆けつけることができず、神様に祈る。
連れて行かないでほしい。せめてまだ待って欲しい。どうか、彼に謝らせて欲しい。
でも、世界は理不尽だ。
夜になって急いで向かう私の携帯に、連絡が入る。病院から。とりたくない電話。
電話を取る。先ほど、息を引き取りました。どうして、どうして。

病院に駆けつける。ひとしきり泣いた。私はまだ、謝っていない。
優しく眠っているような彼を、私は見ていられなかった。
その日のことはよく覚えていない。

数日を経て、落ち着いた私に、彼を看取った看護師が、一通の手紙と小包を渡してくれた。震える手で封筒を開ける。中にはクリスマスのグリーティングカード。そういえばもうクリスマスね。すっかり忘れていた。
彼からの便箋。

ごめんなさい。あの時は本当に追い詰められていました。
色々考えました。四つ葉のクローバーをくれた君は、きっとそんな思いでくれたわけじゃなくて、僕に本当によくなって欲しいと思っていたのだなぁって。当たり前のことだったのにね。
今までありがとう、迷惑をおかけしました。君がいてくれたおかげで絶望から救われたように思う。
ああ言っていたけれども、君が通ってくれることを楽しみにしていた。本当にありがとう。
ある時、幼馴染の君のことを、好きになったことに気付きました。
でも君はどうして優しくしてくれるのと聞いた時に、幼馴染だから、と言っていました。
片想いだなと、まぁでも、家族も、ピアノも失った僕のことをきっと君は好きになってくれないだろうなぁって思ったし。これは僕の中でしまっておこうと思いました。
君のことが好きでした。そんな幼馴染の僕に優しくしてくれてありがとう。君は幸せになってください
クリスマスプレゼントには、君の好きそうな本をみつけたので、それを送ります。少し早いけどメリークリスマス
ps.いつも美味しいご飯でした。君はきっといい花嫁になれるよ。

まるで、自分が悪いみたいなことを書いて、私のことを嫌っていなかったなんて、好きだったなんて。これじゃ、両思いじゃない。涙が溢れるのをこらえる。
ようやく手紙を読み終えて、小包を開く。

彼が選んだ本に挟まっている、青い栞の紐が気になってそのページを開く。

私は声をあげて泣いてしまった。
綺麗に栞にとじられた、あの四つ葉のクローバー。

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