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オーバーシュートという和製英語が生まれた理由

最近、日本のメディアにオーバーシュートという言葉を良く目にします。

コロナ「オーバーシュート」懸念も…専門家会議の無策無力
新型コロナで致死率9.3%のイタリア、オーバーシュートの脅威

元をたどると、日本の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」が3月19日に発表した「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」という資料のようです。

特に、気付かないうちに感染が市中に拡がり、あるときに突然爆発的に患者が急増(オーバーシュート(爆発的患者急増))すると、医療提供体制に過剰な負荷がかかり、それまで行われていた適切な医療が提供できなくなることが懸念されます。

この資料には、オーバーシュート=爆発的患者急増と書かれていますが、米国に暮らす私にとっては、とても違和感のある言葉です。英語のオーバーシュート(overshoot)とは「本来の狙いよりも上に行ってしまうこと」であり、どう見てもここで使うべき言葉ではないのです。

英語のメディアは、主に「exponential(指数関数的)spread」「explosive(爆発的) growth」などの言葉を使っています。

Germany Says Exponential Coronavirus Spread May Be Flattening
Why 'Exponential Growth' Is So Scary For The COVID-19 Coronavirus
Secretive church at center of South Korea's explosive coronavirus outbreak

新型コロナウィルスは、何もコントロールされていないと感染者の数が3日で2倍になると言われっているので、まさにexponential(指数関数的)です。

感染症対策専門家会議がどこからオーバーシュートなる言葉を見つけたのかを探してみたところ、たどり着いたのが「Coronavirus: Professor Whitty warns isolation has 'significant health risks'」という資料です。

On reducing the peak of the infection, he added: "It has an additional advantage, if you let an epidemic run its full course you get what's called overshoot where more people get infected than you would need if it were to run at a lower peak.

先々週のメルマガで「感染率を低くすると、感染者数のピークを減らすだけでなく、総感染者数を減らすことが出来る」と解説しましたが、まさにこの話をしているのです。

本当の意味での収束には、集団としての免疫力(herd immunity)を得る必要があり、そのためには、少なくとも人口の4割程度が感染して免疫力を持つ必要があります(それが「狙い」です)。しかし、感染のスピードをコントロールしないと、それを遥かに超えた、8割の人が感染するまで収束しないのです(これが「オーバーシュート」です)。

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つまり、上の提言を書いた人(たぶん、英語が不得意な文科系の官僚)は、専門家が「集団としての免疫力」の話をしている時に、専門家が「必要以上の人が感染してしまう」という意味で使ったオーバーシュートを、単なる爆発的患者急増の意味だと勘違いして資料に記載してしまい、それがメディアにまで広がってしまったのだと思います。

これ以外にも、本来の意味とは異なる意味の「和製英語」は沢山ありますが、こんな風に「出どころ」がはっきりした和製英語は本当に珍しいので、この言葉が定着して日本語版 Wikipedia に掲載さるようになった時には、是非とも「出所」として追加したいと思います。

この記事は、メルマガ「週刊 Life is beautiful」の3月31日号に記載したものです。メルマガでは、この手の「科学・経済・英語うんちく」を米国に暮らす起業家・エンジニアの視点で語っています。

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