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田舎の方が一人当たりの社会資源量は多くなる

最近も、およそ月に3回くらいは週末をセカンドハウスで過ごしており、子どもたちも夫もまあまあ楽しんでいる。
雨が多いので、コインランドリーで乾かしたり、セカンドハウスから近い(といっても車で15分)図書館で、自習室で勉強するというコンテンツ(?)も増えた。

もともとは、私自身が属している研究支援ゼミの宿題をやるために、7歳の娘を誘って行くようになったのだが、娘は気に入ったらしく「宿題、図書館でやりたい」といって聞かず、なかば無理矢理図書館へ行く日も。まあなにかと宿題を抱えている私には好都合な点も多いが…。
「次はわたしが行くの!」と5歳児が主張し始めるなどお決まりのゴタゴタ、イライラになることもある。

私自身が、外部の図書館で自習、というのをやり始めたのは高校生の大学受験の勉強くらいからなので、ずいぶんませた娘である。

田舎の中には、公共施設、図書館などがやや不釣り合いなほど立派なところも多く、平成の大合併時の交付金なども関係してるのかもしれないが、私たちが行く図書館も随分きれいで、さほど混んでいない。
公共施設の整備費を人口で割ったら、名古屋よりは断然、田舎の方が額は大きいだろう。社会資源を多く割り当てられていることを、田舎に行くと実感する。公園や道路など…。それは国全体での再分配もあって、そうなっている。そう考えると、都会に住むほうが得だという気がする。

なかなか金曜日の夜からはセカンドハウスに行けていない。日もだいぶ長い季節だし、少しでもゆっくり過ごせたら…いや、どうやったって子どもと「ゆっくり」は叶わないのだろうが、まあとりあえず、広いところで過ごしたい。
目下の懸念は、夏をクーラーなしで過ごせるか、である。

写真は、「しちりんてんちょう」を名乗り始めた5歳児↓冷酒も注いでくれる。

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