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ライフセービングが秘める力を見いだし、新しい形を築き上げた丸田重夫先生。 日本初のライフセービング部設立の秘話にせまる。

ライフセーバー名鑑No.6 丸田重夫 先生 プロフィール

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丸田 重夫(まるた しげお) 先生

昭和第一学園高等学校 ライフセービング部 顧問

日本ライフセービング協会 理事 / 学生本部 本部長

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高校部活動としての「ライフセービング」


みなさんは、ある高校に「ライフセービング部」があることはご存知だろうか…。

「ライフセーバーです!」と聞けば、(あぁ、海やプールで監視している人ね。)と何となく想像がつくかもしれない。
しかし、「ライフセービング部です!」と、聞くと(ん??どんな部活だろう??何をやっているのだろう???)と首を傾げる人も多いのではないのだろうか。

昭和第一学園高等学校、成城学園中学校高等学校、日本体育大学荏原高等学校の3校には、サッカー部や吹奏楽部といったメジャーな部活に並んでライフセービング部が存在する。有志の集まりでもなく、同好会でもなく、歴とした「部活動」だ。
実は近年では、この“部活”に入るために、ライフセービング部がある学校への進学を希望する人もいるのである。

高校ライフセービング部の活動

昭和第一学園ライフセービング部としての活動は週4回。普段は、走る練習、筋トレ、市民プールを借りて泳ぐ練習など。


そして1年生ではBLS(心肺蘇生法とAED)とウォーターセーフティ、2年生でベーシックサーフライフセーバーの資格を取得する。


夏休みが始まれば期間限定ではあるが海水浴場の監視活動に携わり、また、近くの小学校に出向いて“水辺の安全教室”も開催している。
そしてもちろん競技会にも出場する。なんだか大学生顔負けの活動内容の濃さだ。

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ライフセービング部を創設した経緯

そんな昭和第一学園のライフセービング部だが、実は日本で初めてライフセービングを部活動にした高校である。
そしてその部活を作られたのが丸田重夫先生である。
日本体育大学ライフセービング部ご出身。


「総勢250人いる部活で250分の1として活動していただけですよ」


とおっしゃっていたが、現日本ライフセービング協会の理事であり、学生本部の本部長、つまりトップも兼ねている。今のライフセービング界にとって、必要不可欠な存在だ。
そんな丸田先生に部活動設立までのお話を伺った。

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大学時代を振り返ると、ライフセービングを通して人として大きく成長できた4年間だったという。

自信を持てることが一つ
他の人には負けないよ、というものが一つ
誰かの役に立てたという経験が一つ

多くの小さな成功体験が丸田先生の強さとやさしさを作り上げていった

そして、ライフセービングは何よりも「命」がテーマである。日常的に命について考える時間があるということは、他のスポーツをやっている学生との圧倒的な違いだった。
また、それも丸田先生を成長させた。

「もしかしてライフセービングは教育においてとても良い効果を発揮するのではないか?周りをみても人としてかっこよく、尊敬できる憧れの先輩ばかりだ。」

もともと教員志望だった丸田先生は、教師という夢を叶えてなんとか学校の中にライフセービングを融合させていくことはできないだろうかと考えていた。

当時の日本体育大学ライフセービング部の監督、小峯力さん(中央大学教授/日本ライフセービング協会前理事長)」が語った

「教育者は水辺の安全やライフセービングをより多くの人に伝えるのに一番の近道である。教育者としてライフセービングを正しく伝えなさい。」

という言葉が今でも胸に鳴り響く。


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念願の教員という職についたが、もちろんすぐに自分の好きなことや、やりたいことができた訳ではない。
「学校の中に、何とかしてライフセービングを取り入れたい。そのためにも、まずは自分自身が信用される人間にならないと。そうしなければ、私、丸田が紹介する「ライフセービング」も信用されなくなってしまう。」

まずは目の前の仕事ときっちりと向き合おう。

約6年、未経験のラグビー部の顧問を務めた。

ある日、授業の中でライフセービングを取り入れている学校の存在を知り、参考にするべく話を聞きに行った。自分の学校では、授業の中こそ厳しいが課外活動はどうだろうか。そんな案が思い浮かんだ。


2004年、一人の男子生徒と出会った。日本赤十字社主催の講習会に定員制限で参加できなかったという男子生徒だった。
参加できなかったことを、とても残念そうにしていたのを見て声をかけた。「実は私、ライフセービングをやっていてね、BLSをお教えすることもできるし、もし興味があったら私に声をかけてね」

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3ヶ月後

その男子生徒が丸田先生を訪ねてきた。
そこでかけてくれた言葉がすべての始まりである。


「ライフセービングをやってみたい。」

週に2回、部活でもなければ、同好会でもなかったが活動を続けた。BLSの練習をしたり、走ってみたり、筋トレをしてみたり…
男子生徒にだんだんと「形にしたい」という想いが募り、まずは同好会になることを目指した。部員が5人集まらないと申請ができない。最初の大きな壁と思われたが、あっさりとクリアした。彼の人望が熱く、すぐに5人集まったのだ。きちんと学校側から認められ晴れて同好会として活動がスタートした。
 長年、あたためてきた想いが一気に形となった瞬間である。


ライフセービングは自然が相手で危険な場面も多い、まだまだ知られていない活動だし、学校にプールもなければ、海も近くない。もちろん器材も何も揃っていない。追い風はなく向かい風ばかりだ。本当に、職員会議で認めてもらえるだろうか…。乗り越えなければならない壁がまた更に分厚く感じた。

“できることに全力を尽くそう。”

その一心でコツコツと前へ進めてきた。
そしてようやく、部活へと承認された。

彼が卒業して3年後だった。

前例がなく、大変なこともたくさんあったけれど作り上げていく楽しさがある。とお話しして下さった。この部が毎年毎年、成長していく姿を一番近くで笑顔で見守られている様子が目に浮かんだ。

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≪部昇格時 寄贈されたボードとともに≫

高校生ライフセーバーに込める想い

ライフセーバー名鑑No.1として取り上げさせてもらった田中綾もこの学校の出身。日本代表選手を輩出しているという輝かしい功績も特筆すべきものである。

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≪JLA前理事長小峯先生と。日本体育大学LSC30周年式典より≫


取材前、筆者の思う「ライフセービング部」のイメージは少し違っていた。
「ライフセービング部とはいえ高校の部活。ライフセービング“スポーツ”がメインの活動なのでは??」

しかし取材の中で、それは偏見だということが分かった。


なんと「普及活動」にも力を入れているという。自校の文化祭や立川市の地域イベントに参加してBLSのデモンストレーションを実施したり、近くの小学校や中学校に出向いて“水辺の安全教室”を開催している。あるときは、小学生を前にして水の中で実際のレスキューデモンストレーションも披露するのだそうだ。

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 特に、水辺の安全教室の運営は高校生だけでやっているというから驚きだ。進め方や、内容なども自分たちで考え、本番当日、丸田先生は遠くからそっと見守るだけ…。毎年、反省事項などは先輩から後輩へと引き継がれ、その年その年でアレンジを加え、更に良いものになるよう工夫を凝らしているそう。
小学生や中学生の興味が湧くように寸劇を加えてみたり、心肺蘇生法のデモンストレーションには見せ方にもこだわる。
「この手技のときは斜めから見てもらう方が良いかな?正面が良いかな??胸骨圧迫の際、実際に押すことはできないけど、押しているように見える角度はどこだろう…??」

ちょっと話を聞いただけでも抜かりなく準備されている様子がうかがえる。本番が近づくと、この準備に部活動のほとんどの時間を使うのだとか。手取り足取り、先生から教えてもらうのではなく、高校生たち自身で自ら進んで考え、積極的に取り組んでいるそう。

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「誰かに伝える」ということは自分の知識として学ぶだけではなく、更に深く自分の中に落とし込む必要がある。そうでなければただのセリフになってしまい、「伝える」ことができないからだ。

高校生がなぜそこまで熱心に取り組めるのか疑問が湧いた。
そんな疑問も、丸田先生の言葉を聞いてスッと解消された。


「実際に砂浜に立って、目の前で溺れている人を助けることもレスキューだけど、

周りの人にライフセービングを知ってもらえるように努力することもレスキューなんだよ。と生徒たちによく伝えています。」


たしかに、救助活動とは実際に目の前で溺れている人を助けることがすべてではない。周りの人にライフセービング活動のことや、自分で自分の身を守る術を伝えることで、いつかそれが役に立ち、その人の命を守ることに繋がるかもしれない。直接的なレスキューではないが、これも立派な“レスキュー”だ。


「高校生のときはまだまだ未熟だったので実際に救助した経験などはありません。そんな私たちだからこそ、絶対に自分一人で助けに行ってはいけないよ。大人を呼ぼうね。と小学生たちに強調して伝えました。」

卒業生の田中綾が当時のことを振り返り、教えてくれた。
経験の浅い高校生にしか伝えられないこと。それを理解した上での普及活動だというので素直に感心してしまった。


指導者というよりもコーディネーター??

「高校の部活として、よくぞ、よくぞ、ライフセービング部を選んでくれた。と、生徒達への敬意の気持ちは創設当時から変わりません。だから、私は必ず入部してきてくれた生徒たちにこう約束するんです。

“絶対に後悔はさせない” と。」

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ライフセービングで得た経験を生かして今後の人生を豊かに生きていってほしい。卒業後も続けてくれたらもちろん嬉しいけど、ライフセービングスピリットは海やプール以外でも活かせること。相手を思いやる気持ちや助け合いの精神。勇気をだして、困っている人に手を差し伸べることができれば…。

「あなたの一言で助かったよ」

あたたかくて思いやりのある人がもっと増えたら、よりあたたかい社会になるのでは。

ライフセービングが秘める力を存分に生かして、部員一人一人が輝ける場所を用意してあげたい。スポーツが好きな子、子供たちとの関わりが得意な子、環境問題に関心のある子。一人ひとり好きなことや得意なことは違うが、ライフセービングならすべて受け入れられる。
「指導者というよりはコーディネーターというんですかね」
この一言が印象的であった。


まずは一歩踏み出してみる

「前例のないことに挑戦するって、とてつもないエネルギーと勇気が必要ではないですか??私(筆者)も含めて、ライフセービングの普及のために新たな形を築いていきたいと思っている人へ何かアドバイスをいただけませんか??」


「まずは一歩踏み出してみることが大切です。

クラブをたちあげたとき、何一つライフセービング器材はそろっていなかった。
しかし、最初にライフセービングに興味があると声をかけてくれた男子生徒の父親が卒業の記念品としてマリブボードをクラブに寄贈してくれたんですよ。

小学生に向けた水辺の安全教室では、口コミで評判が広まり、シンガポールでBLS(心肺蘇生法とAED)の教室を開催するところまでつながった。

シンガポールに行ってみると、予定になかったものの、地元のライフセービングクラブで一緒に練習をすることができた。

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≪シンガポール遠征 セントーサのライフセービングクラブ≫

など、何かを始めるとき、具体的に行動に移すと、必ず誰かが手を差し伸べてくれました。指導して下さった方々や所属クラブなど、今まで協力して下さった皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

想いを共有すると誰かが手を差し伸べてくれた。そんな経験があります。
だから、自分の中で悶々としているよりもまずは一歩踏み出してみる。それが何事にも挑戦する上で大切なことなのかなと思っています。」


終始、あたたかく包み込むような笑顔で話しをしてくださった丸田先生。100人をも超える卒業生の今後の活躍に期待が膨らんだ。

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≪昭和第一学園、成城学園、日体大荏原の3校合同資格講習会≫

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