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勇気ある撤退

2021年8月。わたしは求人への応募を続けていた。

書類選考での不合格が10社を超える頃には、どの求人票を見ても灰色というか、魅力を感じることはなくなっていた。書類選考すら通過しないということは、過去にどれだけ頑張っていたとしても、未来には期待してもらえないのだと感じて辛かったが、とにかく応募をしないことには何も変わらない。いつの間にか、不合格の通知にも何も感じなくなっていった。

社会に出て以来、運良く正社員として働いてきた。いつの間にか、それを当たり前だと思っていたのかもしれない。今回の求職活動でも、必須の条件としていた。しかし、今後の活躍を祈られることばかりの、灰色の世界が広がり続ける求職活動において、次第にどの条件を外せば前に進めるかを考えるようになり、まず諦めたのが正社員としての雇用だった。前に進むために、自分の基本設定を「正社員であること」ではなく、「働いていること」に変更する決断をした。勇気ある撤退だ。わたしにとって、働くことは生きることそのものだった。人との出会いや経験を得て、仕事を通じて自分という人が形づくられてきたじゃないか。貢献し、成長し、お金をもらうことで、笑いのある生活を送ることができたのだ。とにかく働こう。そのために、過去がさほど役に立たないなら、戦い方を変えるしかない。

正社員という条件を外してみると、当然これまでよりも多くの求人がヒットした。その中には、もちろん時給制の給与の仕事も含まれており、その給与の低さに愕然とするものもあった。今まであって当然だったものがなくなると、人はこんなに心細くなるのね。現実を思い知る。縛られながら、安心をくれていた縄。「正社員であること」もまた、一種の呪いのようなものだったのかもしれない。

一方で、発見もあった。条件は決して良くなくとも、仕事内容については、比較的興味のあるものが表示されるようになったのだ。今の転職市場でわたしの興味を軸に仕事を探した場合、非正規雇用であることが殆どであるという現実を受け止めた。同時に、これまで長く採用の仕事をしていたが、今回の活動で求職者としても実に多くの様々な求人票を見たことで、魅力を伝えるための文言や写真の使い方、各社の採用ニーズを見立てる目線が、自分に追加されてきたことも感じていた。

もーいい、もーいい。そーなのね。みんな経験は求めつつ、安い賃金で期限付きの契約をしたいものなのね。OK、改めて現実はわかったよ。それならばわたしよ、「これがあれば安心」と信じていた正社員という縄はほどいてあげる。この方向からは撤退しよう。無くなっても、わたしなら大丈夫。こうやって何度転んでも、何かを手放しながら、それでも何かを掴みながら、何度でも立ち上がってやろう。

依然次の居場所は見つからなかったが、そんな自分への励ましを原動力にして、お盆が終わる頃には少し吹っ切れた自分がいた。


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