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東アジアの居心地

いささか傲慢に聞こえなくもないだろうが、東アジアは居心地がいいということに気づいてしまった。

韓国、香港、中国、台湾へと赴き、次はマカオに行きたいなどと考え、いつの間にか東アジアを制覇しようとしている(が、北の某国があるので難しいと思われる……)。漢字という共通の文化がある。箸がある。米がある。お茶がある。それが東アジアのいいところだ。

個人的にお茶の存在はかなり大きい。ヨーロッパへ行ったときに感じたのだが、持ち歩くためにペットボトルに入った飲料を買おうと思うと、選択肢は水かジュースに限られてくる。ぬるいジュースは飲みにくいので、必然と水を購入することになるが、水ばかりもなかなかつらい。それも慣れない硬水だとなおさらだ……という飲み物の話はさておき、「現地に馴染める」ことの重大さを書きたい。

現地で浮かないというのは、旅行中のストレスをかなり軽減してくれる。もっぱら一人旅派の私は、まず街中でベラベラと日本語を喋り散らかしながら歩くことはないので、黙っていれば現地に溶け込める。ヨーロッパへ行ったときの、あのスリなどに多少怯えて緊張感をもって歩くのとは違う。アジア人という見た目のわかりやすさから狙われたり、変にからかわれたりして神経をすり減らす必要もない。

確かに海外なのだから最低限の危機感は必要だ。とはいえ日本の治安だって良いと言い切れるものではなくなりつつあるのではないかと、個人的にはひしひしと感じている。しかし、危機感の量が“最低限”で済むのだから、随分と歩きやすいものだ。

もちろん、東アジア地域の関係性は複雑だ。近いからこそ遠い。民間レベルと政府レベルでは事情が違う。時に危険度が高まることもある。日本人というだけで嫌な顔をする人もいる。個人レベルでの感情はどうしようもない。だから気を抜けないときもある。なまじ言語がわかってしまうばかりに、現地語で悪口を言われていることがわかってしまい悲しくなることもある。

ただ何も考えずに旅行をするだけなら居心地は良い。多少は違えど、欧米に比べれば生活様式や食事が近しい。だが、国際情勢や歴史認識へ一歩踏み入れてしまうと、途端に複雑になってしまう。

近くて遠いとは、近隣諸国との関係を語る際によく使われる言葉だ。アジアだろうがヨーロッパだろうが、歴史や領土的な事情からどうも近隣と上手くやるのは難しい。

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